第326話、アンデッドキング


 フィンさんの素顔は、青い肌の別種族だった。……えーと、悪魔系の方?


「肌の色については勘弁してくれ。私も、何故この色になったのかわからないのだ」


 ネクロマンサーは、穏やかな口調で言った。


「しかし、見てのとおり、純粋な人間でもない。何だと言われれば、『不死者』だと答えている」

「不死者……」


 つまり不死身? こいつは驚き!


「そして、この仮面にはひとつ仕掛けがあってな……」


 フィンさんが持っていた白い仮面が、黒く変色し形が変わる。黒いドクロ――フィンさんはそのドクロの仮面をつけた。


「あぁ、久しぶりだ。実に、久しぶりだよ、この感覚――」


 ぼぅ、とドクロの目に青い光が灯る。……傍から見ると、この人こそアンデッドに見えるな。俺は思った。


『カース・フィールド』


 フィンさんが短詠唱だろう、魔法を唱えた。声にエコーかかっていたように感じたのは気のせいか。


 ふわっと、大気中の魔力が青白く発光したように見えた。それは俺たちの周囲に広がり、迫りくるアンデッドたちを通過した。


『我が支配領域にある死者どもよ。王である我に従属せよ』


 それは命令だった。押し寄せていたアンデッドたちの動きが止まる。戦っていた前衛組も、突然のことに目を丸くする。


「さて、これでこの不毛なアンデッドとの消耗戦は終わりだ」


 フィンさんが宣言した。アンデッドが敵対行動を止めたのは、おそらくフィンさんの支配領域内にいるから。


 異世界のネクロマンサーって、こんなことができるのか。チートだなー。


「フィンさんよ、あんたアンデッドの王だったのか?」


 リーレが聞いた。黒いドクロの仮面をつけたフィンさんは口もとを笑みの形に歪めた。


「まあ、そのようなものだ」


 さあ、先へ進もう、とフィンさんが言えば、俺たちは合流点より先にある地下構造物――宮殿へと向かう。……フィンさんが支配したアンデッドたちもぞろぞろとついてくる。急に人数増えて、何だか奇妙な感じだ。



  ・  ・  ・



「ほう、アンデッドを従える力を持つか……」


 マントゥルは、闇鉱石の椅子に腰掛けたまま、ダンジョンコアの見せる光景を眺めて、思わず口もとを緩めた。


 侵入者たちは合流を果たし、湯水のごとく溢れ出るアンデッドたちを支配下において、この宮殿を目指している。


 コアを有するマントゥルは、いくらでもアンデッドを召喚できる。だが、侵入者の中にいる死霊使いがいる限りは無駄であろう。ただでエサをくれてやるようなものだ。


「そうなると……こちらの駒は魔獣どもになるか」

『偉大なるマントゥル様……』


 魔力念話が届く。相手は弟子であるケイオスだ。


「どうした?」

『侵入者どもの存在は、すでにご存知とは思いますが――』

「今、奴らの姿を見ておる。……なかなか面白い素材だ」

『しかしながら、危険な相手には違いなく、早々に殺さねばなりませぬ』


 ケイオスの声は続く。


『すでに守護者たちには守りを命じておりますが、ミラールの使用許可をいただきたく』

「ミラール……」


 あの超高速狼か――しかし、あれを使ったら、侵入者たちは……。


「よかろう。狼どもをけしかけよ」

『御意』


 魔力念話が切れる。弟子は、改造生物の中でも、極めて対処の難しい獣を差し向けるようだ。


「……さて、アレにどう対応するのか、見物だな」


 マントゥルは肘掛を掴み、静かにほくそ笑むのだった。



  ・  ・  ・



 フィンさんがアンデッドを従えているためか、宮殿への道を行く間、新手のアンデッドは出てこなかった。


 ゴミ山の中には、骸骨などが転がっているからスケルトンやアンデッドとして起き上がってきそうなものではあるが。


 おそらく、ダンジョンマスターは、こちらの動向を監視している。無駄な攻撃を控えているだけで、次の手を打つべく行動していることだろう。


「出てくるとすれば――」

「アンデッド以外」


 俺が口に出せば、ベルさんが答えた。


「悪魔や改造生物だろうな。そういえば、例の死霊騎士は、アンデッドになるのか? それとも改造生物のほうか?」


 黒騎士が、ドクロ面のネクロマンサーに問う。


「さて、どちらだろうな。アンデッドなら、我が『呪いの場』に入れば支配できる。できなければ――」

「改造生物ってことだな」


 確認は大事。まわりに味方のアンデッドがたくさんいるからと言って、楽勝などと思ってもらっては困る。


 ちっ、とベルさんが舌打ちした。


「宮殿から、何か獣が出てきたぞ。……複数、七、八体か」


 前方にうっすらと見える宮殿。その門のあたりに確かに、小粒ほどの大きさだが何か四足の魔獣らしき姿が見える。全身は黒、狼のようだが……? いや、狼にしては大きめか? というか、どこかで見たような気がする。


「うげ……」


 思わず変な声を出したのはヨウ君だった。


「気をつけてください。あの魔獣、スピードが尋常じゃありません!」

「どんな奴なんだ、それ?」


 リーレが薄い緑の瞳を向けてきた。


 ヨウ君曰く、とある村を襲った高速の魔獣のことを簡単に説明した。いかに素早く、魔法の気配すら察知して回避するところなど。


 虎のような大きさながら、あまりに速すぎて、初遭遇は大苦戦を強いられたらしい。


「うーん……。だとすると、何とかなるんじゃねえかなぁ」


 眼帯の女戦士は考え深げに言った。


「凄く速いんだろうけど、結局は獣だろ? それならやりようがあるぜ?」

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