第293話、墓場という名前


 奴隷商グレイブヤード。


 一旦、ギルドに戻った俺とベルさんは、グレイブヤードについての情報収集を行った。困った時のラスィアさん、ということで彼女を訪ねる。


 ラスィアさんは王都ギルドで、支援物資の手配を担当していたが、俺が会いに行くと作業を部下に任せて、談話室を用意してくれた。


「グレイブヤード。……ええ、奴隷商ですね」


 ダークエルフの副ギルド長は事務的に答えた。淡々としているようで、にじみ出る色香が出来る大人めいていて、惹かれるものがある。


「表向きは犯罪を犯して奴隷落ちした者、借金のカタに売られた奴隷などを取り扱っています。ただ裏では希少な亜人や獣人、魔獣なども扱っているとか」

「犯罪集団とも繋がっていたようですが?」


 俺が言えば、ラスィアさんはお茶を用意してくれた。


「ええ、非合法な繋がりがあるようです。ただ、グレイブヤードには大物貴族や商人がバックについているために、非合法な繋がり、取り引きなど黙認されています」

「相当なワルだな、そいつは」


 黒猫姿のベルさんが眉をひそめる。ラスィアさんは言った。


「奴隷売買に特化しているので、脅威ではないですが、いないと困る、みたいな感じでしょうか。先にも言ったとおり、希少な亜人や獣人を手に入れたい者たちにとっては、グレイブヤードの価値は高い」

「貴族の娘も、その希少な品に入るんですか?」


 俺が皮肉げに言えば、ラスィアさんは頷く。


「おそらく。サキリスさんの経緯を考えると、奴隷として販売するなら外国か、闇オークションだと思われます。キャスリング家のご令嬢を通常の奴隷売買ルートに乗せるのは無理でしょうから」


 今回は犯罪奴隷、借金奴隷などとは違う。違法に誘拐された場合なので、通常の奴隷売買では、どこから物言いが出るかわからない。キャスリング家と懇意にしていた者が、面倒をふっかけてくるとも知れないから。……俺たちのように、個人的に助けたいと思っている人間もだが。


「おそらく正面から店に行っても、まともに取り合ってはくれないでしょう。一見さんお断り。表向き商品の中には、載せられないでしょうから」


 事情を説明しても、証拠がなければ知らぬ存ぜぬってか。ラスィアさんは続けた。


「ですが外国でなら、元貴族の娘というだけで価値を上げられる上に、どこからも文句が出ませんし、仮に文句を言おうにも外国ですから、そこまで口出しする人間なんてそうはいません」

「ちなみに、闇オークションというのは?」

「禁制品や訳ありの商品を扱うオークションですよ。世の中には、法に触れる品物でも売りたい、買いたいという者はいるのです。身分の高い貴族や、他国の王族、亜人種族の首領などが、ここで出品される品を求めてやってくるとか」


 ラスィアさんは口もとに指を当てる。


「サキリスさんの経緯を考えると闇オークションにかけられる可能性も高いと思われます。何せ、ここに出品される品は出所や経緯は問いませんから」


 闇オークションで扱われる商品に対しては法の外。どのような手段で手に入れたかは関係ない。金さえあれば買えないものはないとさえ言われるのが、闇オークションである。


「どっちでもいいさ。グレイブヤードんとこに乗り込んで奪回したほうが早い」


 ベルさんは言ったが、ラスィアさんは首を傾げる。


「どうでしょうか。すでにサキリスさんの身柄がそこにあるとすれば、強引に奪回したら、その後、報復されるのではないでしょうか?」


 また報復か。俺とベルさんは顔を見合わせる。


「ベネノだって潰したんだ。グレイブヤードも潰すか」

「それで済めばいいのですが……。先ほど言った通り、奴隷商人のバックに有力貴族や商人がついています。グレイブヤードと付き合いのある彼らも敵に回す恐れがありますよ?」

「バレるかな?」

「サキリスさんを取り戻した後、彼女の身柄がどこにあるか……それだけで、推測される恐れはあるかと」


 つまり助けた後のサキリスが魔法騎士学校にいれば、その関係者にグレイブヤードから彼女を奪回した者がいると疑われるということだ。


 それはよろしくないな。せっかく奪回しても、サキリスが二度と表を歩けなくなるのは問題だ。

 ……こっそり助け出すのもあまり現実的ではないか。


「でも、オークションに出すまでは、サキリスの身柄がグレイブヤードにあるって、誰も知らないのでは?」


 それなら、奴隷商を潰しても足がつかない。


「……目玉商品については、オークションで予告されるものですから、伝わるところには伝わっていると思いますよ。表も裏も関係なく」


 あぁ、確かに。商品の予告しておけば、欲しい人が来るもんな。ただオークションやってますよ、ってだけで来る奴のほうが少ないんじゃないかな。掘り出し物目当ての常連はいるかもだけど。


 隕石で伯爵一族は、サキリス以外全滅。そのサキリスがいなくなれば、キャスリング領は空白となるから、そこを近隣貴族が狙って出しゃばってくるかもしれない。……貴族令嬢の奴隷に興味ありそうな変態野郎も世の中いるだろうし、ある程度、彼女のことは知れ渡っているかもしれないな。


「――そうなると、だ。サキリスを取り戻す方法は、その闇オークションに出品されたところを正規の手順で買うというのが無難ってことか」


 思わずため息が出た。……奴隷になったクラスメイトを買うとか。まったく。


 でもそれが一番面倒が少ないと思う。正規のルートで買うのだ。グレイブヤードも、その後ろの連中にも恨まれることもない。みんな幸せ、ハッピーエンド。


「まだ、闇オークションルートとは確定していないですけどね。あくまで可能性の話です」


 ラスィアさんが指摘した。外国での売買ルートの線もあるって言ったっけ。


「どこでも一緒ですよ。結局、サキリスを買うしかないわけですから」


 問題は、いつ売りに出されるか、だ。すでに買い手がついてしまっていたら手遅れであるし、そこから取り返すとなると、さらに面倒である。


「一番近い闇オークションの日時と場所は……わからないですよね?」

「ギルドでは把握していないですね」


 ラスィアさんは考え深げに言った。


「ただ、冒険者の中には闇オークションの会員の者もいると思います。心当たりを何人か当たってみます。……ただ、望みは薄いですが」


 ダークエルフの副ギルド長は言葉を濁す。


 会員を捕まえられば、もしかしたら、次回の闇オークションの品で、サキリスの話題などがあるかもしれない。


 そこでベルさんが口を開いた。


「いま、会員って言ったが、もしかしてその会員じゃねえと闇オークションに参加できなかったり?」

「ええ。非合法な品を扱うオークションですから。飛び入りが許されるほど、警戒は緩くないと思いますよ」


 何てこった。闇オークションに参加するには、会員である必要があると言う。……そりゃそうか。何もなしは無用心が過ぎる。


 そうなると、またひとつ困ったことになった。


 闇オークションに参加してサキリスを競り落とすこと自体、現状では不可能ということになる。会場に忍び込むことはできるが、オークションに参加した時点で不正がわかり無効――ああ、アウトだ。


 これはよろしくない。

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