第318話、彷徨う死霊
峡谷の底は、ほぼ干上がり、川と呼ぶには申し訳程度の水が流れる程度だった。
深く切り立つ地形はまさに断崖。まばらに生えた草を除けば、砂と岩しかない荒涼とした大地。両サイドが崖なので、圧迫感がすさまじい。正面、後方はもちろん、上にも注意が向く。
アーデンベルドはヴェリラルド王国でも有数の峡谷らしい。
魔法装甲車デゼルトは、峡谷の底を進む。助手席上の機銃座には機関銃が設置され、銃器の扱いに長けたリアナが周囲を警戒している。上面のルーフにはヨウ君もいて、峡谷の上に彼が飛ばした影が鳥に化けて警戒飛行を行っている。
敵影はないが、かといって無警戒で進むほど愚かではない。
途中、誰が立てたかわからない墓標がいくつか見かけた。旅人か、あるいは冒険者が仲間を埋葬したのだろうか。近くに集落はなく、間違ってもこんな峡谷を墓地にしようとするはずがない。
さらに進むと、時々混じる魔獣の白骨の他に、人間の死体もいくつかあった。見晴らしのいいルーフから顔を出したリーレが呟く。
「冒険者だろうなぁあれ。こんなところに来て……こいつらも廃城を目指していたのかねぇ」
死体の中には、肉が削ぎ落ち、身体の部位が欠損しているものもあった。
「喰われた……いや、ゾンビか何かに噛まれたか。なあ、フィンさん、あれ放置しておくとアンデッドになっちまねぇ?」
「なるかもしれない。いや、すでになっているだろうな」
仮面の死霊使いは答えた。
「フォリー・マントゥルとその配下が死霊術を用いているのだ。とうに汚染されているだろう」
「放っておいていいのか?」
「いちいち止まって時間を潰すわけにもいくまい?」
淡々と、フィンさんは言った。
「攻撃してくるなら、土に還してやるだけだ」
「あ、もう敵という扱いなのね」
リーレは肩をすくめた。周囲を監視していたヨウ君がルーフから車内に戻る。
「ジンさん、正面に団体さん。ゾンビとスケルトンが十数体」
「リアナ」
俺が呼びかければ、機銃座が旋回して正面に機関銃の銃口が向けられた。正面から敵ということだが、まだその姿は……あ、見えてきた。まだ遠方だが、人型の集団が通せんぼするように広がりながら動いている。
「マントゥルの野郎が差し向けた尖兵かね」
ベルさんが専用席から、正面の団体さんを見やる。ハンドルを握りながら、俺は小さく首をかしげた。
「どうかな。このあたりに人が通ると、出てくる連中かもしれない。自動防御装置というかトラップみたいなものかも」
俺は首をめぐらし、後部を見やる。
「ゲルプ、グリューン。ルーフに上がれ。接近する敵に魔弾攻撃」
『了解です』
スクワイアゴーレムの緑、射撃掩護型の黄の二体が後部ハッチを開き、装甲車の上面へと浮遊で飛び上がる。
「あたしらは?」
「今は待機だ」
先は長いだろうし、橿原とリーレはどちらかと言えば近接前衛型なので、射撃戦は向かない。
「ヨウ君、いちおう後方にも警戒。さっき通過したところから、新しいアンデッドが湧いているかもしれない」
「ジン、交戦許可」
リアナの声。
君、言葉が短すぎ。まあ、言わんとしている意味はわかるからいいけど。
「許可する。薙ぎ払え!」
次の瞬間、返事代わりに、機関銃が火を吹いた。フロントガラス越しに、その弾道が目に焼きつく。
連射が可能な機関銃ではあるが、リアナのそれは短い。三点バースト機能とかついていないのだが、それを思わす射撃は、的確にゾンビの頭を撃ち抜き、スケルトンの上半身を粉砕した。
……こりゃ、特にスピード調節する必要ないな。このままのペースで進んでも、こっちとぶつかる前に、ゾンビ集団は全滅だ。しかるべきプロの手に銃があると、こうも一方的に進むというお手本みたいなものだった。
結果的に、ゾンビやスケルトンどもは、こちらの足止めにもならなかった。もっと数で押し寄せてきたら別だが、特に障害になることもなく、デゼルトは、目的地の廃城に到達した。
峡谷の奥の奥。狭くなり、行き止まりに見えるそれは、確かに城を思わず城壁と門を備えていた。
ただ、本来は綺麗に整えられていただろう壁も、ところどころ崩れ、また城壁を形成する石が不規則になっている。黒ずみ、汚れが目立つそれは長年の風雨にさらされた結果と言える。
「さて、到着だ」
デゼルトを停める。後部ハッチが開き、後ろに乗り込んでいた面々がスクワイアや
廃城というだけあって、門は壊れ、開かれたままだ。峡谷の奥で日差しが間接的にしか届かず、薄暗いというのもあるが、何とも静かである。まさに廃墟。
「ここにマントゥルって野郎がいるんだな!」
リーレが口もとを歪ませる。……何とも楽しそうだな、君は。
「それで、どうするんだ? ヨウに影を出させて偵察させんのか?」
「ちょっと確かめてからな」
俺は革のカバンストレージから、DCロッドを出す。
「ディーシーさん、頼んだよ」
いつものテリトリー化を試みる。ただ待っているのも芸がないので、ベルさん――暗黒騎士姿の魔王に言う。
「例のハエを飛ばして、中を探ってもらっていいかな?」
「おう」
漆黒のガントレットに包まれた手を広げるベルさん。ビー球よりも小さなそれが、独特の羽音を立てて飛び去る。
「駄目だな……」
ディーシーが呟いた。おっと、もう結果が出たらしい。
「ダメ?」
せめてマップデータを期待したいが。一同は黙している。ディーシーは肩をすくめた。
「とりあえず悪い話しかないが、聞くか?」
「一応聞いてやるよ」
リーレが腕を組んだ。言わなくてもわかってるという顔をしているが、聞いてくれるというので業務報告として伝える。
「この廃城はダンジョン化されている。以上」
つまり、ダンジョンコアを有するダンジョンがそこにあって、しかもこのダンジョンを持つマスターがいて、妨害してきたことを意味する。いろいろチートが使えないということだ。
とはいえ、多少面倒ではあるが、立ち向かえないというわけでもない。
「こちらの方針としては、この廃城を捜索し、フォリー・マントゥルを見つけ、討伐する。その点は何の変更もない」
実力と各々の能力でねじ伏せるだけである。
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