第331話、マントゥルの正体


 防御魔法と一口に言っても、様々なタイプがある。


 物理防御のみのもの、魔法を弱体化させるもの、防ぐもの、跳ね返すもの。あるいは物理・魔法双方を阻止するもの。


 効果範囲に限っても、傘の様に広げるものもあれば、自身の周囲に張るものなど色々だ。


 マントゥルは自身の全周に、俺の得意とする『光の障壁』と同等の物理・魔法双方対応の防御魔法を展開していた。それもフィンさんによると同時に三枚。……何と言う防御重視。


 フィンさんが解除魔法を試みたが、一枚剥がしている間に、残る二枚が防御。さらに解除された一枚をすぐに補充するという徹底ぶりだった。


 つまり、まともに防御魔法を三枚、解除スペルで破ろうとするなら、最低三人が微妙にタイミングをずらしながら連続で魔法を使って、三枚とも破り、さらに次の防御魔法が展開される前に、本体であるマントゥルを攻撃する必要があるということだ。


 ……なにその超難度。


 しかも解除魔法に関しては、低レベルのものでは通用しない。相手は天才魔術師と言われたマントゥルだ。ただの解除魔法などゴミ以下だということだ。


 幸い、マントゥルの張る防御魔法レベルなら、一枚ずつでいいなら、俺、ベルさん、リーレ、フィンさんの解除魔法で対処できる。ただ、ひとり一枚ずつ微妙にズラしながら、しかしほぼ一秒での連続解除をやる連係が、とても難しい。ヘタすると二人、あるいは三人の解除魔法が同時に一つの防御魔法に干渉して、残る二枚に届かない、なんて可能性があるのだ。


「まあ、まともに解除魔法にこだわれば、だけどな……」


 俺は、倒した槍使いが使っていた青槍を回収する。持ち主が死んでも、いまだ穂先には魔力が渦巻いていて、手に取ると一瞬、めまいのような感覚に襲われる。……呪われている武器だったりしてな。


 三メートルほどの長さ、当然ながら両手で保持して、槍の穂先を王座に座るマントゥルへ向ける。……こいつは俺の光の障壁も簡単に抜けてきたからな。三枚まとめて貫いて、そのまま心臓に叩き込んでやるよ!


「掩護してくれ!」


 俺の声に、リアナがDMR-M2を、フィンさんが暗黒電流弾を放って、立ちふさがる悪魔どもを倒していく。


 俺は槍を手に、猛然と玉座へと突っ込んだ。マントゥルは、俺の手にした得物の正体に気づいたか、腕から電撃の魔法を放った。


 サンダーボルト!


 だが残念。この槍は魔法を無効化するんだよ! 俺も槍使いに放ったライトニングを槍の穂先で消されたからな! 


 スピードアップでさらに加速。魔法障壁にあと少し、というところで遮るモノ。召喚された悪魔がマントゥルの間に壁となる。いまさら止められない。


 槍が悪魔の身体を貫く。おかげでこちらの足が止まってしまう。その穂先は、マントゥルの身体からわずか三十センチほどのところまで迫っていた。


 刺せなかった。だが、その範囲なら、障壁は槍の効果で無効化されている。


「リアナ!」


 銃声が二発、轟いた。きちんと射線を確保していたリアナが、悪魔たちの隙間からDMRライフルの二連射を撃ち込んだ。防御魔法のなくなった魔術師に、マジシャンキラーの本領発揮である。


