第325話、ダンジョンマスター・マントゥル


 フォリー・マントゥルは、廃城のさらに地下にある宮殿に居を構えていた。


 齢すでに90を超え、人として肉体はすでに朽ちてしまったマントゥルである。だがその外見は若く、五十代半ば程度に見える。金で縁取られた白いローブをまとう姿は、高僧か熟練の魔術師のようだった。


 玉座の間を模した思考の間、その奥にある闇鉱石を削り出して作られた専用の椅子に腰掛け、考えに耽るのが日課となっている。考え、時に席を立つと、思考の間を歩く。誰にも邪魔されずに思考の海に没するのを、楽しんでいるのだ。 


 だから、彼は邪魔されるのを嫌う。そもそも、この地下宮殿に移り住んでから、何かに邪魔をされるということはほとんどなくなったのだが……。


 胸の奥にある宝玉が、それを報せてきた。


「……何者かが、我が城へ入り込んできおった……」


 それがおよそ三時間前のことだ。


 最初は廃城エリア。ここは遺跡探索などを目的にして侵入した者をゾンビどもが迎え撃つ場所だ。大抵はアンデッドが物量で攻めて、侵入者をアンデッドのお仲間にしてしまう。


 が、侵入者たちはそれを突破した。なかなかのツワモノ、おそらく冒険者だろう。不揃いな装備だが、こちらも希少な品々を所有しているようだった。上位ランクパーティー。いったい何をしにここへ来たのか。いつもの探索か。ともあれ、こいつらを実験素材にするのも悪くないと、マントゥルは思った。


 地下三階にある転移魔法陣によるトラップゾーン。飛ばされた先は、廃城ではなく地下にある実験工房。その魔法遮断効果を込めた石の牢の中に転移する。


 魔法も使えず、石壁に囲まれた独房に放り込まれれば、あとは弱ったところを捕らえればいい。これまで多くの侵入者をそうして捕らえてきたトラップだったが……。


 破られてしまった。


 ある者は武器で、またある者は拳で。ある者は不可思議な術を使い、またある者は石牢の壁の中にある魔力線に細工することで出入り口をこじ開けた。


「素晴らしい……!」


 それぞれが独自の方法で脱出してしまったのだ。一人二人ではなく、転移トラップにかかった五人全員がだ。


 まだまだ牢にも改良が必要だ、とマントゥルは思う。


 その五人は、守衛である死霊騎士を倒し、改造実験用の筐体きょうたいをすべて破壊した。これには少しだけもったいないと気持ちになった。


 悪魔改造は、弟子であるケイオスが担当していた。実験場を壊されたことに腹を立てるのは、マントゥルよりも彼のほうだろう。


 その後、実験工房の侵入者五人は、召喚されたグレーターデーモンと戦い、これを倒した。


 眼帯の女戦士がグレーターデーモンの障壁を、その手にした魔法剣で両断すると、緑色に輝く軽鎧をまとった少女格闘士が、その拳でデーモンの殴り倒してしまった。


 上位悪魔を殴殺する人間など、マントゥルは初めて見た。実に愉快な光景だった。


 一方で、廃城の地下深くへ潜る侵入者たちがいた。転移魔法陣を踏まずに突破した連中だ。人間が三人、機械製と思われるゴーレムが三体……。


 この時、マントゥルは青藍せいらんを鎧をまとう人間だと思っていたが、こちらもまたマントゥルの興味を引いた。特にあのゴーレムたちの行動が面白い。これはぜひ手に入れて、構造を解析したいものだ。


 人間とゴーレムの混成パーティーには、アンデッドの大群が迎え撃ったが、殲滅されてしまった。そこでようやく青藍がゴーレムではないかとマントゥルは気づいた。六本腕を自在に操る戦闘用のゴーレム……実に面白い。


 混成パーティーはやがて廃城の出口へたどり着いた。その先は空洞になっており、マントゥルの住処である地下宮殿と、悪魔実験を行っていた実験工房へ続く道と繋がっている。が、この道の両側に積み重なっているガラクタや骸には、多数のアンデッドの種が仕込んであった。


「どれ、いま少し様子を見てみようか」


 ダンジョンマスターであるマントゥルが操れば、種はたちまちアンデッドとして動き出し、侵入者たちに牙を剥く。


 ちょうど、実験工房にいた五人組も空洞の道に出てきたようだ。……果たして、彼らは合流できるだろうか?



  ・  ・  ・



 まったく、しつこい。


 俺はうんざりしていた。


 空洞内には道が走っていて、その左右にはゴミの山ができている。その山から、ぼこぼことスケルトンやゾンビが出てきては、襲い掛かってくる。


 人海戦術で押せば何とかなると思ってるんじゃないだろうか。確かに、数で押す戦術は、こっちの疲労度に影響する。どんな強者も疲れてしまってはその力を発揮できない。


 こちらも無理やりダンジョンコアを使うか? マントゥル側のダンジョンコアの支配下なので魔力吸収はできないが、ディーシーが保有している魔力分なら、ガーディアンを使うことができるし。


 と、俺の耳に、先ほどから聞こえていた銃声がまたも聞こえた。リアナの銃だ。フィンさんたちがそこまで来ているのだ。


 ヨウ君が声をあげた。


「来ました! フィンさん、リアナさんです!」


 青藍を先頭に、フィンさんたちがやってきた。リアナが、側面の斜面から下ってくるゾンビをライフルで撃ち倒す。スクワイア・ゴーレムたちも健在。ともかく、これで全員が揃った。


 ベルさんが、リーレが、橿原かしはらが、ヨウ君が、青藍が円陣を組んで、押し寄せる敵を各個撃破する。


 リアナは弾倉の交換。俺はフィンさんと短く言葉を交わす。


「合流できてよかった」

「だいぶ難儀しているようだが?」

「見てのとおりですよ、フィンさん。正直キリがない」

「ふむ。このままではジリ貧だな……。何か案はあるか?」

「一度、俺たちの周りに障壁を張って壁を形成。壁の外を焼き払おうと思ったんですが」


 俺は首を横に振る。


「焼き払った次の瞬間、おかわりのアンデッドが湧いてくる。なのでゴミごと全部焼いてしまおうと思ったんですが、さすがに範囲が広い。後のことを考えるとちょっと」


 もちろん、ここでやられてしまっては意味がないので、手がなければやるが。


「これはひょっとしてピンチというやつかね?」


 フィンさんは、周囲を見回した。仲間たちはよくゾンビやスケルトンを切り、潰し、排除しているが、これが長引けばどうなるかは、自明の理である。


「では、この場は私が制圧しよう」


 仮面のネクロマンサーは、俺を見た。


「そういえば、君たちは私の素顔を見たことがなかったね」

「……そうですね」


 男性なのはわかるが、そもそも人間なのか。もしかしたらエルフなどの亜人種族の可能性だってあるが。


「驚くな、というのは無理であるが、まあ敵ではないから攻撃はしないでくれよ」


 そう言うと、白い仮面をはずす。出てきたのは青い肌に灰色髪をしたイケメン中年男性の素顔――


 え、ガ○ラス人? いや、それは多分違うだろうが……明らかに人間とは別種族だった。

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