第310話、シュテッケン村


 移動したというゾンビ集団を追って、魔法装甲車デゼルトは走る。広大な草原地帯を進むこと、およそ一時間。前方にいくつかの黒い煙が見え、やがて集落が見えてきた。


「お師匠、シュテッケンの村です」


 地図を眺めていたユナが、教えてくれた。


 結局、道中にゾンビの姿は見かけなかった。だが前方のシュテッケンとかいう村は、フレカの村同様、複数の黒煙が流れていて、おそらく混沌の坩堝るつぼを化しているのは想像できる。


「戦闘準備だな。……オリビア、そろそろだ。近衛連中に声をかけてくれ」

「了解しました!」


 後部シートに待機していたオリビア隊長が、俺が車内に展開させたポータルを潜った。行き先は、青獅子寮の近衛の待機所。ゾンビとの交戦が近いと、近衛の騎士や魔術師たちに発破をかけに行ったのだ。


 同じく後部にいたマルカスは膝の上に乗せていた兜をとって被る。メイド服姿のサキリスも、先日のシェイプシフター装備で戦闘態勢。


「アーリィー、機関銃は使えるな?」


 俺が助手席のアーリィーに天井のルーフを指差す。うん、と頷いた金髪の男装姫は、天井のハッチを開ける。


 そこには以前、俺が製作した機関銃ターレットに設置されている。360度、全方向に銃を向けられるようになっていて、魔法装甲車に乗ったまま攻撃が可能になっていた。ちなみにシールド付きだ。


 アーリィーを機関銃座につけることで、最前線へ突っ込ませない配慮である。……相手がゾンビだからね。


 村に向かって進むデゼルト。村の中央は、馬車などが通行できるように広い道が走っている。とりあえず、それに沿って侵入することにする。


「おやおや、どうやらおいでなすったぞ」


 ベルさんの目が、魔力を使った遠距離視覚のためか青く発光していた。


「ゾンビどもが四、五……十は超えてるな。こっちへ向かってくる!」

「とりあえず、目に付くゾンビから片付けていこう」


 依頼内容は討伐だ。さっさと駆除しよう。……ゾンビの生前の姿を想像するのは後にするとして。


「アーリィー、やってくれ」

「わかった!」


 俺の声に、アーリィーも返事をよこす。12.7ミリ機関砲が立て続けに弾を放った。目にも留まらぬ弾は、ゾンビの四肢を貫き、その場に横たわる残骸と化す。


 俺は、村の入り口で一度デゼルトを停車させる。後部ハッチを開けるスイッチを押す。


「一般的なゾンビは、組み付いてくる程度だ。適度に距離をとれば大したことはない。だが、未確認の個体もいるから、その動きや行動に注意。飛び道具がないと思って油断するなよ!」


