第301話、SS装備


 サキリスは俺に献身的だ。


 俺に仕えて一週間経つ頃には、炊事を除く家事業務を一通りこなせるようになっていた。もとのスペックが高いのか、はたまた教育係を兼ねるクロハの指導がよいのか。あるいはその両方かもしれない。


 自分から仕えると言った手前、熱心に覚えたのだろうが、なかなか板についている。案外人にお仕えする職業に向いているのかもしれない。


 懸命に、いや――傍目からは、スマートにこなしている完璧メイドさんに見えるのだから大した物だ。


 またウェントゥス基地での機械兵器に関する勉強や、シェイプシフターに対する理解を深めるなど、実に積極的だった。


 ……もっとも、シェイプシフターに関しては、ルーガナ領にあるシェイプシフター娼館のことなども聞いていたので、単に自分の性癖も関係しているのかもしれない。


 俺は青獅子寮の地下にある秘密通路への階段を下りる。付き従うのは、二十代半ば、ショートカットの黒髪メイドさん。元サキリス付きのメイドにして、今は俺に雇われているクロハである。


「ジン様は、もはや貴族そのものですね」

「そうかい?」

「お嬢様……いえ、サキリスさんをメイドにして、しかも平然と振る舞われる。元貴族の令嬢に対しても物怖じしないと申しましょうか……」

「変かな、やっぱり」

「失礼ながら、年相応には見えません。本当はお幾つなのですか?」

「実年齢は30だよ」


 本当のことを告白するが、冗談っぽく言ったせいか、クロハは微笑するに留めた。


 地下通路の階段を降りきる。石造りの壁、魔石灯の明かりが照らす通路を二人は進む。ふむ? 誰もいない……。


 サキリスとアレがいるはずだったが。俺とクロハは顔を見合わせつつ、居そうな部

屋を見て回るが、やはり姿はなく、やがて秘密の部屋の前へ。


「もしここにいるなら、ピンクなことになっている可能性が大なのだが」

「サキリスさんですから……たぶん、ええ」


 どこか呆れ気味に、クロハはため息をついた。


「ま、まあ、それは、それなりに立ち直ってきたってことじゃないか」


 故郷と家族を失った痛手にいつまでも浸っているわけにもいかない。俺に仕えるというのも、人生立ち直るための第一歩だろうし。


「没頭しすぎると、かえって自棄になっている可能性もあると思うのですが……」


 確かに。


 俺は秘密の部屋の扉を開けた。壁にしか見えないそれが、ゆっくりと左右に開く。


 ひっ、とクロハが口もとに手をあて絶句する。何故なら、サキリスはいたのだが、そのそばにいた美女は、下半身が蜘蛛の身体だったからだ。


 ゲームなどではアラクネというのだろうか。上半身が人型、下半身が蜘蛛のモンスター――その姿をしているのはシェイプセプター・ロッドこと、スフェラだった。最近やたら親しいな、とは思ってたんだ。


「主さま……」


 スフェラがこちらに気づき、アラクネの姿で振り返ると、一礼した。


「……大丈夫か、クロハ?」

「はい……大丈夫、大丈夫、です。ジン様」


 クロハは額に手を当てつつ、ふらつきながらも何とか踏みとどまった。


 サキリスが小首をかしげている。ちなみに、彼女の服装はメイド服。もう違和感がない。


 それにしても、スフェラは何故アラクネの姿だったのだろうか? わからん。


 そのスフェラが口を開いた。


「主さま、ご用件は――?」

「じきに、ジャルジー公爵がこの学校へやってくる。彼が滞在している間、君にも働いてもらうからそのつもりで」

「心得てございます」

「うん。それと――サキリスの新しい装備がどうこうって聞いてきたんだが?」

「はい、彼女の案に従い、すでに完成しています」


 スフェラが指を鳴らすと、サキリスのメイド服がうねり、変化した。


「これに――」


 すでに身につけていたようだ。


 サキリスがまとうそれは、胸当てと肩当がついたメイド制服そのもの。裾の長いスカートに白いエプロンのコントラストが映える。スカートの中に何か仕込んでたりするのだろうか?


「これが、シェイプシフター装備、メイド用バトルドレスです!」


 サキリスが胸を張った。


 そのドレスを構成する大半が変幻自在のシェイプシフターの身体からできている。形を自由に変えられるシェイプシフターなので、状況によっては形状を変えることが可能。基本はメイドスタイルだが、必要に応じて重装備形態、あるいは軽装形態へ『変化』するのだそうだ。


「基本武装は槍ですが、これもまた剣や斧、その他武器へ変化ができます」


 ただし、俺が作った魔法武器ほどの威力はないので、必要なら別の魔法武器を携帯することも視野にいれるそうだ。


 変化する鎧か……。シェイプシフターの能力を武具に、というのは面白い。サキリスがやたらシェイプシフターに興味を持っていたのは、ピンクなことに利用するためではないかと思っていたが、俺の偏見だったようだ。


「ただ、火に弱いので、できればジン様には、別に盾や対火属性に強い魔法具などを用意していただけると嬉しいのですが」


 サキリスは控えめな調子で言った


「わかった。火がかすっただけで致命傷になるのは困るからな。こっちで作っておこう」


 俺が言うと、サキリスは「感謝します」とスカートの裾を掴んで、恭しく頭を下げた。


 スフェラがアラクネ形態から人型に戻りながら言った。


「まだ、サキリスと検討中なのですが、使い魔として専属のシェイプシフターをつけたく思います」

「使い魔?」

「はい。主に移動ツールとして。地上を高速で移動するものを考えておりますが、上手く行けば、サキリスは飛行能力を獲得できるかと」

「空を飛ぶのか?」


 そいつは凄い。俺は素直に感心した。


 変幻自在のシェイプシフターだから、自力で鳥になったりして空を飛ぶことができるのだが、それを装備として人間が身につけて飛ぶという発想はなかった。


 もちろん許可するぞ。場合によっては、こっちもシェイプシフター装備が欲しいと思った。

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