第321話、それぞれの解決方法


「転移魔法陣?」


 リアナは、仮面のネクロマンサーの言葉をおうむ返しした。


 うむ、とフィンは片膝をついて、床にうっすらと魔力を流す。すると床にいくつもの魔法陣が淡い光を放った。


「これを踏んだがために、この廃城のどこか、あるいはダンジョン圏内のどこかに飛ばされてしまったのだ。古典的な罠だよ」

「魔法の罠は、見分けがつかない」


 ふだん表情に乏しいリアナが、珍しく眉をひそめた。特殊部隊の人間として『トラップ』と名の付くものの判別がつかないのが気に入らないのだ。


「どうする? トラップは壊す?」

「これは片道専用の転移だ。そうだな、壊しても問題ないだろう」


 双方向なら戻ってくる可能性も考える必要があったが、飛ばされるだけなら消してしまうのがよいだろう。


「しかし……これは、面倒だな」


 フィンは顔を上げる。床に敷き詰められるように無数の転移魔法陣が並んでいる。いま魔力を流し込んでいるから発光しているが、それをやめれば見分けがつかなくなるだろう。問題なのは、部屋全体にそれがあること。ひとつずつ潰していくと手間だった。


「そういえば、そのゴーレムたちは浮遊できなかったか?」

「できるはず。確か」


 リアナが振り返れば、ブラオをはじめ三体のスクワイア、そして青藍せいらんが立っている。


『ボクたち三体は浮遊可能です』


 ブラオが答えた。フィンは頷いた。


「では私やリアナを乗せて浮遊できるか?」

『可能です』

「ちょっと待って」


 リアナは首を傾げて、一番後ろにいる人型ゴーレムを見た。


「あの子は?」

『青藍には浮遊機能がありません』


 ブラオは即答した。


『ですが、ゲルプがサポートすることで浮遊での輸送も可能です』

「素晴らしい」


 仮面の死霊使いはブラオのもとへと歩いた。


「リアナ。彼らに乗ってこの部屋を越えよう。魔法陣を潰すのが面倒だ」

「了解」


 フィンはブラオ、リアナはグリューン、青藍はゲルプの背に乗る。……青藍がやや窮屈そうであったが。ふわりと浮き上がり、床の魔法陣に触れないように進む。


「飛ばされた皆は……」


 リアナが言えば、フィンは視線を前方に向けたまま言った。


「飛ばされた先は、大抵ろくでもない場所だろう。しかし、ただ殺すだけなら転移などを設置しない。そうであるなら、心配いらないだろう」


 あの面々なら。



  ・  ・  ・



『おーい、ジン。聞こえるか?』


 ベルは魔力念話を飛ばす。だがうんともすんとも返事は来ない。やられた、とは思わないが、どうも壁に魔法を通さない加工が施されているようだ。


「やれやれ……どうするか」


 狭い部屋に閉じ込められている。窓はなく、緑色の魔石灯。ベルは知らないが、ジンがいるのと同じ型の部屋だ。


「まあ、せっかく誰も見ていないんだし」


 もぞもぞと、暗黒騎士だった姿が変わる。


「……とりあえず、喰うか」


 すっと手を伸ばしたベル。触れた石壁がごっそりえぐれる。


 通路か別の部屋にぶつかるまで喰うか――生憎とこっちは決して満たされない腹があるのでな。


 暴食王の本領発揮である。



  ・  ・  ・



 リーレは、自分が閉じ込められた石壁の部屋を、剣の柄でコンコンと叩きながら一周した。


 狭い部屋である。何もない。緑色の魔石灯が四つある以外は。


「さて、魔法も効かない。剣で石壁を斬るってのもできなくはないが――」


 眼帯の女剣士は、自らの剣――千人斬りの魔剣グローダイトソードを見やる。リーレがいた世界では、最大の硬度を持つ魔法鉱石から作られた希少な剣である。


 文字通り千人以上を切り裂き、無双したとある魔獣の武器として恐れられた。決して刃こぼれせず、欠けない、折れないという剣と聞けば、その異常性もわかる。


「斬れなくもないんだけどなぁ……」


 しかし剣で壁を切るというのも、あまり効率がいいとも思えない。自身の『力』を持ってすれば、力技でこの場を脱することもできるとは思う。だが、そのやり方は――


「スマートじゃねえんだよなぁ……」


 かといって魔法を弾く細工がしてある壁である。魔術師もお手上げだろうし、普通の人間なら、この石壁の前になす術がないだろう。


「ま、あいつら、普通じゃねえしなぁ。もし皆ここみたいな部屋に個別で飛ばされたとしても、何とかしちまうんだろ」


 いそいそと、魔石灯のひとつに手を伸ばす。


 緑色の室内灯、そのひとつを掴み、ちょっと力を入れもぎ取る。ちぎれた箇所を覗けば、魔力を流す線が壁の中を通っているのが見えた。この伝達線を通して魔力を流すことで、魔石灯が光っていたのだ。


「まあ、そうだよな。ここに転移した時は明かりついてなかったわけで」


 リーレはすっと手を伸ばし、魔力伝達線の切れ目に指を当てた。


「ひとまず、この魔力の流れがどこから来ているのか、ちょっと見てみようか……」


 魔力を送ってみる。室内に残る三つの魔石灯が、それに合わせてパチパチと点灯を繰り返す。


 ――ふむ、部屋の魔石灯全部に繋がっているのか。……それなら、他にこの部屋の仕掛けとも繋がってるかもな。であれば、それを動かす信号を、ちょいちょいと。


 リーレは魔力の波長を変えて、伝達線に送ってみる。しばらく操作をしていると、唐突に壁の一角が上へとスライドして、隠し扉が口を開けた。


「……ほらな」


 やれやれ、とばかりに、リーレは開いた出口へと向かう。その直後、ドォンという破砕音と共に小さな震動が足元を震わせた。


「ん? なんだ?」


 小首をかしげ、眼帯の女剣士は顔を上げるのだった。

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