第317話、アーデンベルド峡谷へ


 俺とベルさんが私用で王都を離れる。


 近衛隊のオリビアには、アーリィーの警護には特に気をつけるように、と念を押した。最近、王子のまわりに黒い影が見える――と嘘をついて、近衛たちの警戒シフトを無理やり一段階上げさせておく。


「我が命に換えても、アーリィー殿下はお守りします!」


 オリビア隊長は相変わらず真面目だった。俺が来る前から、アーリィーの護衛を担当していたのだから、俺の言葉はお節介もいいところなのだが。


 サキリスとクロハには、青獅子寮に残ってもらう。彼女たちには、俺がいない間のアーリィーのまわりの警護を命じておいた。同じくスフェラにも、シェイプシフターを数体、寮のまわりに配置させた。


 これにはベルさんが苦笑した。


「ちと過保護なんじゃねぇか?」

「俺がアーリィーに過保護気味なのは、いまに始まったことじゃないだろ?」


 自嘲をこめて返す。


「気がかりはないほうがいいんだよ」


 後顧の憂いを断つという意味でも、無事に帰ってくるためにもね。何がきっかけで命を落とすか、世の中わからない。アーリィーも、そして俺も――


「何せ、今回の相手は、ちょっと厄介だからな」

「あぁ、死霊軍団に、得体の知れない化け物どもだもんな。……油断はせんさ」


 ベルさんは真顔になった。


 ちなみに、青獅子寮を出る前に、ユナのもとを訪ね、しばらく王都を出ることと、アーリィーの周囲をそれとなく警戒するように伝えた。ユナもまた、俺の旅に同行したがっていたが、教官業務があるだろう、と指摘することでお断りした。


『帰ったら、色々答えてくださいね、お師匠』


 俺の異様な同行者たちのことを言っているのは明らかだった。まあ、そのうちな――


 ひと通り準備を終えた後、俺とベルさん、異世界転移者たちは、魔法装甲車デゼルトに乗って、王都を出発した。


 運転する俺。専用席に座るベルさん。残りのメンバーは、連れてきたスクワイアゴーレムたちと後ろに乗っていた。


 リーレとヨウ君、橿原はトランプで暇を潰している間、リアナはライフル用の弾倉に銃弾を込めていた。


「おい、リアナ、お前もやれよ」


 リーレがトランプに誘う。しかし金髪碧眼の少女軍人は、一度は止めた手を再度動かし、弾倉ケースに弾を込める。


「そりゃいったい何だ?」

「対アンデッド弾」


 敵はアンデッドが想定されるので、ディーシーに作らせた。アンデッドを浄化する魔力を込めた銃弾、その数250発。


「お前も少しは人生楽しめよな」


 リーレは肩をすくめて、ゲームに戻った。リアナは、傍目には分かりにくいほどの小さく首を振った。


「……わたしはこれ以外に知らない」


 彼女は弾込め作業を続け、それが終わると腰の専用の弾倉ポーチに収納する。いわゆる小型のアイテムボックスだ。さすがにアイテムボックスなしでは全部を持ちきれないのである。


 そんなこんなで馬車などよりも断然早く、デゼルトはアーデンベルド峡谷を目指し、道なき道を突き進んでいく。……思えば、アーリィーやユナには車の運転を教えたから、代わってもらうということもできたが、生憎とその二人は連れてきていない。


 ベルさんは車の運転に興味がないようで『オイラは乗る人』と王様は専用席でふんぞり返った。では他の異世界人たちはといえば、橿原は高校生でまだ車の運転はしたことがない。ヨウ君も車は扱ったことがない、と言った。いや、君も年齢的には学生だからね。


 リーレやフィンさんは、そもそも車といえば、馬や他の動物が牽くものしか知らないので無理。ではリアナはどうかと言えば。


「任せて」


 さすが軍人さん。車の運転はお手の物だった。歳は17歳というが、軍との付き合いは生まれた時から、という何やら複雑な過去があるらしい。自称、強化人間というし、軍でも絶対ブラックな環境で育ったんだろうな。


