第339話、たった二人のクロディス城攻略


 クロディス城の第一門を俺とベルさんは突破した。中庭を進む間に向かってきた守備隊兵を、小石を蹴飛ばすように吹き飛ばし、いよいよ本城へ。


 高所から矢が雨のように降り注ぐが、光の障壁が阻む。本城の門は開いていた。たかだか二人の侵入者相手に、門を閉めるべきかどうか悩んだと見える。


 数で圧倒的に勝る守備隊兵が、たった二人を抑えられない。侵入を阻むために門を閉めるという選択肢もありなのだが、相手はたった二人。ここで門を閉めたら、侵入者に対して負けを認めるようで癪だとか……。少なくとも、門の守備隊長は、上官に叱責されるだろうな、と思う。


 俺とベルさんの二人しかいないから、守備隊側も勝手がつかめず、対応に苦慮しているのが見て取れる。


 少数の敵を包囲殲滅というのが理想なのだろうが、一度に戦える人数というのはスペースの都合上、限られている。1人に100人が向かって行っても、同時に武器を振れるのは数人程度しかないのだ。


 10人もいればいいだろう――10人が駄目なら20人、30人と小出しにしていった結果、各個に撃破されていく悪循環。


「侵入者は防御魔法を使用! こちらの刃が届きません!」

「ぐぬっ……!」


 本城の門を担当する兵が上官に報告している。一階正面フロアに俺とベルさんが足を踏み入れれば、正面階段に陣取る弓兵が十数名、一斉にクロスボウを放ってきた。


 盾を構えていなければ、おそらくハリネズミのようになってやられていたところだが、光の障壁がシャットアウト。上位の魔法使いを前にすれば一般兵など雑魚である。


「これだけ撃ち込んでも、防御魔法が途切れないだと!?」


 俺は腕を振るう。フロア内の大気に混じる魔力をかきまわすように動かせば、暴風となって弓兵たちをひと薙ぎに吹き飛ばす。


「挟み込めーっ!」


 槍を持った兵士の一団が隊列を組んで、俺たちに突進してくる。


 ベルさんが悠然ゆうぜんと前に出ると、左拳を掲げ、次の瞬間、それを正面に撃ち込んだ。隊列が脆くも崩れ、その一角に暗黒騎士が入り込むと、魔力をまとったデスブリンガーをバットの如く振り回し、なぎ払っていく。


 一騎当千。ベルさんは伝説に名高い猛将もかくやの無双ぶりを発揮する。……彼を前にしたら、守備隊兵は案山子も同然である。近づく者を飲み込み、はね飛ばす。まるで黒い嵐だ。


 正面フロアは間もなく制圧された。ここから上に登って行くわけだが……。


「じゃあ、ベルさん。俺はそろそろアーリィーを迎えに行くよ」

「あいよ。オレ様は雑魚を蹴散らしながら、ゆっくり追いつく」


 ベルさんは肩にデスブリンガーを当て、まるで散歩をするように正面の階段に足をかける。


「雑魚ばかりで飽きてないよな、ベルさん?」

「中途半端は嫌いな性分でな」


 背を向け、先を進むベルさん。


「後でな」


 おう、後で。正面階段を左に行くベルさんに対し、俺は右へ。――透明化。速足で先を急ぐ。


 城内の地図はないが、シグナルリングを頼りにアーリィーのいる上層へと向かう。途中、下へと急行する兵士たちと何度かすれ違った。下では派手な物音がしていたから、ベルさんが楽しく暴れているのだろう。


 かなり上へと上がってきたが、透明になっている今、魔法の補助が使えない――使うと透明化が解除されてしまう――ので、自力での移動。……昨日からほとんど寝ていないから、結構しんどくなってきた。


 そしていよいよ目的の場所に近づきつつある。もう少しでたどりつ……ん?


 いま微細な魔力の震動を感じた。これは魔力索敵サーチだ。


 魔術師がいる。それが侵入者の接近を警戒しているのだ。そりゃまあ、護衛はついているわな。


 そこの曲がり角を出ると――明らかに装備品のグレードが上がっている盾持ちの兵士たちと数名の魔術師がいた。


 緑のベレー帽を被った銀髪の女戦士が手にしている杖を向けた。


「侵入者だ! そこにいるぞ、魔法を放て!」


 透明だけど、すでに看破されている。舌打ちをこらえ、光の障壁を展開。敵魔術師たちが呪文を詠唱し、炎や雷、氷の塊を飛ばしてきた。


 だが、その程度ではな! 障壁が魔法を防ぐ。同時に俺の透明化が解除され、連中から目視で見えるようになった。


 反撃……おっと、殺さないようにやるんだったな。ちと、忘れていた。


「サンダーバインド!」


 電撃を放てば、金縁に紋章の刻まれた大型盾を持った兵士たちが壁を形成、俺の魔法を防いだ。


 ふむ、魔法を弾く防具か。鎧飾りといい、エリート兵だな。公爵の親衛隊か何かだろう。だが、その盾では――


 サンダーバインド、範囲指定。足元からの攻撃は防げないだろう!?


 床から電撃が弾け、兵士たちを襲う。正面からは盾が防ぐが、それ以外の魔法を弾く効果はない!


 魔術師たちが慌てて、魔法の詠唱にかかる。――遅いっての!


 沈黙!


 詠唱が途切れる。短詠唱や無詠唱ができないと、こういうこともあるんだよ。

 俺はエアブーツの加速で、一気に距離を詰めると魔力を手にまとわせ、魔術師たちを殴る、殴る。殴るっ!


 と、緑のベレー帽の女戦士が杖を捨て、ダガーを抜いて、俺に切りかかってきた。確か、イルネスって名前だっけか。ジャルジーが青獅子寮に来た時にいた、奴の部下だったはずだ。何か叫んでいるようだが、沈黙の魔法を喰らって言葉が出ない。


 突きの一撃。それを脇の下を通すように躱すと、そのまま彼女の腕を脇で挟みこみ、引き倒す。身体が一回転して、イルネスを背中から床に叩きつける。そして離れ際に、拳に電気を走らせて、スタンショック!


 さて、障害を排除。こいつらが守っていた部屋、まさにその奥にアーリィーがいると思しき反応。分厚い豪奢な扉である。飾りの模様を見れば、来賓を迎える部屋という雰囲気を感じさせる。


 部屋の扉に手をかける。開ける前に、中の気配を探る。魔力サーチ……部屋の中には、二人いる。一人はアーリィー、もうひとりは――ジャルジーか!


 部屋の真ん中に二人が立っている。この密着具合からして、ジャルジーがアーリィーを人質にするような格好だ。そして部屋の扉を注視している。俺が入ってくるのを待っているのだろう。


 これはどういうことだろうか?


 ここに来たのが俺だと知っているということか。出なければアーリィーを人質にするようなポジションにいるはずがない。というか、俺のことをジャルジーは知っているようにも思える。


 まあ、いいか。そっちがその気なら、こちらにも考えがある。


 俺は革のカバンストレージに手を突っ込んだ。取り出したのは漆黒の杖――

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