第323話、悪魔の研究


 転移魔法陣で飛ばされた先は石壁の密室。そこを脱した俺は、怪しげな研究設備のあるフロアに出た。


 そこでベルさん、橿原かしはら、リーレと再会を果たしたが。


「ヨウ君は見たか?」

「いや?」


 首を振るリーレだが、声はすぐそばでした。


「僕ならここに」

「お、何だ、いたのか」


 ホッとする俺に、少女のような少年ニンジャは苦笑した。


「何だとは酷いですね」

「どこにいたんだ?」

「狭い石壁で囲まれた部屋に」

「俺と同じだな」

「あたしも。たぶん同じ型の部屋だな」


 リーレが、横たわる紫肌の悪魔の死を確認して立ち上がった。


「ちなみに、お前はどうやってそこから出た、ヨウ?」

「影を使って隙間を探しました。一度外に繋がれば、後は簡単です」

「ジン、お前は?」

「竜の爪で壁を掘った」

「……スマートじゃねえなぁおい。トモミは……まあ、ぶん殴ったんだろうな」

「だろうな」

「ですね」


 俺もヨウ君も同意した。脱出の最中に聞こえた轟音と揺れは、猪俣流攻魔格闘士の技だろう。当の橿原は静かに笑んでいる。


「そういえば君らは、フィンさんやリアナは見たか?」

「いや、見てねえな」


 リーレが即答すれば、ヨウ君が言った。


「このフロア内を見てきましたが、ゴーレムたちを含めて見かけていないですね。転移罠を踏まなかったか、あるいは、このフロアにある石壁の小部屋に閉じ込めれているか」

「ちょっと聞いてみっか……」


 そう言うと、リーレが自身のこめかみに指を当てた。


「あー、あー、フィンさん、聞こえるか?」


 ここにはいない人物への問い。魔力念話を送っているのだろう。どれ、俺もちょっとやってみるか。


『――リーレか。生きていたんだな。転移魔法陣で飛ばされたので心配したぞ』


 フィンさんからの魔力念話が聞こえた。とりあえず無事なようだ。


「その口ぶりじゃあ、フィンさんは魔法陣踏まなかったみてぇだな。リアナはそっちにいるかい?」

『ああ、彼女と、あとゴーレムたちと一緒だよ。転移魔法陣が仕掛けられた部屋は抜けたが、目下、アンデッドどもと交戦中だ。そちらはどうだ? 一人か?」

「こっちは五人だ。全員無事だけどよ、いまどこにいるかわからなくってな。馬鹿でかい魔法工房みたいなところにいる」

『そういった場所にはまだ到達していないな。おそらくこちらより先行していると思うが』


 確証はない。もともと地図もなく、ダンジョンコアによる索敵もできない状態だ。こちらは手探りを強いられている上に、転移魔法陣で飛ばされたので位置関係などさっぱりわからない。


 俺は魔力念話を飛ばす。


「フィンさん、ジンだ。こっちは道なりに奥へ進むことにする。生きていれば、そのうち合流できると思う」


 よほど変な方向へ行かない限りは。


「連絡を取り合おう。何かあったら報せてくれ。こちらもそうする」

『承知した。ではまた後で』


 フィンさんが魔力念話を切った。リーレが肩をすくめる。


「全員無事だってわかって、ひと安心だな」

「まったくだ。こっちも先に進もう」


 ベルさんと橿原は……ん? 例の巨大試験管の中を見ていた。他に動くものはなく、フロアの制圧は済んでいるようだ。


「どうしたんだ、ベルさん?」

「何とも醜いと思わないか?」


 ベルさんはガラスの中のモノを眺める。俺もそれを見る。


「これも悪魔か」


 牛頭の人型。背中には折りたたまれた翼のようなものがある。獣人や亜人というよりは、悪魔というほうがしっくりくる。ベルさんが口を開いた。


「こいつはキメラだな。悪魔と何か他の生き物をかけ合わせた」

「たぶん、人間ですよ。その、他の生き物というのは」


 ヨウ君がやってきた。少女に見える少年ニンジャは無感動な目を向ける。


「マントゥルの弟子たちのアジトでも人間を材料に実験していましたから。……おそらくこれも」

「人体実験かよ」


 リーレが吐き捨てる。明らかにムカついていらっしゃる。……彼女の過去に、何かそういうのがあったのかもな。わからんけど。


「で、これ、もとの姿に戻れるのか?」

「もとに、というのは人間のことか?」 

「それは不可能かと。無理な合成で、その知能は獣以下になってしまうようですし。彼らの研究をすべて把握しているわけではありませんが、もとに戻す方法はないと思いますよ」


 ヨウ君が答える。すると、ベルさんが頷いた。


「なら、ここの悪魔もどきは、全部潰していこう。残してもしょうがない」


 暗黒騎士の腕が、肥大化し獣の頭のように変化すると、手近な試験管を悪魔ごと喰いちぎる。……さすが暴食と悪食の化身。何でも喰ってしまうんだな。


 しゃあねえか、とリーレも左手に火球を作り出すと、設備めがけて放り、破壊する。仕方ない。俺にヨウ君、橿原もフロア内の人工物をすべて壊してまわった。


 忌まわしき生体改造の研究を行っていたフロアは廃墟へと姿を変えた。……こんな研究やってるフォリー・マントゥルという男。マジでマッドなやつだな。



  ・  ・  ・



「クソッ! クソっ!!」


 監視鏡を通して映し出された映像を見やり、死霊使いのケイオスは悪態をついた。


 師と仰ぐフォリー・マントゥルの実験場が、侵入者たちの手によって破壊されたのだ。


「なんたることだ!」


 人間と悪魔を合成する実験に使っている魔素注入装置、これが全部潰されてしまった。古代文明時代の発掘品に手を加えて、ようやく揃えた24基、すべてである。


 人をはるかに凌駕する身体能力を持つ悪魔の力を人間に投入して進化させる――あのお方の、崇高なる研究を理解できない愚か者たちによって。


「またしても、あいつらか……!」


 シュテッケン村へのアンデッド耐久実験を邪魔した者たちが今回の侵入者のようだった。いったい何をしにこの城へ来たのか。


 転移罠で石牢に放り込んだにも関わらず、自力脱出するというわけのわからない行動。警備についていた死霊騎士らを倒す実力。個々の能力が恐ろしく高い連中だ。忌々しい限りである。


「だが次はこうはいかんぞ、侵入者!」


 実験場を破壊した連中が向かう先には、巨大なる召喚陣。


「偉大なる悪魔グレーターデーモンが貴様たちを引き裂くのだ!」

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