第302話、ジャルジーの来訪


 ケーニゲン公爵が王都を訪れた。


 王城への挨拶の後、今度はアクティス騎士学校へとやってくる。


 よせばいいのに、宿泊は青獅子寮なのだそうだ。VIP用の空き部屋が、公爵の部屋となり、その準備で寮は慌しかった。


 アーリィーはずっと憂鬱そうだった。先んじて青獅子寮に乗り込んできた公爵付きの護衛や侍従たちと、ビトレー執事長やオリビア近衛隊長が打ち合わせや、その後の準備を指揮した。


 そして、とうとう、そのジャルジーはやってきた。


 学校を囲む城壁、その正面の門を公爵を乗せた馬車が通過する。学校教官陣、生徒たちが整列し、公爵を出迎える。


 アーリィーは生徒ではあるが、王子であるため、学校長と共に正面からのお迎え。ちなみに俺は近衛に混じって、アーリィーの後ろに控えている。……場違い感パネェ。一応、近衛から魔法使い用のマントを借りている。


 馬車を降りたジャルジー。栗色の長髪、獰猛な肉食獣を思わす好戦的な顔つきの男だ。聞いた話では今年で二十五歳。赤と青のケーニゲン家紋章の入った服にマント。身体つきは細身ながらがっちりしており、堂々たる顔と相まってひと回り大きく見える。


 学校長が頭を下げ、やってくるジャルジーは相対するアーリィーの前で立ち止まった。


「ようこそ、ジャルジー・ケーニゲン・ヴェリラルド公爵。よく参られた」

「お出迎え恐縮です、アーリィー王子殿下」


 公式では、アーリィーのほうが上位である。アーリィーを追い落とそうとしているジャルジーにとっては、こういう人の見ている前での挨拶などは内心屈辱ではないだろうか。


 何せ彼は、好きなものは強い者であり、嫌いなものは弱い者らしい。アーリィーを格下に見ているようだから、表面上は礼儀正しく振舞っていても、心の底ではどう思っているのか……。


 ひとしきりの挨拶の後、アーリィーと共に、ジャルジーは学校内を見てまわり、その授業風景を参観した。


 俺はその間、アーリィーのそばに控え、二人の会話に注意していた。


 傍目には、従兄弟らしく会話をしているように見える。が、時々かわされる小声のやりとりは、階級差を無視したものとなった。


「……アーリィー、お前、少し変わったか?」

「そうかな?」


 お互いに顔は見なかった。


「前は、王子のくせにオドオドしていた。オレを怖がっていただろ」

「君は乱暴者だからね。でも、ボクだって、いつまでも君に怯えてはいないさ」

「ほう……」


 かすかに手とか震えているようにも見えるのだが……。俺は顔にこそ出さないが、アーリィーの心中を考えると不安だった。こればかりは天敵相手なのだから抑えきれない。


 さて、四時間目の授業は、校庭での模擬戦闘。魔法騎士学校は、実技もできるところを公爵閣下にお見せしようという学校の配慮だった。


 アーリィーとジャルジーは観戦。俺も王子付きなので不参加。最上級学年の二クラス合同の授業は、模擬戦ということで一対一の決闘もどきが、そこかしこで繰り広げられたが……。


「なんとまあ、これが音に聞こえた王都の騎士学校の生徒だというのか……」


 はっ、と小馬鹿にしたように、ジャルジーは観覧席で肩をすくめた。


「こんなヘナチョコどもが実戦の役に立つのか? なあ、フレック?」


 ジャルジーはお付きの騎士に顔を向けた。四十代半ばと思われる浅黒い肌の騎士は表情一つ変えず頷いた。


「は、貴族出の生徒も多いようですから、こんなものではないかと」

「オレは、こんな雑魚どもが戦場で生き残れるか、と言っている」


 若き公爵は、嫌味な顔でアーリィーを見た。


「アーリィー殿下は、初陣で無様に負けたんでしたなぁ。王都騎士学校の生徒たちを見るに、王都軍の練度はさぞ低かったでしょう。これでは逃げ帰るしかないのも致し方ありますまい」


 学校の責任者や教官陣が聞いているのを承知で、このような言い方をするジャルジー。……うん、こいつ一発殴っていい?


 ムッとした指導陣の表情を見るまでもなく、俺は正直に思った。そもそも、その王都の討伐軍が敗北した一因は、ジャルジー、貴様の細工もあるだろう?


 アーリィーが黙り込んでいるので、ジャルジーは観戦に戻る。


 と、比較的近くで模擬戦をやっていたマルカスが、相手の魔法騎士生を打ちのめした。


「次!」


 何気に先ほどから、連戦連勝中。相手が参って模擬戦から離脱していくので、次々に相手が変わっていくのだが、まったく危なげない。それに気づいたジャルジーが「ほぅ」と小さく唇を歪めた。


「例外もいるようだな。アーリィー、あの者は誰だ?」

「……マルカス・ヴァリエーレだね。ヴァリエーレ伯爵家の次男だ」

「ほう、ヴァリエーレ家に、あのような剛の者がいるとは」


 素直に感心するジャルジー。強い者が好き、というのは本当のようだ。


「とはいえ、これだけの生徒がいて、オレの目に留まったのが一人というのもな。他はオママゴトでもしているのか? こんな学校に国の金を使うのは税の無駄だろう。こんな奴らを育ててるためにオレの領地からの金が使われているのは腹立たしいな。……どう思うね、この学校の生徒でもあるアーリィー殿下?」

「……それは遠まわしにボクを挑発しているのかな?」


 アーリィーの目つきが厳しい。明らかに苛立っていた。彼女がこんな顔をするのも珍しい。


「魔法騎士学校は不要だとでも?」

「卒業したら魔法騎士の称号を――。それが実戦で何の役に立つと言うんだ? オレはもっと実戦で使える奴を育てる学校だと思っていたのだがな」


 それに関しては、一理ある。俺は心の中で呟く。まあ、一応、その生徒に名を連ねているので、ムカつきはしたけど。


 ジャルジーは立ち上がると、準備運動するように首を回した。


「あのマルカスという者が学校で一番のようだが、あれをオレが倒して見せれば、この学校がいかに役に立たないかわかるだろう。ここまで言われて反論ひとつできない腰抜けにもな。ここの生徒は雑魚ばかりだ」


 はははっ、と笑うジャルジー。身分差ゆえに歯噛みする学校指導陣。俺も、この公爵をいかに痛い目にあわせるか頭を働かせていると、アーリィーが勢いよく席を立った。


「さすがにそれ以上の暴言は見過ごせないね」

「ほう、何だアーリィー。オレと一対一で勝負する気か?」


 凄みのある笑みをジャルジーは浮かべた。アーリィーが来るのを、待ってましたとばかりに。


「いいぜ。お前がオレに勝てたら、前言は撤回してやるよ。お前にオレと戦う度胸があるか?」

「あまり舐めてもらっては困るな。こっちだって、ただ安穏と過ごしてきたわけじゃないからね」


 アーリィーは完全にプッつんしていた。


 ただ怒りに任せてだと不安ではあるのだが、ここ最近の実戦経験を思い出してくれれば、割と何とかなるとは思う。


 問題があるとすれば――俺はジャルジー公爵を見やる。


 こいつが、どれくらい強いのか、だ。

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