第322話、実験場


 橿原かしはらトモミは、自身の手を頬にあて呟いた。


「うーん、どうしましょうかねぇ」


 自分以外の状況はわからないが、女子高生転移者もまた、出口の見あたらない石壁の小部屋に閉じ込められていた。


 自分が今いる場所がどこかはわからない。廃城の地下、そのどこかだと思うのだが、他の面々と切り離されたことくらいしか理解できない。


 ――たぶん、あれよね。ゲームとかでいう転移罠とかいうやつ。


 橿原自身はパズルゲームくらいしか遊んだことがないが、弟たちがファンタジー系のゲームで遊んでいたのは見て知っている。


「窓もないし、扉もない。長い時間ここにいたら、部屋の酸素がなくなって死んじゃうパターンかしら……?」


 返事は期待しないが、つい口に出してしまう。酸欠で死ぬのは嫌だなぁ、と思いながらも、トモミの表情に焦りはない。


 見たところ、周囲は石の壁である。はてさて、厚さがどれくらいあるかは見当もつかない。が、酸欠で動けなくなる前に、何とかするのがよいと、その頭脳は判断した。


「何とか……か」


 ふっと、笑みがこぼれた。眼鏡をポケットにしまい、呼吸を整える。それだけなのに、その目もとに怜悧さが加わる。


 すると全身が緑の光に包まれ、鎧じみた装甲――バトルドレスがトモミに装着された。橿原家に代々受け継がれてきた異能の鎧。この異世界風に言えば魔法の類といえる。


 腰を落とし、静かに構える。


「せっかく翠角すいかくを出したのですから……全力で行かせてもらいます!」


 鉄砕てっさい剛衝拳ごうしょうけんっ!


 振りかぶった右拳。その一撃が石壁に打ち込まれる。石が砕け、壁一面に亀裂が走る。耳を劈つんざく轟音。トモミの黒髪が返って来た衝撃の煽りでなびいた。


 やがて、音を立てて壁が崩れた。


 なお、リーレが聞いた轟音は、これだったりする。



  ・  ・  ・


 揺れたな……。


 俺はいったんは手を止めたが、すぐにその手を動かした。


 地竜の爪――アースドラゴンを倒した際に剥ぎとった爪を加工して製作したクロー系の武器だ。


 地中を進むことができる地竜の爪は、砂を掘り、岩を容易く砕く。ガリガリと石壁を削ってやると、ぼろぼろと崩れてくる。……おっと、通路に出た。


 先ほどまでの部屋と違って明るい。大きな部屋に出た。しかも何だか、胡散臭い透明な試験管じみた巨大な筒が規則正しく並んでいる。……いかにもマッドな科学者の研究室みたいだ。って、ちょっと待て。


 何だかやたら近未来的というか、SFチックなのだが……? ここ廃城の地下だぞ。古代機械文明時代の代物でしたってオチか?


 でも、ディアマンテたちテラ・フィデリティアのそれとは違うな、この雰囲気は。


 と、耳に剣戟が聞こえた。誰かが戦っている? いやまあ、たぶん仲間の誰かだとは思うけどさ。


 ガチャガチャと金属音を響かせて、スケルトン・ウォーリアがやってくる。さらに獣の唸り声――狼型の魔獣も駆けてきた。


「ファイアボール」


 向かってきたスケルトンに火の玉――いや塊をぶつけて全身を焼却。狼型にはライトニングを。いかにも実験素材が入ってるガラスの筒には当てないように連射!


 二頭は撃ち抜いた。だが残る一頭が俊敏に動き回り、俺に迫る。……エグい! こいつゾンビウルフか……!


 飛び込んできたところを障壁を展開することで激突させる。ぐしゃりと潰れる腐った狼。


「よう、ジン。無事か?」


 暗黒騎士ベルさんが、より大柄の体躯を持つ死霊騎士と戦っていた。ぶつかり合う、二つの長剣。


「手を貸そうか、ベルさん?」

「無用! お前は、そっちから来てる奴の相手をしてろ!」


 そっち――見れば反対側から、二体の死霊騎士。


「アイスブラスト!」


 左手に魔力を凝縮。冷気を帯びた魔力はたちまち氷の塊を形成、それを投射する。死霊騎士の身体に突き刺さる氷の刃――かと思ったら氷を砕いてきやがった! あっという間に距離を詰めてくる。


 エアブーツ、跳躍! 俺が飛び上がれば、そのすぐ下を、死霊騎士が振るった大斧が通過した。一体目の頭に飛び乗り、右手にはめた地竜の爪で切り裂く。


 ま、頭吹っ飛んだくらいで死なないんだっけ、こいつは。ただ標的を追えなくなり、ただの案山子になるが。


 もう一体の死霊騎士と目があった。兜の奥からギラリと光る赤い目。俺は一体目の騎士の肩を踏み台に、二体目へと飛び乗る。そのまま、その赤い目にクローを叩き込む。


 死霊騎士の左手が俺を捕まえようと伸びる。


「そうはいかないっての……!」 


 ひょい、と飛び降り、魔力を伸ばして死霊騎士の足を掴む。軽度の魔法で傷はつかないが、ぐいっと引っ張ってやれば、突然足を取られた死霊騎士がその場で転倒した。


 倒された死霊騎士はその場でジタバタしている間、頭を失った一体目は、巨大なガラスの筒にぶつかり、中のものをぶちまけながらその場に倒れた。


「あーあ、やっちゃった……」


 中に入っていたのは、ヤバイもんじゃないだろうな。


 紫色の肌をした人型――そんな肌をした人間なんているわけがない。ゾンビ――いや、背中にコウモリを模した翼。頭は獣顔で二本の角が生えている。


悪魔デーモンか!?」


 この異世界において、竜などの大型魔獣に並び危険な種族と称させる『悪魔』。かつて数度戦ったことがあるが、その力は他の魔獣などより数段上だった。そんな奴を試験管に入れて何しようってんだ?


 その時、後ろのほうでまたも凄まじい轟音が聞こえた。そちらへと視線が向けば、緑色の肌を持った人型、いや悪魔が吹っ飛ばされ、別のガラス管に直撃して砕いた。


 何があったかと見れば、翡翠色の鎧じみたバトルコスチュームの橿原がその拳を持って、悪魔をぶちのめしたのだった。


 さすがの悪魔も五トントラックをぶっ飛ばす威力には耐えられなかったのが、ピクリとも動かない。


「橿原、無事か!? いや、無事だよな、うん」


 見ればわかるのだが確認。眼鏡をはずしている橿原は、温厚さがなりを潜め、いっぱしの女戦士の顔で答えた。


「どうやら合流できたようですね、ジンさん。そちらは怪我は?」

「ないよ」

「おい、ジン!」 


 すっと影が、俺の視界の端をよぎった。


 紺のベレー帽に、右目を眼帯で覆った軽戦士。リーレが、紫色の悪魔、その首を剣で切断しながら、左の目で俺を見た。


「さすがに、ちょっと油断しすぎじゃね?」

「どうも。無事で何よりだ」

「そっちもな」


 ベルさんと橿原が残りの敵を掃討しつつある。三人と合流したわけだが、確か転移魔法陣をヨウ君も踏んだと思ったが。


 彼は無事か?

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