第324話、グレーターデーモン


 ネクロマンサーであるフィンにとって、死霊、アンデッドの類は別段怖いものではない。


 もちろん、ネクロフィリアではないし、まっとうな人間を死者に落として弄ぶ趣味はない。……悪党が相手となれば話は別だが。


 ――それにしても。 


 フィンは仮面の奥でため息をついた。


「やれやれ、性懲りもなく」


 下の階層へと向かう大階段通路。アンデッドの群れがひしめく。尋常ではない数のゾンビが登ってくる。


 リアナがDMR-M2と名づけているマークスマンライフルのトリガーを立て続けに牽く。分隊での射撃の名手に与えられるマークスマン――リアナは狙撃だけでなく、一般歩兵同様の射撃戦もこなす。


 彼女の一秒にも満たない間の二連射は、的確にゾンビ二体を撃ち抜き、さらに後ろの標的も貫いたが、圧倒的多数のアンデッド集団には焼け石に水だった。


「|装填《そうてん)!」


 弾の切れたDMRから空の弾倉を抜き、アイテムボックス弾倉ポーチから新しい弾倉を装填する。


 持ってきた機関銃はすでに弾切れで、その分、スクワイアたちが魔法銃による援護を展開中。 


「少し、まずいかも」

「少し?」


 フィンは、リアナの呟きに首をひねった。確かに壁と形容するにふさわしい数のゾンビどもが唸り、ゆっくりながら着実に階段を登ってくる。進むどころか下がらなければ、アンデッドの壁に押し潰されるのは明白だ。


「ダークランス!」


 フィンの放つ闇の槍が数体のゾンビをえぐり、飲み込み倒す。だがすぐに後続のゾンビがその穴を埋め、ちぎれた部位を踏み潰す。


「確かにこれはよろしくない状況だ……」


 仮面のネクロマンサーは、傍らで魔法銃を使っているスクワイアをみた。


「君たちに何か名案はあるかね?」

『強行突破が必要かと』


 スクワイアゴーレムのブラオが機械的に答えた。


『ボクらに任せてもらえますか?』

「任せよう」

『ありがとうございます。……青藍せいらん、ゲルプ、突撃モード。グリューン』


 ゴーレムたちが動く。まず四脚型のゲルプが腹部の四連装の魔法砲をパージすると、そのボディを浮遊させ、青藍の背中へ腹部からドッキングした。ゲルプの四本の脚が腕パーツとなり、青藍は突撃モードこと六腕戦闘形態となる。


 ブラオとグリューンが、青藍のもとへと向かうと、運んできた大型武装を取り出して渡した。


 もとから持っていた竜剣ドラゴンテイルのほか、両手剣サイズのコバルトブレードを3本。ゲルプがパージした四連装攻撃型魔法砲と、サンダーロッドを、それぞれの腕に装備する。


 突撃モードになった青藍は、階段を下る。ドラゴンテイルとコバルトブレードを持った腕を一定の軌道で振るい、階段通路の幅いっぱいを攻撃範囲に収めると、芝刈りならぬゾンビ刈りを開始した。


 豪腕をもって振るわれるドラゴンテイルやコバルトブレードが、触れたゾンビどもを次々に切断し、なぎ払っていく。重甲冑を装備した騎士などならともかく、装甲などないゾンビたちは剣先が触れただけで容易く両断されていく。


 無慈悲なアンデッド刈り機と化した青藍は、素早く繰り出す四本の刃で、アンデッドの壁を粉砕し、なおも前進を続けた。時折、残る二本の腕に装備した魔法銃で射撃をするが、正直、その必要はなかった。


 圧倒的な力で数の暴力をねじ伏せる戦闘ゴーレムの姿に、フィンは感心を露わにする。


「ほう、実に頼もしいものだ」

「戦車がいるようなものね」


 リアナは呟く。


 青藍を先頭にフィンたちは前進する。



  ・  ・  ・



 悪魔を作り出す実験場を抜けた俺たちは、通路に沿って進む。


 黒い壁は石でできているが、綺麗に削り出されていて、その表面は滑らかなさわり心地だった。壁に走る模様がオレンジ色に発光していて、照明の代わりを果たしている。古代文明時代のものだが……間違ってもテラ・フィデリティアのものじゃないな。


 通路から大部屋に入る。天井はドーム状になっていて、かなり広い。オレンジ色の模様は床に伸び、魔法陣を形作っていた。


 ふん、とリーレが胡散臭そうに眉をひそめた。


「何かの召喚陣みてぇだ」

「ご名答。まさにそれだ」


 ベルさんが言った。


「いったい何が出てくるのやら」


 どうせ碌なものじゃないだろうな。俺は壁に埋め込まれたようなオレンジ色の模様――魔法文字のようなものを眺める。


「消すとか、できるのかこれ? 削らないとダメか?」


 靴先で模様をこすってみる。すると突然、床や壁の光が強くなった。お? 今のは俺じゃないぞ?


 ごごごっ、と部屋が震動する。あー、これは嫌な予感。


「魔法陣が起動した?」

「ああ、何か来そうだな……」


 ベルさんがデスブリンガーを構える。


 召喚陣が輝き出し、黒い闇の波動を放ちながら何か大きな物体が形となっていく。


 禍々しいシルエット。赤い肌は筋肉質に隆起し、高さは三メートルを超える。背中には鋭角的なカーブを描く翼を持つ。黄色く輝く目を持つ悪魔が召喚陣の上に鎮座する。


「グレーターデーモンか」


 上位種ではある。ベルさんの呟きに、橿原かしはらが聞いた。


「かなり強そうですが、他の魔獣に比べてどの程度の位置にいるのですか?」

「見たところ、こいつは上位ドラゴン程度」


 しれっと言うベルさん。上位ドラゴン……それって結構やばくない?


「そうですか」


 橿原もまた、平然と受け止めた。特に慌てるそぶりも見えない。ヨウ君は、少し表情を引きつらせていたが、リーレは逆に獰猛どうもうな笑みを貼り付けた。


「で、こいつの特徴は?」

「そこそこ強力な魔法攻撃と――」


 言いかけるベルさん。グレーターデーモンが咆哮を上げ、腕を持ち上げると黒い魔力の弾が複数、具現化した。


 俺は魔法障壁を展開する。二秒と経たず、グレーターデーモンが放った黒球が障壁に干渉して弾かれる。波紋のように広がる魔力。体に直撃したら、その部位もってかれるな……。 


「――あと防御障壁をもってる。生半可な魔法は効かないし、迂闊に飛び込むとはね飛ばされるぞ」


 ベルさんの注意が飛ぶ。なるほど、つまり攻防において隙が少ないということだな。


 ふむ、とリーレは首を捻る。


「じゃ、防御障壁はあたしが斬るからよ、トモミ。お前、あいつを吹っ飛ばせよ」

「承知」


 橿原が頷いた。


 眼帯の女戦士が魔剣グローダイトソードを手に駆け出せば、バトルドレスをまとう女子高生が後に続いた。

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