第309話、ゾンビ討伐依頼


 その日、俺は冒険者ギルドに呼び出された。


 東部流星落下騒動は、一区切りついてヴォード氏や派遣冒険者たちが戻って久しいが、ギルマスの事務室へ通された段階で、ただの世間話ではないだろうな、と思っていた。


「――ゾンビ、ですか?」

「そうだ。ゾンビの集団がフレカの村に現れた」


 案の定というべきか、ヴォード氏は硬い表情で言った。


「ただ、時間経過を考えると、おそらく村は全滅しているだろうがな」

「そのゾンビの集団を討伐するのが依頼ですか。……エクソシストの出番では?」

「もう送った。そして失敗したらしい」


 ヴォード氏は、あっさりと告げた。


「腕の立つ冒険者の増援を、と伝令が言っていた。なにぶん、例の流星騒動で盗賊や無法者が増えたからな。護衛依頼が増えて、冒険者が東部へ流れている。正直、手が足らんよ」


 それに、とヴォード氏は顔をしかめた。


「何でも今回のゾンビは浄化が効くやつの他に、効かないやつもいるらしい」


 アンデッドには、教会の人間が用いる神聖魔法の浄化が有効とされる。魔力の塊であるゴーストはもちろん、スケルトンやゾンビを動かす汚れた魔力を消すとされる浄化の魔法であるのだが――


「浄化が効かなかった? それ本当にゾンビなんですか?」

「アンデッドに見えたというからな。ゾンビらしいが、おれも実物を見ていないからなんとも言えん」


 ヴォード氏は顎に手をあて、自身の無精ひげに触れる。俺はため息をついた。


「で、そのゾンビですが、噛まれたりすると伝染するうつるんですか?」


 ただのゾンビだと、病原菌を伝染させられたりすることがあるのだが、稀に、特殊なゾンビも存在する。噛まれたり傷つけられると、対象がゾンビになってしまう性質の悪いやつが。


「まさにそれだ。だから、とてもヤバい状況だ。フレカ村近辺の集落では、避難や、あるいは防衛のための封鎖が行われているはずだ。おそらく、王城にも一報が届いている頃だろうよ。騎士団を動員するほどの大騒動だ。対応を間違えれば、国が滅びることにもなりかねん」


 異世界版バイオハザード。この世界に来て、ゾンビを始末してきたことがあるが、過去、冗談でなしに大都市や小規模な国がゾンビで滅びたことがあったと聞いた。


「聖水は効くんですか?」


 浄化作用のある水――これも教会関連で扱っている神聖魔法によって清めた水である。


「そちらは効果があるようだ。あ、と言っても例の浄化の効かない個体には無効らしいが」


 噛まれた時の対策に、という意味で有効ということだろう。聖水はアンデッドを浄化すると共に、ゾンビなどによって体内に入った瘴気――おそらく菌の類だろう――を払う効果がある。頭にまで回ると手遅れだが、それ以外の場合、手当てが間に合う場合も多い。


 過去、ゾンビによる被害に見舞われながら、人類や他の生物が滅びなかったのは、聖水や浄化魔法があればこそだったりする。


 しかし、厄介な事態であることに変わりはなく、被害がどこまで拡大するかわかったものではない。


 アーリィーの警護もあるから、などと言っている場合でもないかもしれない。誰かがやってくれる、と期待したとしても、そいつらがしくじれば、より面倒になった状況でこちらに声がかかるわけで。それが早いか遅いかの違いしかない。


 だったらさっさと決着をつけるが吉というものだろう。王城にも報告が行っているとすれば王国軍も動くだろうが、状況によってはアーリィーにも声がかかるかもしれない。地下都市ダンジョンでの功績で、王子様の評価が上がっている現在、民衆向けのパフォーマンスに引っ張られる可能性もある。……うむ、さっさとケリをつけよう。


