第292話、粛清


 ひとつを除いて出入り口を閉鎖したために、逃げ場をなくしたベネノ構成員は次々に血祭りにあげられた。


 唯一の出入り口も、シェイプシフター兵が固めているので、逃げようとする敵はその場で射殺された。


 やがて俺は、捕虜を収容している牢のある部屋にたどり着いた。捕虜を見張り、逃がさないようするために屈強な者が配置についていたが、所詮敵ではない。看守ひとりを残し、残りは倒した。


 牢には、女性や子供などが囚われていた。おそらく奴隷として売るために捕まえ、閉じ込めていた者たちだろう。殴られたのかあざが顔や身体に残っている者もいる。ここの看守に痛めつけられたのだろう。


 俺が仮面をつけていたために彼女たちには恐れられてしまったが、牢を開けてやり解放する。


 だが、サキリスの姿はここにはなかった。またしても空振り! いったい彼女はどこだ、どこにいる!?


 俺の怒りにも似た感情は、生き残りの看守へと向く。


『ここに金髪の冒険者がいたはずだ!?』

「何のことかわからねえ! 金髪なんてここには――」

『キャスリング家の娘だ!』


 俺は左腕を突き出し、魔力で看守の首を締め上げる。もがく看守の男だが、見えない魔力を振りほどくなど不可能である。


「そ、それなら! け、今朝――ここを、離れ――」


 肺の中の空気を絞り出し、何とか言葉を紡ぐ看守。俺は魔力の拘束を緩める。


『今朝、離れただと?』

「ザリアの姐御が、ボスに頼まれて……奴隷商のもとへ……と、取り引きのために連れて行った」


 奴隷商――俺は自然と顔をしかめた。くそっ、ようやく当たりを引いたらこれか!


『その奴隷商と言うのは? どこで会う?』

「し、知らねえ! お、おれは看守だから、外のことはわからねえんだ! 嘘じゃねぇ!」

『奴隷商の名前は?』


 ずい、と仮面ごと顔を近づけてやれば、怯えきった顔で看守はぽろぽろと涙を流した。


『名前は?』

「……グレイブヤード。そういう名前だ。それ以外は本当に知らないんだ――」

『グレイブヤード? ふざけた名前だ』


 墓場、廃棄物置き場の意味だ。奴隷商人の名前としては、何とも嫌味である。俺は魔力念話に切り替える。


『ベルさん、そっちはどうだ?』

『こっちは終わったぞ。ボスとか名乗るオカマを、たった今処分したところだ』

『ベネノのボスがいたのか……?』


 くそ、そいつが生きていたら、グレイブヤードとかいう奴隷商人の話が聞けたかもしれない。いま一歩、遅かったか。


『お前さんのほうは?』

『捕まっていた人たちは解放したが、サキリスはいない。今朝、ここから連れ出されたらしい。グレイブヤードとかいう――』


 俺の右手が動き、サンダーソードが、ナイフを抜いた看守の胸を貫いた。――少し目を離したらこれだ。


『――奴隷商人に引き渡しに行ったらしい』

『今度は、その奴隷商人か?』

『そういうことだな』


 まったく。どこまでもツイてない日だ。



  ・  ・  ・



 ベネノ構成員であるザリアは、サキリス・キャスリングを奴隷商人であるグレイブヤードに引き渡した後、帰還した。


 たった一人の奴隷を引き渡すだけのために、わざわざ馬車一台を使って遠出したが、その価値はあった。


 何せ、あの元お嬢様は、60万ゲルドで売れたのだ。通常の3倍近い額を手にした。せいぜい2倍、よくて2.5倍くらいだろうと思っていたから、機嫌もよかった。


 だが、ザリアらのグループが戻った時、そこには戦闘があったと思しき痕跡が残った無人のアジト。


「いったい、何があったんだい……?」


 黒髪ショートカットの女戦士は、血の跡が生々しいアジト内を部下と共に進む。敵襲――しかし、敵は何者だ?


 敵は何人いたのか? 何故、誰もいないのか? 


 死臭が残る室内。朝出かけた時とは様変わりした光景に、しばし言葉を失う。


「姐御……」

「? なんだい?」


 部下の一人が声をかけてくる。


「嫌な感じでさぁ。……まるで、ダンジョンの中にいるような」


 何を行ってるんだい、こいつは――言わんとしている意味がさっぱりわからなかった。ザリアたちは、ボスがいるはずの部屋へと向かう。


 蹴破られたらしく壊れた扉。しかし中に人の気配がした。用心を重ね、扉枠に張り付き、ザリアは中の様子を確かめる。


 ボス――ベネノの首領であるゴルジュ・クードがそこにいた。


 外見三十代半ば。緑じみた髪色を短髪にした細身の男だ。衣装は赤を好み、派手だ。


「ボス! ご無事で!?」


 ザリアと部下たちは、ゴルジュのもとへと駆けた。ひとり佇んでいるゴルジュだが、部屋は荒らされ放題で、無傷であるとはとても思えなかったからだ。


「……ボス?」


 ゴルジュは、無感動な目を向けてきた。表情に一切の感情はなく、それどころか、よく見れば、その目も死んでいる。


「!?」


 唐突に、ゴルジュがニヤリとした。目は死んだまま。そして次の瞬間、ゴルジュが爆発した。ザリア、そして部下たちはその爆炎に巻き込まれ、上がった悲鳴はわずかな間に途絶えた。


 焼け焦げた死体は、やがて、塵となって消滅した。さながらダンジョンに死体を解体吸収された時のそれのように。


 そして、再び無人となったアジトを蠢うごめく黒い影――シェイプシフター兵。


『こちらレーヴァ。戻ってきたベネノの構成員を排除』

『了解。引き続き、アジトに戻ってきた構成員を始末せよ。ひとりとして生かしておくな』

『イエス・サー』


 シェイプシフター兵らは姿を変えて、アジト内に潜伏する。報復が常套手段の犯罪組織の構成員を、文字通り全滅させるまで。

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