第300話、動揺する王子様
ジャルジー・ケーニゲン公爵は、昔からアーリィーにとっては敵のような人物だったらしい。
現ヴェリラルド国王の弟の息子である。アーリィーとは従兄弟の関係にある。歳は25歳。武に優れ、模擬試合では負けなし。
それでも王の息子――ということになっている――アーリィーは王位継承権第一で、ジャルジーは第二位だ。
当然、彼は面白くないわけだ。自分より年下で、しかも弱いが、継承権の差は如何ともし難い。ゆえに幼い頃より、アーリィーには冷たく、また敵対的だったという。
俺がこの国の王都を目指している途中、反乱騒動があった。アーリィーは反乱軍を討伐する軍の総大将に担ぎ上げられ、初陣を踏んだ。
結果は内通者により討伐軍は大敗。アーリィー自身、反乱軍の捕虜になってしまう。だがその場で、アーリィーは、いるはずのない人物――ジャルジーと出遭ってしまった。反乱軍と協力関係があるらしい彼は、その場の尋問でアーリィーが実は女であることを目の当たりにした。
もっとも、ジャルジーは、アーリィーを王子の替え玉だと勘違いし、その場を離れた。入れ違いにやってきた俺が、アーリィーを助け出し、今に至るわけである。
王都に帰還した後、アーリィーは父であるエマン王に、ジャルジーが反乱軍に加担していたことを報告したらしいが、証言ひとつでは証拠と言えないと相手にされなかった。ゆえにジャルジーはお咎めもなく、いまものうのうと公爵をしていて、王都にまでやってきたのだろう。
「どうしよう……」
アーリィーは動揺を隠せなかった。マルカスを帰し、他の人間も下がらせた上で、アーリィーの部屋にいるのは、彼女と俺、そしてベルさんのみである。
「ジャルジーが来たら、ぜったい確かめられるよ!」
「落ち着け。まだそうと決まったわけじゃない」
俺は、ソファーに座りなだめる。当のアーリィーは、そわそわと部屋を行ったり来たりしている。
「だってボクは、あいつと反乱軍の陣地で会っているんだよ? ボクの性別を確かめようとするに決まってる」
「アーリィー、その陣地で会ったのは君じゃなくて、君の影武者だろう?」
実は女の子だった、とバレたと思ったら、ジャルジーは勘違いしてその場から去った。それからジャルジーは、自分のそれが勘違いだったのかどうか確認する間もなかったから――なるほど、その確認も兼ねて、今回の訪問かもしれないというわけか。
「だが、ジャルジーだって触られたくないネタがあるから、無理なことはできんだろう」
「どういうこと?」
怪訝な顔をするアーリィー。俺の横で寝そべっていたベルさんが顔を上げた。
「反乱軍の陣地にいたことだろ」
「こっちは影武者からその話を聞いているから、とジャルジーを問い詰めることができる。反乱軍の陣地にいたことは、彼も大っぴらにはされたくないだろうし。こちらは何の負い目もなく、弱味もなく堂々と会うことができる」
俺は言ったが、アーリィーの表情は晴れなかった。
「問い詰めても否定されたら、それ以上は追及できないよ。だってボクが見た、というだけでは証拠として父上も認めてくださらなかったわけだし」
「そういや、エマンの奴は、嬢ちゃんの証言をありえないって一蹴したんだっけか」
ベルさんが小首をかしげた。……エマンの奴って。ピレニオ先王になりかけてるぞ、ベルさんや。
そのベルさんは、魔力念話に切り替える。
『なあ、ジンよ。ジャルジーって、エマンの奴の息子なんだっけ?』
『一応、弟の息子なんだけどね。ベルさんだろ? 弟の嫁に手を出してつい子供作っちゃったんじゃねーの、とか言ったの』
王と大臣の話を盗み聞いていたのはベルさんである。
『エマンの奴は嬢ちゃんを殺して、ジャルジーを王位に就けたがっている。つまり、ジャルジーの奴を問い詰めたところで、エマンは味方してくれないってこったよな?』
『……まあ、そうなるよな』
そうなると、ジャルジーが来たら、アーリィーの本当の性別がバレないように、上手くやり過ごすしか、こちらにできることはないということになる。
アーリィーは継承権トップであるが、王になるつもりはないと俺と話し合ってそう言った。そうなると、アーリィーの次であるジャルジーには、王になってもらうのは規定路線である。彼がアーリィーを直接狙ってくるようなことがなければ、スルーするほうが面倒がなくていい。
嫌だぜ? 継承権第3位以下の奴のことを調べたりするのなんて。……といっても、ジャルジーが王位についたらヤバいような奴なら、それも考えなくてはいけないか? 思えば俺も、ジャルジーがどんな人物かよく知らないんだよな。
せっかく来てくださるんだ。ジャルジーの人となりとやらを見せてもらういい機会とも言える。
この魔法騎士学校訪問の理由がアーリィーにあるようだし、接触は避けられない。
「アーリィー。ジャルジーが学校に来ている間は上手く立ち回って、弱味を作らないようにしよう。俺とベルさんで、フォローはする。……もちろん、性別が発覚するような事態は回避する」
ただ、ジャルジーがエマン王と繋がっているなら、そこから話が漏れそうな気がしないでもないが。……まあ、エマン王経由なら、彼が口止めするだろう。ベルさんこと、ピレニオ先王が、起死回生の手を計画中ということになっているから、ジャルジーにも手出し無用と言うはずだ。
問題があるとすれば、エマン王に確認せず、自らジャルジーが確かめようと乗り込んでくる場合だ。自らアーリィーのスキャンダルを掴もうとしているのか。自分が王になるために上位のアーリィーを蹴落とすためだろうが、まあ何とかするよ。……何とかするしかないんだから。
少なくとも、直接暗殺するようなことはするまい。そんなことをしたら、諸侯を敵に回すだろうし、継承権3位以降の奴らに、とって代わる理由をプレゼントするようなものだ。
とはいえ、事故には充分注意が必要だろう。決して、油断はしてはならない。
まだ不安げな表情を浮かべているアーリィー。俺が手招きしてやると、彼女はソファーまでやってくる。その細い身体をそっと抱きしめてやる。
「大丈夫だ。俺が君を守るから」
「うん……」
男装のお姫様は俺に身を預けてくる。背中を優しく叩いてやれば、アーリィーはそのぬくもりを確かめるように顔をすり寄せる。
恋人を慰めているはずなのに、何だか子供をなだめているような気分なのは何故だろうか。
俺はちらと、そばにいるベルさんに視線をやれば、当の黒猫はわざと顔を逸らしていた。ただ口もとはニヤついていたから、空気を読んで黙っているのだろう。
それにしても、エマン王を抑えていると思ったら、従兄弟殿が出張ってくるとは。
早々にアーリィーを『女にしてしまう』計画をやってしまえば、こんな面倒なことにならなかったこともしれないが……。
まあ、仕方ない。この案件は慎重に進める必要がある。事を急いで、ヘマをするわけにはいかない問題なのだから。
フォリー・マントゥルという大魔法使いを悪役に仕立て上げる――彼の存在を利用したはいいが、実は生きていて偽者だったと発覚しようものなら、この計画は破綻してしまう。
あるいは、別の悪党を用意するべきかもしれないな。多少、説得力に欠けることになったとしても。
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