第338話、白旗なき交渉


 我に交渉の用意あり――敵軍へ乗り込む使者が白旗を持っていくのは、そういう意味らしい。別に降伏の意味ではないのだが、大抵、白旗を持っていく状況が降伏の話の場合が多いために、降伏と同じようにとられているらしいが。


 俺とベルさんが、正面からクロディス城に乗り込むと言った時、ユナもサキリスも難しい顔をした。交渉に行くと告げれば、相手にされないのでは、とユナが指摘した。


 問題ない。必ず相手にされるから、と俺は強調しておいた。


 二人には強行策になった時に回収できるよう、デゼルトでの待機を頼んだ。……まあ、そんなことにはならないと思うがね。とはいえ、イレギュラーな事態が、起こるとも限らないしな。


 かくて、俺とベルさんはクロディス城に正面から堂々と向かった。


 夕日を浴びて、こげ茶色に見える高い城壁がそびえる。戦時ではないので、城門は開け放たれていた。クランク式の跳ね橋はかなり大きく、そして高い。魔法装甲車デゼルトでも余裕で通れる。もう一時間もしたら日が落ちて、城門も固く閉ざされるだろう。


 つかつかと、跳ね橋を渡って城内へ進もうとすると、当然のごとく門番がやってきて、俺とベルさんの行く手を阻んだ。


「止まれっ! 貴様たちは何用で跳ね橋を渡らんとする?」


 鉄兜に鎧をまとう門番は、身長二メートル近い巨漢。なるほど、見た目だけでも来る者に威圧感を与える。


「私は、ジン。こちらの騎士はベルさん」


 俺は礼儀としてまず名乗った。門番は、魔術師の装束の俺を見て、次に漆黒の全身鎧をまとう禍々しい騎士であるベルさんを見た。


「ケーニゲン公爵閣下に面会したく参上した。通してもらおうか」

「公爵閣下に?」


 門番は眉をひそませた。いかつい四角い顔、その太い眉が動く。


「して、その内容は? いかなる用件で閣下に会おうとするか?」

「それは貴殿に話す内容ではない」


 一門番が扱う話ではない、とにじませる。事実、門番にどうこう言う問題でもないのだ。


「……どなたかの使者であるか?」


 魔術師と騎士という組み合わせに、どこかの貴族の使者とでも思ったようだ。俺は、ふむ、と少し考える仕草をとってみせる。


「……強いて言うなら、アーリィー王子殿下かな」

「王子殿下……?」


 門番の表情がさらに険しくなった。


「それを証明できる品を何かお持ちか?」

「んー……ないな」


 俺はすっとぼけるように言った。門番は声を大にした。


「では、ここを通すわけにはいかんな! 立ち去られよ!」


 その声を聞きつけたか、他の門番たちも集まってくる。どうにも胡散臭い者が来たので、全員で追い返しモードといったところだろう。


 頭蓋骨を模した面貌の兜の奥で、ベルさんはため息をついた。


「おい、ジン。もういいだろう?」

「ベルさん、物事には手続きというものがあるんだ」


 俺がたしなめるように言えば、ベルさんは首の骨を鳴らした。


「だが門前払いをくらったようだが?」

「そうだな。少なくともこちらの用件はすでに言ったわけだ」


 にやり、と俺は相好を崩した。


「殺さないように、派手にな……」

「殺さないようにとは、面倒だな」

「今回は交渉に来たわけだからな、クリーンに行こう」

「あばらの2、3本は折っていいんだろう?」

「殺すなよ」

「善処する」


 おい、何を言って――門番たちが色めき立つのをよそに、ベルさんはデスブリンガーを抜いた。その大剣の表面に魔力の層を張ると、手近な門番に一撃を叩き込む。


「インパクトォ!」


 巨漢の門番が派手に吹っ飛んだ。そのまま跳ね橋を超え、城内へと行ってしまう。


「……殺すなって言ったよな?」

「殺してない。たぶんな」


 貴様らァ――他の門番たちが武器を手にしたが、ベルさんは構わず、次々と剣を叩きつけ、彼らを蹴散らしていく。剣にまとわせた魔力の層が刃を当てずに敵兵を叩いているが、ベルさんの剛力だとそれでも殺してしまうような気がするのは、気のせいか。


 まあ、いいか。


 深く考えるのはやめた。俺は跳ね橋を渡ると、外での騒ぎに気づいた兵たちが武器を手に駆けてくる。あちらさんはこっちを殺そうとするわけだから、多少はね。


「そこを動くな! 抵抗すれば殺すぞ!」


 クロディス城の兵らが槍や剣を手に、俺の前に横列を形成しながら進路を塞ぐ。どうせ降伏しても捕まえるんでしょ。……降伏する気はないけど。


「押し通る!」


 魔力をまとわせ、それを風のように押し出す。衝撃波が兵士たちを襲った。見えない壁にぶち当たったように兵士たちが吹き飛ぶ。側面に回り込もうとした敵兵は、魔力の手で掴み、明後日の方向へ放り投げる。


 魔法が効くというのは実に素晴らしい。ひとりの魔法使いが、雑兵どもを蹴散らす。まるで物語に登場する悪い魔法使いのようだ。


 ベルさんが門番どもを倒して、俺に追いつく。


「おいおい、これが交渉だって?」

「ああ、少々手荒なドギツイ交渉ってやつだ」


 警報の鐘が鳴り、わらわらと武装した兵たちが出てくる。さて、城内にはどれほどの兵が駐留しているのだろうか。あまり愉快な想像はできないのだが、たった二人で乗り込むのは面倒ではある。


 だが―― 


「出てくる奴は全部、叩きのめす。こちらは二人。それで城の兵士を蹴散らした分だけ、こっちの交渉に有利になるんだからな!」



  ・  ・  ・



「たった二人!?」


 報告を受けたジャルジーは、聞き間違いかと思った。


 最初の警報から正確な報告が来るまで、時間がかかった。


 第一報はクロディス城城門にて、侵入者騒動が起きた程度だった。それはすぐに鎮圧される、と言われていたのだが、騒動は治まる気配がなかった。


 そしていよいよ敵が本城へ乗り込んできたと一報が入ってきたのは、日が沈む直前の頃だった。


「たった二人を、いまだ鎮圧できないのか!?」

「恐ろしく手練のようです」


 フレック騎士長は下から上がってきた報告をまとめ、主である公爵に告げた。


「若い魔術師と漆黒の鎧をまとう騎士の二人組とのこと――」

「ジンだ……!」 


 アーリィーが口走ったのを、ジャルジーは聞き逃さなかった。


「ジン、だと……?」


 振り返る。メイド服姿のアーリィーはベッドの上にいたが、ジャルジーの視線にビクリを身をすくませた。


「誰が来たって――?」

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