 マルカス、サキリスとゴーレム『青藍』、ブラオ、ゲルプが後部ハッチから外へと出て行く。同時にポータルから、オリビアと近衛騎士たちが現れる。


「敵はゾンビ! 噛みつかれないように注意!」


 オリビアが声を張り上げる。


「ゾンビ討伐が任務だが、アーリィー様の御身が最優先だ! 忘れるな!」

「応ッ!」


 騎士たちが咆えるように応じる。俺は後ろの近衛たちに言う。


「ゾンビに傷を負わされたら、すぐに聖水を使って傷を洗え! 手遅れになったら、ゾンビの仲間入りだ」  

「聞いたな、お前たち。行くぞっ!」


 オリビア隊長を先頭に、近衛の騎士たちが飛び出し、後衛に魔術師たちが付く。デゼルトの周囲に展開し、わらわらと集まり出したゾンビどもを迎え撃つ。


 俺は運転席から、外の様子を見やる。


 村を徘徊していた奴らが、戦闘音に引き寄せられて、中央の道に集まってきている。討伐依頼なので、むしろ向こうからやってきてくれるのはありがたい。


「ナビ、運転を代われ。味方が切り開いた分、ゆっくりでいいから前進させろ」

『承知しました』


 デゼルト搭載コアに任せ、俺は運転席の天井のルーフを開ける。アーリィーがターレットの機関砲を操作して、距離の離れた敵を撃つ。


「アーリィー、村の中だから、撃つ相手は要確認で頼む。村人を誤射したくない」

「うん、わかってる」


 彼女とて、誤射はごめんだろう。それでなくても――ゾンビが元は普通の人間、フレカやこの村の住人である可能性は高い。こっちに襲い掛かってくるゾンビは、すでに脳をやられ、治癒も不可能になってしまった者たちだ。倒すしかないが、腐食の程度が軽い、つまり綺麗なゾンビなど、倒すのに抵抗がある。


 ベルさんがひょっこり顔を出した。


「あー、くせぇくせぇ。やっぱゾンビどもの腐敗臭はひでぇな」

「ああ、まったく。ぷんぷん臭ってる」


 腐った死体は悪臭が漂う。この手の臭いは、なかなか落ちないことでも有名である。


「ベルさんは、出ないのかい?」

「まだ皆、元気だろ? オレは後でいいよ」


 デゼルトの周囲では、近衛騎士たちが戦っている。サキリスが、彼らの武器にファイア・エンチャントをかけている。


「かたじけない!」


 剣や槍に火属性を付加してもらった騎士たちが礼をいい、盾を手にゾンビに挑む。火属性を得た得物は、相手の身体を焼き切るために汚染された血液などを飛散させずに済む。


 オリビア隊長は、盾の打撃で向かってくるゾンビを倒し、剣で伸ばしてくる腕を斬り、ついで首を刎ねる。赤毛の凛とした女騎士は、腐った死体相手にも、まったく臆することなく向かっていく。

 まったくもって勇敢、さすが近衛隊長。……先代隊長であるブルトも、彼女の活躍には天国で目を細めているだろう。


 他の近衛たちも、今のところ順調に敵を払いのけている。王族警護を担う者たちゆえ、一定の戦技は持っている。


 マルカスはサンダーシールドでゾンビをいなし、フロストハンマーで潰す。あるいは氷漬けにして砕く。その動きに素人じみたところは微塵もない。


 サキリスは、前衛から一歩下がったところにいて、ライトニングなど魔法で後続のゾンビを狙っている。

 近衛の魔術師たちが、前衛に当たらないようにポジショニングに苦慮しているのを尻目に、斜め上から、味方の頭上を越えての攻撃で的確に数を減らしている。


 一方、スクワイアゴーレムたちは……アーリィーの後ろにいるグリューンが、デゼルト上の広い射界を利用して電撃杖による援護射撃を行っている。が、ブラオとゲルプは、近衛たちが前衛にいるため、特にやることがないようだった。


 戦闘用ゴーレムである青藍は、竜の鱗を加工した打撃長剣『ドラゴンテイル』を手に、ゾンビどもをなぎ払っていた。


 片刃はドラゴンの鱗による打撃でハンマーのような使い方、残りの片刃は無数の突起が並ぶこの独特の剣は、その重量と相まって、軽く触れただけでゾンビの身体が千切れ飛ぶ。


 俺はデゼルトから、目に付いたゾンビに魔法を叩き込みながら、村の様子を眺める。


 敵はぞろぞろやってくるが、新種とかそれっぽいのは見えない。ひょっとしたら、姿形は平凡だが、新種ゾンビが混ざっているのかもしれないな。聖水が効かないという話だから、来ている敵に聖水ばらまいて確かめてやりたい衝動にかられる。


 が、治癒のためにも聖水は温存しておきたい。俺たちはもちろん、生き残りの住人らと会えたら、おそらく必要になる事態もあるだろうから。


「お師匠」


 車内からユナが声をかけてくる。


「このまま、前進ですか?」

「人が集まっていそうな場所に行くのも手か……」


 村に惨事があるとして、避難するとしたら――村の外でなければ、比較的大きな建物。教会とか?


「まずは道なりに進もう」


 村を分断する道に沿って立ち並ぶ民家。その先に、ひときわ大きなシンボルにも見える教会が建っていた。

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