第316話、すべては我らが王子様のために
王都に戻った俺たち。ゾンビ騒動が落ち着いて、アーリィーたちが日常に戻る一方、異世界助っ人たちは、青獅子寮地下の秘密通路を仮の住まいとしていた。
フォリー・マントゥルという大魔術師を討伐する。――アーリィーの個人事情については伏せておくつもりだったが。
「なあ、ジン。あのアーリィーって王子様、女だろ?」
リーレが、特に話したわけでもないのに看破しやがった。
「……どうしてそう思うんだ?」
「知り合いにな、いたんだよ。男として振る舞っているけど、本当は女だったって奴がさ。よく似てる」
「メスの臭いがするってか?」
ベルさんが冗談めかせば、眼帯少女は唇の端を吊り上げ、「まあ、そんなところだ」と言った。魔獣剣士としての嗅覚のなせる技なんだろうかね。
「ああ、心配すんな、別に他言したりしねえよ」
聞いていた他の面々はと言うと。
「興味ない」とリアナ。死霊使いのフィンさんも同意の頷きをした。
「こういうの、当人的には凄くデリケートな問題ですよね」
女の子に見える男の子であるヨウ君が言うと、何だか他人事のように聞こえなかった。彼も幼少時に、性別で苦労した口らしい。
さて、ここに全員が揃っているということは、マントゥル討伐の件について、了承したからに他ならない。
大魔術師を殺害することに一番熱意を持っているのは、死霊使いのフィンさん。ヨウ君も、かの魔術師を危険因子と判断し、処分することに賛成。ベルさんも生かしておく意味が見い出せないと言っていた。
助っ人女子たちは――
「了解」
リアナは何の疑問も抱いた様子はなかった。リーレも顔をしかめた。
「やばい魔法実験を繰り返してる、マッドな野郎なんだろ? あたしがこの世で一番嫌いなタイプだ。喜んでぶちのめす」
最後に女子高生の橿原は。
「誰かがやらなければならないこと、放置するわけにもいかない悪なんでしょうね。本人に会ってみないことには何とも言えないですけど……。皆さんのお手伝いは喜んでします」
「それで充分だってトモミ。マントゥルの野郎は、お前以外の誰かが始末するさ」
リーレは、そう言って橿原の肩を軽く叩くのだった。
「で、誰が仕切るんだ? ……ジンか、ベルさん、それともフィンさん?」
眼帯の女戦士は見回す。パーティーを組むなら、リーダーが必要だ。それぞれ高い能力を有していても、考えや方向がまとまらなければ、その力を十二分に発揮できない。
視線は自然と俺に集まってくる。俺は一応、フィンさんに確認の視線を向ければ、君がやれと頷き返してきた。
「指揮は俺がとる」
全員、異論はなかった。
やがて、ヨウ君が探っていたマントゥルのアジトが発見された。魔術師の弟子であるケイオスを追跡した『影』は、連中の本拠地を割り出し、報告してきたのだ。
「――アーデンベルド峡谷の奥の廃城」
机の上にヴェリラルド王国の地図を広げる。アーデンベルド渓谷……王都より北東方向にかなり行ったところだ。徒歩だったら直線で数日コース。真っ直ぐな道なんてないから、まあその倍は最低でもかかるだろう。……ま、こっちは車を使うがね。
「峡谷の奥とか……そんなところに普通城なんて建てるもんかね?」
ベルさんが鼻を鳴らした。俺は片方の眉を吊り上げる。
「廃城というから、よっぽど古い時代のものかもしれないな」
例えば古代文明時代とか。あるいは峡谷という地形が形成される前とか――いや、それはないか。どれだけ昔の話だよ、ってなるな。まあ、ここでそれを考えたところで大した問題はないだろう。肝心なのは、敵の拠点の場所がわかったということだ。
「それじゃあ、さっそく出かけるとしよう。皆、準備してくれ」
俺が指示を出すと、一同は頷き、背後――魔法装甲車デゼルトへと足を向ける。
「でかいな……これが車だって?」
リーレが感心したような声をあげれば、橿原は「装甲車、というんでしょうか」と言いながら、視線をリアナへと向ける。
狙撃銃を背負った少女軍曹は、デゼルトの装甲に手を触れた。
「悪くない。こんなところで、戦闘車両を見ることになるなんて」
そんな彼女たちを他所に、俺はベルさんと上に上がる階段を行く。
「どこに行くんだ、ジン?」
「アーリィーに出かけてくるって言わないとね。数日空けることになるだろうし」
「ああ、こればっかりは外せないもんな」
嬢ちゃんのためにも、とベルさんは言った。
そう、まさしくそうだ。フォリー・マントゥル。奴の存在を利用して、アーリィーが命を狙われずに済む人生を送れるようにする。そのためにも、必要なことだ。
・ ・ ・
青獅子寮のアーリィーの部屋を、俺とベルさんは訪れた。
大事な用件があって、数日、寮を離れること――俺が告げた時、当然ながら彼女はその内容を問うてきた。
「それは言えない」
俺の答えは決まっていた。
「極めて個人的な、そう、プライベートなことだ」
本当はアーリィーの今後に関係があるのだが、それを言ったら最後、とことん彼女は関わろうとするだろう。だから言わない。アーリィーに気にかけさせてはいけない。俺たちがフォリー・マントゥル討伐で何かあっても、自分のせいだと思わせたくないから。
「ボクも一緒に行ったら、ダメなのかな……?」
心持ち、表情を沈ませながらアーリィーは言うのだ。……彼女は彼女で、何か感じ取っているのではないか。俺は思ったが、あえてそれには触れなかった。
「ああ、今回は遠慮してくれ。もちろん、君だけじゃない。サキリスやユナ教官、マルカスだって連れて行かない」
「ボクたちを関わらせない。けれど重要な用件って……」
アーリィーは言いかけ、口をつぐんだ。そうだ、その先に出るだろう疑問には、すでに俺は答えているのだ。言えない、と。
「この件が片付いて、落ち着いたら話すよ」
俺は控えめに笑みを貼り付けた。先ほどから、黙ってやりとりを注視しているベルさんも、コクコクと首を上下に振った。
「そう……」
アーリィーもぎこちなく笑った。尋常じゃない何かを感じながらも、俺たちに心配かけないような、無理やりな笑顔。
「理由がわからないのに送り出すのは辛いけど……その、帰ってきて、くれるよね? ボクのもとに」
「もちろんだ」
俺は答えて、アーリィーがこんなに寂しげな態度をとる理由を何となく察してしまった。
「なあ、アーリィー。もしかして、俺とベルさんがここから出て行くとでも思った?」
ベルさんが俺を見た。アーリィーは唇を噛み締める。――あー、やっぱそうだったか。
「馬鹿だなぁ、そんなわけないだろう。心配するな、ちゃんと君のもとに帰ってくるよ。約束だ」
俺は左手にしているシグナルリングを右手で指差した。
「何かヤバイことがあったら、報せてくれよ。すぐに飛んでくるから」
安心させるべく優しく告げて、俺はアーリィーの金色の髪に手を伸ばす。アーリィーは照れたように俺に頭を撫でられている。目に涙が溜まっていたらしい彼女は、自身の指でそれを拭う。俺は笑った。
「じゃあ、行ってくる」
君のために。君のこれからの人生のために。
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