 道中の運転は、俺とリアナで交代しながらのものとなった。これまでもそうだったが、魔獣も魔法装甲車に喧嘩をふっかけるようなこともなく、何とも静かな移動となった。


 ただ、マントゥルが潜むという廃城に向かうまでの間に、問題が何もなかったわけではない。


 アーデンベルド峡谷に到着し、どう敵のアジトに乗り込もうかと話し合ったときに、その問題点が顔を覗かせた。


「残念なお知らせですが、廃城内部の詳細な情報がまったくありません」


 ヨウ君が申し訳なさそうに一同を見回した。


 デゼルトの後部。仮説の机を置き、本当なら、廃城内部の様子を皆に説明するブリーフィングだったのだが、弟子を追ってアジトを突き止めたヨウ君の影が戻ってこなかったのだ。


「敵情や、マントゥルの居場所を確認させようとしたのですが……。影がもどってこないなんて」


 少女じみた顔の少年は、明らかに気落ちしていた。


「こんなことは初めてです……」

「ヨウ君の放った影が戻ってこない」

「それって、そんなに問題なのか?」


 リーレが問うた。ヨウ君は頷いた。


「影ですからね。人の目でそれを見つけるのは困難。この影動きますよ、って言われて、さらに注目しないとたぶん気づけない……。少なくとも事前情報なしで見破るのはまず不可能です」

「だが、帰ってこないということは――」

「ええ、見つけられて、やられてしまった、ということでしょう」


 アジトを探らせた影が帰ってこないということは、そういうことだ。


「どうやって見つけられたのか……」

「とにかく、廃城には、忍び込むのが得意な影をも発見し、それを倒すだけの警戒態勢が敷かれているということだ」


 俺は、峡谷の地形とその奥にある廃城の位置がわかる地図を見つめる。


 場所を突き止めた影が報せた第一報。廃城とその周りの地形のみが、俺たちにわかっている敵情のすべてだった。


「こっそり忍び込む、という手段はほぼ不可能、と見るべきかな?」

「正面から突っ込んじゃダメなのか?」


 リーレが手を広げた。橿原が指を自身の顎に当てる。


「それって、敵さんが全力でお出迎えしてくるってことですよね? どれだけいるかはわからないですけど、たぶん、こちらよりたくさん」

「数が多いのは承知の上だろ? 敵のほうからやってきてくれれば、奥まで潜らなくて済むかもよ。……どうよ、ベルさん?」

「正面から踏み潰すって案は悪くないな。面倒がなくていい」


 さすが、ベルさん――リーレが指を鳴らした。そこでフィンさんが口を挟んだ。


「城というのは正面の守りが堅いものだ。侵入者に対して牙を剥くのは兵ばかりではない。城の防御設備や罠も相手にしなくてはいけなくなる」


 慎重さも必要だ、と仮面の死霊使いは、俺を見た。まったくもって同意だ。ベルさんやリーレは、おいそれと死なないから、ストレート過ぎていけない。


「俺も、できれば敵の本拠の構造を把握して乗り込みたい派なわけだが……」


 そう言って、ふと気づく。ヨウ君の放った影に敵が気づいた理由ってもしかしたら――


「ひょっとして、その廃城……ダンジョンかもしれない」


 一同が俺を注目した。


「廃城にいる者……マントゥル本人か他の誰かは知らないが、そのダンジョンを管理するダンジョンマスターだったとしたら……。侵入者を発見するのは容易だ」


 だがこれは……。


 まだ仮説ではあるが、もしこれから乗り込む場所がダンジョンで、そのマスターがいる場合、攻略の難度がさらに上昇したことを意味する。何せ魔力さえあれば、マスターは様々なことが可能だ。……メンバーがこいつらじゃなかったら、出直しを検討したかもしれない。それほど、厄介な状況だった。


 つまることろ、ディーシーさんのお力を借りても制圧が難しいってことだから。

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