第336話、クロディス城へ


『ジン……ジン? 聞こえる?』


 アーリィーの声が、シグナルリングの通話機能を通して聞こえた。魔法装甲車デゼルトで移動中の俺たちである。


 俺はすぐに指輪の対応キーを押した。


「聞こえてる。アーリィー、無事か!?」

『うん、今のところは……』


 そうか。ひとまずは安堵。本当のところは、早く声が聞きたくてたまらなかった。


 グリフォンが逃げた先は掴んでいる。だが建物に入られると、中の様子がわからない。状況が不明な以上、こちらから交信するのはリスクが高いんだよな。


 少なくともアーリィーのほうから声がかけられるということは、敵が近くにいないことを意味している。


「今そちらに向かっている。必ず助け出すから待ってろ」

『うん!』


 アーリィーの嬉しそうな声が返ってくる。だがすぐに声のトーンが落ちた。


『ボクを連れ出すように命令したのはジャルジーだよ。いま、彼の城にいる』

「クロディス城だろ。今向かっている」


 俺は、シグナルリングに呼びかける。


「それで、いまは一人か? どんな様子だ?」

『うん、城の上層階の部屋に閉じ込められている』

「牢屋か?」

『ううん、結構いい部屋。……広いし、天蓋付きのベッドがある。来賓用だと思う』

「お客様待遇か」


 今すぐ、どうこうということもなく、丁重に扱われているようだ。……まあ、以前アクティス校を訪れた時は、本気で女版アーリィーに惚れていたようだったからな。


『あ、誰か来た……! 一度、切るね』

「あ、待て――」


 ぷつ、と通話機能が切れた。別に切らなくても、と思ったが、それだとこちらの声が漏れ聞こえてしまうかもしれないから、それでよかったかもしれない。


「とりあえず、今のところアーリィーが無事なのはわかった」


 俺が言えば、後ろで聞いていたサキリスがホッと息をついた。助手席で地図を広げていたユナが、道に立っていた看板が流れていくのを目で追いながら言った。


「お師匠、ケーニゲン領に入りました」

「よし。このまま先を急ごう」


 目指すはクロディス城。ケーニゲン領に来るのは初めてだが、シグナルリングの誘導があれば問題はないだろう。


 いざという時は、ウェントゥス基地の機械兵器も投入してやる。


 ……待ってろよ、アーリィー。



  ・  ・  ・



 屈辱だ――アーリィーは唇を噛んだ。


 振り返れば、波乱万丈な半日だった。授業中に誘拐され、王都の外へ転移して、そこからグリフォンの背に乗せられて空の旅。捕まってなくて、行き先がジャルジーの居城でなければ最悪ではなかったのだが。


 手を縛られ、クロディス城の上層にあるグリフォンの発着場に降り立ったアーリィーを、ジャルジーとその配下の出迎えを思い出す。


『ようこそ、アーリィーの影武者くん!』


 ジャルジーは芝居がかった仕草でそう言うと、アーリィーのそばまできて、気安く肩に手を置いた。


『……お前は、ここでは王子の替え玉であるという扱いだ』


 小声で囁いたジャルジーは、アーリィーを城内へと招き入れた。


『性別のことは親父殿から聞いた。だからオレは、ここではお前を女として扱う』


 気がかりである性別のこと、それをすでに知っている――アーリィーは心臓を掴まれたような気分になった。それが伝わったのか、ジャルジーは笑った。


『心配するな。まわりにも替え玉は女だと伝えてある。お前を裸に剥いて女だとわかっても、誰も騒ぎはしない』


 その言葉に眩暈めまいを覚えたのは仕方のないことかもしれない。


『それは、感謝すべきなのかな……?』


 素直に喜べないから皮肉げな調子になってしまうアーリィーである。ジャルジーはニヤついた。


『何なら影武者であることを否定してもいいぞ。その時はお前を裸で城内を連れまわすから』


 逆らえるはずもない。ジャルジーの言うとおり、王子の替え玉であり、女を演じるほうがよさそうなのは理解した。


 ジャルジーは、アーリィーの顎に指を当てた。嘔吐が出た。


『今日からお前はオレのモノだ』

『気安く触らないでくれないか?』

『ご主人様に意見する気か? まあ、それもいい。せいぜい突っぱねてオレを愉しませてくれ』


 自然とアーリィーは表情を曇らせた。だが、ジャルジーは顔を近づけ、擦り寄う。


『ああ、アーリィー、可愛いよ。アーリィー……』


 気持ち悪い。本気で逃げたいアーリィーだが肩をがっしり掴まれ、手首を縛られてはそうもいかなかったのだ。


『いいよ、その怯えた表情。悔しがるところなんか最高だ……。苛めたいなァ』


 その後、アーリィーは個室に通された。お前の部屋だ、というジャルジー。てっきり牢屋とか粗末な部屋を予想したのだが、普通に来賓用の部屋のようだった。


 石の床には赤い絨毯が敷かれている。天蓋付きのダブルサイズベッド。アンティーク調の丸テーブルに、椅子が二つ。窓にはガラスがはめられていて、外からの明かりを取り込んでいる。照明は蝋燭ではなく、魔石灯だった。


 縄を解かれ、ジャルジーは配下と共に部屋を出て行った。その隙にアーリィーはシグナルリングの通話機能で、ジンと連絡をとったのだった。


 すでに救出のために動いているのがわかり、すぐ駆けつけると言ってくれたジンの言葉に、アーリィーは勇気づけられた。彼なら絶対に助けに来てくれる、と。


 そうであるなら、その時が来るまで自重しなくてはならない。助けの望みがなければ、攻撃魔法の類を使って、武器を手に入れたりしながら自力脱出の道を探るが、ここはジャルジーの本拠。多数の兵士がいるこの中を単独突破できると思うほど、自惚れてはいない。


 チャンスを待つ、それまでは極力自由を確保しなくてはいけない。


 ややして、ジャルジーが部屋に戻ってきた。


 彼は椅子に座ると、連れてきた召使いたちに命じて、アーリィーの衣装を着替えさせるように命じた。


「いつもの王子様も凛々しいが、やはりお前には女らしい格好をしてもらわないとな」

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