第337話、コスプレ・アーリィー


 日が傾きつつあった。


 クロディス城は、ヴァーレンラント王国北部地域の一角、ケーニゲン領にある城であり、古くより、同国北方の守りの要として存在した。


 複数の城壁がぐるりと取り囲み、要所に投石器が備えられ、侵攻軍に対して守るだけでなく攻撃を仕掛ける要塞でもあった。


 堅城にして、陥落知らずのクロディス城は、現在、ジャルジー公爵の居城であった。


 そんなクロディス城の本城の塔に、アーリィーは幽閉されていた。


「……」

「あぁ、アーリィー……。よく似合ってる」


 ジャルジーは、アーリィーを眺めながら、そんなことを言うのだ。


 そのアーリィーは羞恥に顔を真っ赤に染めていた。彼女はメイドカチューシャをつけ、白いフリルのついたメイド衣装を着せられていた。……スカートの丈が、かなり短い。脚がかなり露出している。


 ――こ、こんなの、へ、変態だ……!


 アーリィーは唇を噛んだ。ふるふるとベッドの上で震えるメイド少女を見やり、ジャルジーは座っていた椅子から立ち上がった。室内は二人っきりで、他にこの光景を目の当たりにしている者はいない。


「じっくり、たっぷりと堪能したいが……」


 ゆっくりと、ベッドに近づいてくるジャルジー。


「ドレスにしようかと思ったが……これはこれで」

「こ、来ないで!」


 アーリィーは脅える。衣装を着替えさせられた時、シグナルリング以外の防御魔法具アクセサリーを取り上げられたのだ。


 ベッドに乗ってきた公爵はそのままアーリィーに這い寄る。


「貪りたいなァ……!」


 抱きつかれそうになり、抵抗するが、体格に勝るジャルジーに抗うのは困難だった。


「やめ……っ!」


 手に魔力をまとい、それを突き出した。思いのほか力が入ったらしく、ジャルジーの身体が仰け反る。が、それだけだった。


「オレが何の対策もしていないと思ったか? 魔法防御の魔道具を身につけている。魔法でオレを殺せないぞ、アーリィー」

「ぼ、ボクに酷いことしてみろ! どうなっても知らないからなっ!」

「あくまでオレに逆らうのか、アーリィー?」


 ジャルジーは獲物を前にした獣のような舌を出した。


「あまりに抵抗するなら、枷をしないといけないなァ。オレに心を開けば、目一杯可愛がってやる。従わないというのなら……躾が必要だな」


 首輪をつけて、ペット……いや、奴隷らしく――若き公爵は容赦なかった。


「お前はどっちがいい? オレはどちらのお前でも愛してやるよ……!」


 アーリィーは答えられなかった。自ら彼に降れば優しくされる。だが逆らえば屈服を強いられる。どちらに転んでも、彼からは逃れられない!


 ――ジン、ボクは……!


 ジャルジーに強く腕を掴まれる。その刹那、アーリィーの身体がビクリと痙攣した。軽い電撃を流された。逆に魔法を使われた!? 


 ベッドに倒れこむアーリィーに、ジャルジーは圧し掛かる。


「いいねえ、お前のその顔。ほんと、お前は苛めがいがある。……可愛いよアーリィー――」

「……っ!」


 なおも触れてくるジャルジーに嫌悪していると、本城内にけたたましい警報の鐘が鳴り響いた。


 領主にして城主であるジャルジーは、ハッと顔を上げた。


「何事だ? 敵襲……?」



  ・  ・  ・



 時間は少し遡さかのぼる。


 クロディス城が見渡せる丘陵近くまで進出した魔法装甲車デゼルト。


 冒険者にして、学校で教官をやっているユナが、淡々とした口調ながら、クロディス城の説明をしてくれた。


 難攻不落の名城であることはわかった。俺たちは、ここに行ってアーリィーを救出する必要がある。


『それで、ジンよ』


 ベルさんは俺を見た。ユナやサキリスらに聞かれないように魔力念話である。


『ここからどうやるんだ?』

『選択肢は3つだ』

『3つ?』

『1つ、このまま助けずに引き返す』

『論外』

『2つ、こっそり忍び込んで、アーリィーを助け出す』

『ふむ、もっともらしくはある』


 見張りや城の兵に気取られずに、囚われのお姫様を助け出して、何事もなかったように帰ってくる。


『最後のやつを聞こうか?』

『3つ、正面から堂々と乗り込み、ジャルジー公と交渉をする。……俺はこの三番目の案を採りたい』

『その心は?』

『ジャルジーとは一度じっくりと話をつける必要がある』


 アーリィーをさらうような真似に出たのだ。これまで王子暗殺を画策しながら、極力ボロがでないように慎重に動いてきたジャルジーが、ここにきて直接誘拐などという手に出た。


 個人的に焦っているのかもしれないが、暗殺ではなく、誘拐という時点で、アーリィーの性別を知っていると思われる。……女の子の姿のアーリィーにご執心だったからな。


『黙って連れ出しても、奴が無事な限り、何度でもちょっかいを出してくるだろう。あれでも貴族様だからな。実力行使以外にも、俺たちに反逆者だとかスパイだとか罪状をでっちあげて排除しようとすることもありえる』

『前に連合国身内から殺されそうになったもんな』


 念話ごしだが、ケタケタとベルさんは笑った。自分もそれに巻き込まれた割には、それを笑い飛ばせる神経は大したものだ。


『だから、ジャルジーとお話する必要がある。……まあ、殺してしまったほうが楽ではあるが。さすがに王族の血を引く公爵を討つと、この国全部が敵になっちまう』


 そんな面倒はごめんだね。俺は静かに、のんびり暮らしたいんだ。そう言いながらも、アーリィーに何かあったら、つい殺ってしまうかもしれないけどねェ……。エゴだよ、エゴ。


『それで交渉か』

『奴には王位を約束してやる。その代わり、アーリィーは諦めてもらう。こちらにやれるアメ玉はそれくらいだな』

『ジャル公は、王様になりたがっていたからな。妥当じゃねえかな』


 ベルさんは小首をかしげた。


『オイラも、奴は殺さずに生かしておくべきだと思う』

『その心は?』

『あの公爵な。嬢ちゃんが絡まない限りは、案外まともな貴族なんだよ』


 魔法騎士学校の体たらくに苦言を呈するくらいには――黒猫はきっぱりと言った。


『色々調べたんだけどな、ジャル公は武術で鍛えているのはもちろん、なかなか勇猛な将軍でもある。領民からも、意外と支持されていてな。そこらの貴族と比べたらよい領主で評判なんだよ』

『へえ、そいつは意外だ』


 アーリィーの口から以外は、悪い噂を聞かなかったというのは俺も知るところだ。騎士学校を散々けなしたが、あれはアーリィーを挑発するためだったしな。


 彼女が継承権を手放したら、ジャルジーが王でもいいかと漫然と思っていたのだが。


『まあ、王座を固執していて、嬢ちゃんをライバル視していたせいか、それをこじらせちまった面がネックではあるがね……。ただ、時に汚い手も使うことを辞さないっていうのは、王には必要な能力ではあるんだ』

『王様は王様を語るか』


 ベルさんはかつて魔王だった。その彼が、ジャルジーを認める発言をする。案外、評価高いんだな、ベルさんの中では。


 でもまあ、いざという時になったら、公爵だろうがぶちのめすけどね――俺は呟いた。

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