第327話、数の優位
宮殿前にいたハイスピードウルフ(仮)八頭がゆっくりと前進を開始した。
「突進距離に入ったら、目にも留まらない速さで突っ込んできます!」
ヨウ君の警告。
まず先制したのはリアナだった。四脚ゴーレムの背中に乗った彼女は射界を確保するとDMR-M2マークスマンライフルで、ハイスピードウルフに狙いを定めると引き金を引いた。
銃声。直後、一頭が額を撃ち抜かれて倒れた。ビューティフォー……。一撃で仕留める腕もさることながら、魔法よりも断然速いその射撃は、さしもの超高速ウルフでも回避できなかった。
が、リアナが続いて発砲した際、魔獣たちは早くも対応を見せた。目にも留まらない加速を使うことで回避して見せたのだ。
「銃弾を避けやがった!」
どうやら銃というものが分からなかったので、初弾は回避しなかっただけのようだった。一頭がやられたことで、他の獣たちは二発目からは避ける。……なかなか頭がいい。
しかし、リアナとて負けてはいない。加速あけのところを狙うなどして、弾倉をひとつ空にする頃にはもう一頭を倒していた。
残る六頭が飛び込んできた。犠牲になったのは、フィンさんが支配するスケルトンたちだった。迎撃態勢をとる骸骨どもを、その加速で飛び込み、切り裂き、吹き飛ばしていくハイスピードウルフ。骨たちはもろくも崩れ、その数をすり減らしていくが――
「……なんだ、速いんじゃなかったのかい?」
スケルトンを引き裂き、再度別の標的を狙おうとした超高速狼の傍らに現れる者。危機を察知して飛び退こうとした獣の
眼帯の女戦士リーレは、飛び散った獣の返り血がかかっても
「しょせん単体攻撃の突進しかねえ獣だ。囮に喰いついたところを仕留めればいいってことよ!」
これは数の優位があればこその技。フィンさんが、アンデッドを支配し、それを盾にすることで可能な戦術である。
だが、そうは言っても簡単ではなく――
「すみません、逃がしました!」
「トモミさん!」
ヨウ君がとっさに割り込んだ。ハイスピードウルフの牙が、ヨウ君の腕に食い込み――
「かかり、ましたね……!」
するり、とヨウ君の右腕が抜けた。いや、小手のように見える黒いそれ。次の瞬間、黒い塊がぐにゃりと形を変え、狼の頭を覆った。目と耳、鼻を奪われた魔獣はその場でもがく。
「影爆!」
ヨウ君が念じるように言えば、ハイスピードウルフの頭が爆発した。エグい、エグい。
とはいえ、数で押せれば何とかなるものだな。ゾンビの身体を引き裂き、すり抜けるハイスピードウルフ。俺がその進路上に浮遊魔法の領域を作れば、勝手に飛び込んだ魔獣がふわりと浮き上がる。地に足が着かず、もがく狼をまわりのアンデッドたちが殴る、斬る、噛みつく。
始めはどうなるかと思ったが、案外楽にケリがついた。こちらが数で優勢なんてパターンは滅多にないからなぁ……。
ハイスピードウルフを全滅させ、俺たちは道なりに進む。いよいよ宮殿じみた建物にやってきた。おそらくマントゥルの本拠であろう。
正面の門は……開いてるな。全力でこちらを阻んでくると思ったんだが、おいでおいでしてやがる。
マントゥル――おそらくここのダンジョンマスターである彼は、俺たちの行動を見てきただろう。門を閉じても無駄だとわかっているかもしれない。
それとも――
「罠くさい」とリアナ。リーレも眉間にしわを寄せた。
「物事が上手くいってる時ってのは、わざとそういう方向に誘導されてるかもしれないぜ?」
橿原は双眸鋭く、門を見つめる。
「ですが、こちらは進むしかないですよね」
「なるようになれ、ってか?」
俺は小さく唇の端を吊り上げた。
「無策で突っ込んでやられるってのも趣味じゃないんだよな。フィンさん、……アンデッドを前衛に」
「うむ」
「ヨウ君、影を忍ばせてトラップの確認」
さあ、乗り込むぞ。俺たちは門を潜り、宮殿内に足を踏み入れた。
大広間である。黒光りする大理石じみた床。腐臭が漂い、全体的に薄暗い。とても高い天井には無数のシャンデリアが不規則にぶらさがっている。蝋燭ろうそくの火がちらちらと光っているのに混じり、宙を緑色の人魂のようなものが往復している。
偵察など飛ばすまでもなく、そこには黒い甲冑をまとった死霊騎士と、鉄の身体を持つアイアンゴーレムが複数、待ち構えていた。……この期に及んで、俺たちを相手するにしては申し訳程度でしかなかったがな。
支配下にあるアンデッドたちはなす術なく潰されていったが、ベルさんやリーレにかかれば、死霊騎士はもはや敵にあらず。
動きはトロいが、硬さだけは抜群のアイアンゴーレムは、普通なら倒すのに難儀する相手だったが、橿原の手によって次々に粉砕されていった。……相変わらずおっかないパワー。あの細身の身体でそれだから恐ろしい。
宮殿の中を探索する。
目指すは、魔力がもっとも濃い場所。そこにダンジョンコアがあると思われ、さらにここの主であるフォリー・マントゥルがいるだろう。
道中、宮殿内は異形の巣窟だった。
改造人間と死体を使った飾りや家具。骨の椅子や机なんて優しいほう。人の顔が浮き出た木とか、肥大化した人間の顔を持つ巨大蛇など……。あまりの醜悪さに胸の奥がむかつき、吐き気が込みあげてきた。
やがて、俺たちは宮殿の深部フロアに到達した。
さながら玉座の間のようだった。床は綺麗に磨きぬかれ、まるで鏡のように反射している。部屋の左右には神殿を思わす石柱がアーチで結合されている。
奥の段差の上にある玉座――その前に、漆黒の法衣をまとう痩身の魔術師と、異形の騎士たちが6人、立っていた。
中央の痩身の魔術師が声を張り上げた。
「よくここまで来たな、
仰々しいな、この魔術師。こいつがフォリー・マントゥル? いや、それにしては若すぎるな。弟子のケイオスか。
「偉大なる御方の宮殿に入り込んだ愚か者どもめ! よくも崇高なる世界統一計画に必要な研究施設を破壊してくれたな!」
世界統一計画? あまりにあまりなワードに、俺は鼻で笑ってしまった。
「貴様らのおかげで、偉大なる御方の計画に少なくない遅れが出た! 全員、生きてこの場から帰れると思うなよ――」
「御託はいいよ」
ボソリ、とリアナが呟いたその時、銃声が室内に響いた。いきなりの発砲に俺たちも驚くが、次の瞬間、バタリとケイオスが倒れた。眉間を一撃で撃ち抜かれて。
「……リアナ?」
「あの中で、ヘッドショットできそうなのがあいつだけだったから」
まったく悪びれた様子もなく、淡々と告げるリアナ。
ケイオスのまわりにいた異形の騎士たちも、あまりのことに固まって、魔術師の死体を見つめていたが、すぐに顔をこちらに向けると、誰ともなしに悲鳴のような咆哮が上がった。
それが戦いの始まりを告げる合図となった。
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