第335話、キャプター


 メンティラは、ランクDの冒険者だった。


 現在は王都を中心に活動中だが、正直に言えば知名度はさっぱりである。冒険者ギルドにいてもその他大勢。目立たず、「いたの?」と言われることもある。覚えていない、などと言われると、本人的にはむしろ褒め言葉だと思っていたりする。


 だがそれは表向きであり、裏では『キャプター』と呼ばれる要人誘拐の仕事人であり、同時に某国の諜報員であった。


 そんなある日、どこぞの貴族からキャプターに依頼がきた。


『アーリィー・ヴェリラルド王子を、魔法騎士学校から誘拐して欲しい』


 記憶違いでなければ、別の特殊工作部門が辺境領にいる王子を狙って、全滅したのではなかったのか。


 ともあれ、破格の報酬額が提示された。しかも気前のいいことに半額前払い。さらに無傷で手に入れたら、報酬の追加も約束された。


 ちなみに、依頼人がジャルジー・ケーニゲン公爵の使いだというのは、すぐに調べがついた。


 王位継承権第二位の公爵が、第一位の王子を蹴落とそうというのは分かる話だ。こういう王家のゴタゴタは、メンティラの仕える某国にとっても非常においしいネタであるし、今後、公爵が王位を継いだ後などで脅すことにも使えるかもしれない。


 報酬もさることながら、本業のこともあり、王子誘拐の依頼を引き受けたメンティラは、さっそく行動に移った。


 近衛隊が守備しているアクティス魔法騎士学校から、アーリィー王子を誘拐する。学校のどこで王子を捕らえるかにもよるが、学校を出て、さらに人の多い王都を突っ切り、外への門を突破する必要がある。……王子を連れながら。


 とはいえ、近衛自体はどうとでもなる。実のところ、王都での工作に備え、常に情報収集は行っている。魔法騎士学校についても、近衛の配置状況は把握していた。


 考えられるプランは二つ。


 プラン1は王子が住む寮を夜襲する。


 プラン2は、学校で授業を受けている最中に狙う。


 メンティラは『キャプター』……工作チームの名称であるのだが、構成員全員を招集した。


 いつもなら夜間、暗闇に紛れての襲撃をかけるのだが、メンティラはプラン2を選択した。


 事前に近衛の配置状況などを把握しているが、実際は、寮の中については不確定情報が多すぎた。とくにここ最近、寮の周りが。


 通常の手段は難しいと予想された。ならば昼間、学校を襲ったほうがいい、とメンティラは判断した。他部門のしくじりもある。搦め手を使う。アーリィー王子は慈悲深い性格だという。そこにつけ込む。


 そして、要注意人物として警戒していたジン・トキトモが、何らかの事情で学校を離れたというのも、作戦決行を早めた。


 かくて、キャプター部隊は、警戒配置の近衛騎士を一人ずつ始末し、定石である睡眠薬を魔法で建物に流し込み、場を制圧。王子の身柄を確保した。


 まあ、王子が眠っていなかったのは意外だったが、予想外ではなかった。要人である。魔法対策の魔法具などを身に付けている可能性は充分にあったからだ。


 だから搦め手――生徒を人質にとることで、アーリィーを降伏させた。噂どおり、お優しい王子様だった。


 今回の仕事にあたって障害は四つ。一つ、校舎を警戒する近衛の排除。二つ、王子の身柄の確保。三つ、学校敷地外への脱出。四つ、王都からの脱出、以上である。


 二つが上手く行き、三つ目の学校外への脱出だが、これもまた学校の正門の門番や哨兵を睡眠魔法で沈黙させたことで楽に突破した。正門の往来がそれほど頻繁にないから、少しの時間、門番の姿が見えないからといって大騒ぎにはならない。


 その観点からいえば、最大の障害は王都外への脱出と言える。王都を囲む城壁の出入り口は四つあるが、昼間はいずれも往来が比較的活発で兵の数も多い。夜は夜で閉まっている。 


 が、これについては転移石を用いることでクリアした。諜報員であるメンティラは非常時のために某国より離脱魔法具を支給されていたが、今回の仕事は転移石を用いるに充分な成果が見込まれると思われ使用した。


 結果、追手をかわし、王都の外へ離脱に成功。クライアントである公爵の使いに、アーリィー王子の身柄を引き渡すことに成功した。


 失敗した他部門は王子を始末しようとしたが、メンフィラたちは手を出さなかった。何故なら、王子を蹴落とそうとする公爵が始末をつけると思ったから。


 そして事を成した後、公爵が王子を始末したと流布したほうが、王国を混乱させられるからである。


 約束の報酬を受け取り、メンティラは立ち去った。今後の監視対象者の上位に、公爵閣下が躍り出たのは言うまでもない。



  ・  ・  ・



 魔法装甲車デゼルトは広大な平原を突っ走る。


 運転席には俺がいて、特等席にはベルさん。助手席にはユナがいて、付き従うサキリス、スフェラは後ろに乗っていた。マントゥル戦で修理の必要なスクワイアたちは、今回は連れてきていない。


 俺はシグナルリングと大蜘蛛の糸を加工して作った魔力伝達線をダッシュボードのダンジョンコア『サフィロ』につなぎ、簡易なマップを表示させていた。


 アーリィーが持つシグナルリングの魔力信号を捕捉し、その方向を指し示す。距離があるせいで、現在わかるのは方角のみであるが、装甲車の足なら直に追いつくだろう。……追いつくと思っていた頃が俺にもありました。


『残念なお知らせがある、主よ』


 ウェントゥス基地にいるディーシーが通信を寄越した。


『ディアマンテと観測ポッド群で確認したが、敵はグリフォンを使用している』

「お空の上ってか」


 半日走って、こっちのマップに位置が表示されない。相変わらず方角は指し示されているので、追跡しているのは間違いない。


「ディーシー、アーリィーの姿は確認できるか?」

『乗っているのを確認。ただし、意識を失っているようだ』


 くそ、シグナルリングの通信機能で呼びかけたい衝動にかられる。だがそばに敵がいるのに呼びかけるわけにもいかない。


「何にしろ、行けばわかる」


 自分に言い聞かせるように俺は呟いた。……アーリィーに何かあったら、ただじゃおかないぞ。


『なあ、ジンよ』


 ベルさんが魔力念話に切り替える。


『嬢ちゃんをさらった奴だけどさ。ジャル公だと思うか?』

『たぶんな』


 逃走方向からして、その可能性は高いな。ま、直に監視しているディーシーたちが、どこに逃げ込むか掴んでくれるだろう。


『どうするよ。嬢ちゃんの本当の性別知った場合は?』


 アーリィーの性別が明らかになった後、継承権を失った彼女に代わり、ジャルジーを王に持っていく――それが当初の予定である。


 マントゥルの名を騙り、アーリィーを女性とするという段取りであるから、それ以前に性別が明らかになるのは、非常によろしくない状況だ。


『それなんだが……今回、ジャルジーの犯行だとすれば、アーリィーの誘拐は、十中八九、「女」だと知った上での行為だと思う』


 俺は、ちらと特等席の黒猫を見た。


『つまり、もはやジャルジーは秘密を知っているということだ。その上で、あいつがアーリィーをどうするか……』


 知られたら面倒ではあるが、すでに知っている場合は話がまた変わってくるのだ。


『何もしなければ王様の座を回してやろうと思っていたんだが……もし、アーリィーの性別をネタによからぬことを企んだり、彼女を傷つけるようなことをしたら――』


 俺は自分で言いながら、さっと血の気が引くのを感じた。


『あいつをぶち殺すよ。……これは俺のエゴだがね』

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