第294話、オークション会場と開催日


 俺たちは魔法騎士学校に戻った。


 どうしたものかと考えつつ、翌日には何食わぬ顔で授業に出た。


 午前の授業が終わり、俺たちは遅い昼食を取る。サキリスが奴隷として競売にかけられる可能性が高い、という話をアーリィーに説明しておく。


「問題は、その闇オークションに参加しようにも、会員ではないということだ」


 いっそ参加者含めて全員摘発したら……なんて、俺にその権利はない。仮にあったとしても、有力な貴族や外国や他種族の有力者がいるらしいので間違いなく報復対象になる。さらに国を揺るがす大騒動に発展する恐れまである、と。……地獄への片道切符はごめんだね。


 物事はシンプルに。


 そして正攻法でいこう。


 王子であるアーリィーが、闇オークションの会員だったりは……しないな、うん。


「ジンは、誰か知り合いに心当たりはある?」 


 アーリィーが小首を傾げる。ちなみに黒猫姿のベルさんを抱っこしている格好だ。


「残念ながら。むしろ、君の知り合いにいないかな?」


 何せこの手の闇オークション参加者は、貴族やお金持ちが圧倒的に多いそうだから。


「ボクの交友関係なんて、あってないようなものだよ」


 知ってるよね、と少し拗ねたような顔をするアーリィー。見た目はいいのに、性別を隠しているせいで、半引きこもりのような子、それが彼女である。


「そうなると、手当たり次第に当たっていくしかないか」


 幸い、ここは貴族の家柄の子女が多いアクティス魔法騎士学校である。授業は終わり、今は部活動の時間帯である。


 マルカスも、あれで伯爵家の次男だ。あまり期待していないが聞いてみる。


「闇オークション……。いや、知らないな」


 うん、君はクソ真面目な人間だ。そんな非合法な集まりの会員に関係しているわけないと思ったよ。


「サキリスの命が掛かっているから、何とかしたいとは思うが……すまない」


 命……いや、そこまでは――と思ったが、案外、買い手によってはそういう場合も

あるかもしれない。


 何せ非合法な闇オークションで買ったものだ。マッドな研究者の実験材料とか、人を壊して快楽を得る変質者に買われる可能性だってある。


「ねえ、ジン。こういうのって、例え家族が持っていたとしても、黙っているかもしれないよ」


 アーリィーが指摘した。


「非合法なオークションだもの。あまり人に言うものでもないだろうし」

「一理あるな」


 ベルさんがアーリィーに抱えられながら言った。確かに、あまり親しくない相手だと言わないか、こういうのは。


 そうなると、サキリスの身に起こっていることを知って協力してくれるような人とか――そう考えたら、ひとりしか浮かばなかった。


 午後のお茶会部の部長エクリーンさんだ。サキリスが領地へ戻る際に、唯一伝言を残していった人でもある。


 俺たちは午後の紅茶部の部室へ。エクリーンさんは、他の部員たちとケーキと紅茶を愉しんでいた。このゆるりとした空気……。サキリスの現状を考えると、ちょっと思うところはあるが、それについては知らないのだから仕方がない。


 あまり人に聞かせる内容でもないので、エクリーンさんを呼び出し、個室へ移動。そこでお茶とケーキをもらいつつ、お話タイム。


「――まあ、そんなことが……」


 エクリーンさんは話の内容に驚いた。無理もない。ついで闇オークションの話をした時、彼女は紅茶で唇を湿らせた後、ゆっくりと告げた。


「闇オークションの会員証なら、持ってますわよ」

「はい……?」


 持ってる、だと? 俺とベルさんは顔を見合わせ、アーリィーも目を瞬かせる。


「も、持ってるの、会員証?」

「ええ、とても珍しいものが出品されることがありますもの。近場でやる時は、極力行くことにしていますのよ」

「それは、あなた用の会員証をお持ちということで?」


 親とか、家族が持っているものではなく、本人の……? そう聞いたら、エクリーンさんはどこか自慢げに頷いた。


 アーリィーが困ったように眉をひそめる。


「でも非合法なんだよね……?」

「それは少し違いますわ、アーリィー様。非合法な品も出品されることがあるオークションです。すべての品が禁制品や密輸品ではありませんのよ?」


 それに――と、エクリーンさんは飲み干したカップをソーサーに置いた。


「わたくしはの興味は主にアンティーク。今回サキリスさんがかけられるような奴隷競売には参加したことはありませんわ」

「ごめん……」

「いいえ、殿下が謝られることはございませんわ。それよりも、今はサキリスさんを取り戻そうとしているのでしょう?」


 エクリーンさんの視線が俺に向く。


「協力、してもえますかね?」

「ええ、もちろん。……と言いたいところですが」


 穏やかな表情ながら、わずかにエクリーンさんは表情を固くした。


「わたくしの会員証で会場に入ることはできますし、オークションに参加できますが、お金はどうするおつもりですの? サキリスさんを買い戻すためのお金……まさかわたくし頼み、ということはございませんよね?」

「あぁ、さすがにそこまで厚かましいことは言いません。お金についは俺のほうで用意します」

「そうですか。それなら、喜んで手伝わせていただきます。少しお待ちになって。次の闇オークションの開催日と場所を確かめますわ」


 エクリーンさんは、個室の外に控えているメイドを鈴の音ひとつで呼びつける。メイドが一礼すると、エクリーンさんは小声で内容を伝えた。その振る舞い、まさに貴族のご婦人か令嬢そのものである。


 待つ間、置物のように固まっていたマルカスが声をひそめた。


「金は大丈夫なのか? サキリスは見た目はいいし、キャスリング家の令嬢だぞ。物凄く高値がつくんじゃないか?」

「マルカス、お前は奴隷の相場がいくらか知ってるか?」

「いや知らん。奴隷を買うつもりはないし、家にもいなかった。……幾らくらいなんだ?」

「俺も知らないよ」


 そう返すと、アーリィーがベルさんを抱えたまま聞いてきた。


「お金って結構かかるみたいだけど、足りるのかい? ボクは自分のお金を持っていないから、どういうものかよくわからないんだけど」

「うーん、まあ、何とかなるんじゃないかな」


 俺のストレージに入っているもので、レアなものを売るなり、処分すれば。


 稼ごうと思えばやりようはあるが、今はすぐにまとまった金になるレアものの処分でいいだろう。


 メイドが戻ってきて、エクリーンさんに報告する。それを聞いたクレニエール侯爵家のご令嬢は礼を言った後、メイドを下がらせた。


「次の闇オークションの会場はマラガ街。王都とバルバラ地方のちょうど中間に位置している街ですわ」


 ただ、とエクリーンさんは顔を曇らせた。


「開催は明後日だそうです。もしサキリスさんがオークションにかけられるのなら、グズグズしていたら間に合わないかもしれませんわ」


 どうやら、悠長にしている時間はなさそうだった。

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