 俺は目の前の悪魔から槍を引き抜く。どうも急所を抜いたらしく絶命したので蹴飛ばすのだが、その直後――


「フフフ……ハハハハッ――!」


 マントゥルが高笑いを響かせた。銃弾はマントゥルの額と心臓部分に正確に命中していた。だが、かつての天才魔術師は生きていた。


「素晴らしい……! 我が魔法を破って、一撃をくれたことを褒めてやるぞ!」


 途端に天才魔術師と呼ばれた男の身体からどす黒いオーラがあふれ出す。五十半ばに見えるその肌がかさつき、干乾びたように見える。急激なミイラ化――いや、違う。


 骸骨のようにやせ細ったその顔、しかし目の奥はぎらぎらと輝き、負の魔力に満ちている。


 これは……ひょっとして――リッチか。


 不老不死を目指す魔術師が、自らをアンデッド化することにより、自らの寿命を延ばすとかいう、俗に言う暗黒魔術。


 すでに人間を辞めていたらしい。確かに聞いていた話では相当高齢だったが、その割には随分と若かったからな。……しかし、まさかリッチになっているとは。ちなみに古い言葉で『屍』を意味しているので、別にお金持ちではない。


 だが、ちょっと待て。いまリアナの銃弾を受けてビクともしなかったぞ? ――対アンデッド弾を用意していたはずなのに、それが効かなかったということか? ただのアンデッドではない、ということか。


 くそっ。このまま攻撃だ。俺は奴のすぐそばにいるのだ。青槍を横なぎに一閃。だがマントゥルの左手に杖――いやメイスが握られ、槍を防いだ。


「っ!?」


 片手で防ぎやがった。老人のそれとは思えない力。


 ふん、とマントゥルが腕を振るった。すると頭上に暗黒の球体が無数に現れ、放たれた。その数、ざっと十、いや二十!


 光の障壁を展開しつつ、後退。暗黒球は障壁が弾いたが、うち半分近くが、フィンさんとリアナのもとへ。フィンさんは下がりながら魔法で迎撃、リアナは当たる球を飛び退いて躱す。


「クフフ、ハーッハッハ!」


 指揮者がタクトを揮うように、マントゥルが魔法を放つ。室内を猛烈なる暴風が吹き荒れ、身体が流される。


「フハッー!」


 どこからともなく水が具現化。それはたちまち大きな波を形作り、マントゥルを除く室内のすべてを流そうと降りかかる。水に絡め取られ、壁に叩きつけられる――!


 いや、違う、こいつの後に来るのは――俺は、対電撃対策の防御魔法を全員に付加する。果たして壁に押し流され、叩きつけられる仲間たち。波が引くように水が消えたその時、マントゥルは天に両手をかざした。


「雷鳴よ!」


 轟々たる音と共に弾ける稲光。駆け巡る電撃の竜が、俺たちを掃討する。障壁に対雷防御サンダーガード、それでも一瞬の痛みと痺れが俺の身体に走った。……目の前を雷が弾けやがった!


「……あぁ。フッフフ……久しぶりにワシに攻撃魔法を使わせたな」


 スケルトンじみた顔に喜色を浮かべるマントゥル。


「しかも、まだ生きている……!」


 さすがに天才魔術師などと言われるだけのことはあるな。俺は、わずかながらに痺れた腕に顔をしかめた。


 ベルさんは、この手の電撃では死なないのは知っている。ちら、と仲間たちを見れば、リアナと橿原かしはらが倒れていた。とっさに対雷防御の魔法をかけたが、それでもダメージがデカいようだった。


 フィンさんは膝をついていて、かろうじて生きているようだ。ヨウ君も意識がある。リーレは――


「くぁー、ちっとは休ませろってんだ!」


 文句を言いながら起き上がっていた。やや煤けた戦闘服に眉をひそめつつ、何事もなかったかのように眼帯の女騎士は剣を手に立ち上がる。この異常なタフネスぶりは、人外のそれ。


「いい感じに効いたわ。だけどこれ以上、やらせるわけにもいかんよなぁ……!」

「まったくだ」


 ベルさんが、近くで膝をついている氷騎士――電撃の巻き添えを喰ったらしい――の首をデスブリンガーで刎ね飛ばしながら言った。


 こっちの戦力は半壊状態だったが、まだ半分残っていた。

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