「わかりました。国が傾くかもしれない緊急事態なら、火の粉が降りかかってるも同然。その依頼受けますよ。……ただ、報酬もよろしくお願いしますよ」


 最近、出費が大きかったから、もらうものもらわないと、こっちが破産しかねない。


「ギルドからも追加で上乗せしてやる。頼んだぞ、ジン」


 ヴォード氏はそう答えると、副ギルド長のラスィアさんを呼び、現地周辺の詳細を説明した。



  ・  ・  ・



 青獅子寮に戻った俺は、アーリィーや近衛の連中を交えて、ゾンビ発生につき討伐依頼を受けたことを説明した。


 予想はしていたが、アーリィーは国の危機だと行く気だったし、当然ながら近衛のオリビア隊長は、危険だからと反対した。


 近衛隊長を巻き込んだ時点で、アーリィーにはお留守番を願いたかった、という気持ちがある。だが一方で、王族の義務というべきか、国が危ないと言う時に何もしないというのも、それはそれで問題ではないかとも思うわけだ。


 王子様は行こうとしたが、部下に止められた、と――言い訳できる要素を作っておく。まあ、結果を言えば、その近衛たちも止めきれなかったんだけどな。アーリィーが「どうせ父上から行けと言われると思う」と言えば、オリビアらは観念した。


 ただし、近衛も同行する、という条件で。当然と言えば当然だ。


 かくて、俺たちは王都を出て北西へ、魔法装甲車デゼルトで向かった。


 メンツは、俺、ベルさん、アーリィー、ユナ、サキリスにマルカスと気づけば、いつもの翡翠騎士団メンバー。


 スクワイア・ゴーレム三体、戦闘型ゴーレムの青藍も連れ、さらに近衛からはオリビア隊長がついている。なお定員の問題で、現地についたらポータルで残りの近衛を出すことになっている。


 どんよりと曇った空が、生ぬるい風を運び、不吉な予感に胸の奥がざわめく。運転すること数時間。現地につくと、ヴォード氏からの話どおり、村はすでに壊滅していた。いくつかの建物が燃え、黒い煙を空へと流れていく。


 ただ村に残っていたゾンビらアンデッドは、数名の冒険者が殲滅していた。


 その中に、ひとり見知った冒険者がいた。


 黒髪で、狼のような好戦的な顔つきの槍戦士、リューグだ。Bランク冒険者で、古代竜討伐戦に参加した一人だ。


「よう、久しぶりだな、ジン。お前もゾンビ退治か?」


 特に付き合いはないのだが、同じ戦場を潜った仲というべきか、親しげである。


「ここは始末をつけたが、どうやら大半のゾンビは移動しちまったようだぞ」

「移動?」

「そう、昼間から活発に動き回ってるから、厄介な連中なんだがね。普通、ゾンビってのは太陽の光で腐敗が進むから、昼間は静かにしているもんなんだがなぁ」

「確かに。……それにしても酷い臭いだ」


 死臭が漂うフレカの村である。リューグは槍を持ったまま頷いた。


「ああ、まあ、おかげで奴らの動きは掴みやすいんだけどな。ちなみに聖水は持ってるか? 奴らから傷をもらったら、すぐに使ったほうがいい。頭をやられたら、それでおしまいだからな」


 もちろん、準備はしてきている。それに身体を浄化する『クリアランス』の魔法もあるから、聖水が不足するようなことになっても対応できる。


 それから情報交換をしばし。移動したゾンビ集団について聞いてみる。


「東に向かったようだ。何度も言うが、今回のゾンビどもは、普通じゃないからな。もしかしたら、死霊術師が操っているのかもしれない」


 死霊術師……。ネクロマンサーか。アンデッドを操る闇の魔術師。……ふと、知り合いのネクロマンサーのことが脳裏をよぎる。あの人は今頃、元気にやっているのだろうか。


 まあ、それはさておいて。


「ありがとう、リューグ。俺たちは東へ行く」

「幸運を。気をつけて」


 槍戦士に見送られ、俺たちはフレカ村を後にした。

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