第291話、漆黒のアベンジャーズ


 目が覚めた時、サキリスは薄暗い部屋にいた。


 腕、そして足を動かそうとして動かないことに気づく。この感覚は……拘束されている時のそれだ。


 ――わたくしは、まだ夢を見ているのかしら……? 


 耳に、ゲスい男の笑い声が聞こえた。


 目を見開く。


 両腕を頭の上で鎖で拘束されていた。サキリスは、すぐそばに身なりの汚い盗賊風の男がいるのに気づいた。


 そして完全に思い出す。吹き飛ばされた故郷、跡形もなくなった家。到着前にすれ違った街の住人の生き残りから、領主家族は全員屋敷にいたと聞いた。……つまり全員死んだのだ。両親も兄たちも。自分以外全てが。


 そして自分は、後ろから突然襲われて……。


 油断していた。こんなことになるなら、学校を出る前にジンに声をかけておけば……。


 後悔先に立たず。そしてふと気づく。いつの間にか着せられている服が、貧相なボロ服になっていることに。これまでの自分とまったく違うそれに愕然となる。


「へへへ……」


 盗賊風の男が、いやらしい目つきをサキリスに向けていた。じろじろと見ていただけでは物足りないのか、その手がふらりとあがって――


 ――嘘、ですわよね?


 サキリスは青ざめる。どくん、と心臓が鳴ったのは、何だったのかはわからない。その時――


「手を出すんじゃないよ!」


 鋭い女の声が、室内に響いた。ビクリとした男が硬直して、首をめぐらす。


「あ、姐御!?」

「商品に触れるんじゃないよ。こいつはキャスリング家のご令嬢なんだからね……。傷物にしたら、あんた、ボスに首を刎ねられるよ?」

「……へ、へい」


 消え入りそうな声で、男がうなだれた。女――髪をショートカットにしたスレンダーな美女が靴音を響かせてやってくる。レザーアーマーを着込んだ軽戦士といった姿だ。目つきは鋭く、獰猛さが際立つ。


「いいかい、そいつは極上なんだ。お前のような金のない奴が触れるような女じゃないんだ。……出ていきな!」


 男は、そそくさと部屋を出て行った。姐御と言われた美女は、まったく、とため息をつく。


 助けられたの――サキリスはわずかにホッとしたが、依然として拘束されたままなのは変わらない。それよりも、商品と言ったか? ということは、自分は売られるのか?


 またもドクンと心臓が鳴った。本当によくわからないが、胸が苦しくなる。


「さて、お嬢様には奴隷の身に落ちてもらおうかね。そのために、とっておきの隷属魔法使いを連れてきたからさぁ。なんたって、あんたは極上だからねェ……!」


 女はにんまりと笑った。人の不幸を愉しむ性根がにじみ出た表情に、サキリスはおののくのだった。



  ・  ・  ・



 まったくツイていない。俺は思わず天を仰いだ。


 犯罪組織『ベネノ』の潜伏員を捕らえて尋問した。サキリスがいると思われる場所の手掛かりは掴めたが、正確な居場所はわからなかった。


 というのも、潜伏員が知っているだけでも、さらった人間が収監される場所は、奴隷牧場と呼ばれる場所を含めて三箇所もあった。しかも街を見張る潜伏員だから、特定の人物がどこに入れられたかなど知るよしもない。


 結果、手当たり次第に、襲撃する羽目になった。


 その奴隷牧場を含めた二箇所を攻めたが、サキリスの姿はなく、空振りに終わった。さらに組織の人間を捕まえ、尋問を加えた結果、さらに二箇所、調査する場所が増えるときている。


「……次で、何箇所目だ、ジン?」

「五箇所目。……本当にサキリスが誘拐されたのか疑わしくなってくるね」


 ツイてないというのはそういうことだ。


 点在するベネノの拠点を潰して回っていることになるわけで、おかげで日が変わってしまった。


 一度、ポータルで青獅子寮に戻り、状況を簡単に説明。アーリィーもサキリスを助けると息巻いていたが、彼女にはいつもどおり学校に通ってもらう。犯罪組織絡みの問題を、王族に触れさせるのはどうかと思ったからな。彼女にこれ以上のリスクを背負わせることもあるまい。


 ……ぶっちゃけると、俺とベルさんと、シェイプシフター兵で充分である。


 そんなわけで、ポータルでバルバラ地方へトンボ帰り。ベネノ構成員から聞き出したアジトのひとつへ強襲をかける。


「……主とベルさんだけで充分だったのではないか?」


 そう嫌味を言ったのはディーシーである。さすがに俺も、これ以上無駄骨はごめんなのよ。ショートカットできるところはしていきたい。


「まあまあ、いつものやつを頼むよ」


 ダンジョンコア・ロッドであるディーシーに、アジト周辺のダンジョン化をやってもらう。秘密の出入り口が複数あったが、テリトリー内改変で、出入り口を正面の一箇所を残して、封鎖する。


 これで中の連中は袋のネズミだ。


 ベルさんは暗黒騎士姿。そして俺も、ベネノ戦における専用衣装をまとう。


 鬼、はたまた悪魔を連想させる鉄仮面を装着する。ブラックドラゴンの鱗を使った軽鎧、漆黒のマント。鉤爪のついたドラゴングローブに、同じく漆黒のブーツと全身、黒づくめである。……少々厨二臭いが、顔バレ回避ってやつだ。


 シェイプシフター兵も俺たちの後に続く。


 そして俺たちは、堂々と正面からアジトへ侵入した。突然、吹き飛ばされた扉に、フロアにいたベネノ構成員たちが驚く。入ってきた俺たち黒い二人組の姿にしばし呆然とする。だが彼らはすぐに、俺たちが招かれざる客だと気づき、身構えた。


「な、何者だっ!? ここがどこかわかってんのか!」

『ああ、もちろん、知っているとも』


 仮面ごしに、俺はたっぷり嫌味をきかせて言った。


『ごきげんよう、ベネノの諸君。……カチコミだ!』


 俺の右手に握られたサンダーソードが電撃をほとばしらせた。


 それが合図となった。俺とベルさんはそれぞれの得物を手に、ベネノ構成員に襲い掛かった。デスブリンガーが、サンダーソードが、情け容赦なく敵を切り裂いていく。


 ダガーや剣など、武器を手に立ち向かう構成員。それらをバッタバッタとなぎ倒す。いかなる武器や防具も、一撃で両断する俺たちの前には無力!


 遠くからクロスボウや魔法を放とうとする者もいた。だが俺たちの直後にアジトへ侵入したシェイプシフター兵たちが魔法銃を撃った。たちまち、敵は倒れていく。


 俺たちはアジト内の掃討を行う。さすがに犯罪集団の巣窟だけあって、武器を手に抵抗する奴ばかりだったが、次第に敵わないと見て逃げ腰になっていった。そんな敵を奥へ、奥へと狩り立てる。


 悲鳴。懇願。命乞い――それらを無慈悲に叩き、潰し、引き裂いていく。


 貴様たちに慈悲はあったか? いやない。


 こいつらは、盗み、殺し、犯し、人をモノとして扱ってきた。助けて、という願いを無視し、無残に打ち砕いてきたのだ。


 何より、このベネノという連中は、報復を欠かさない。仲間がやられたら一族郎党を皆殺しにする。ベネノに大切なモノを奪われた者たち、それらの復讐にさらなる復讐で返し、連中と関わる者を多く殺してきたと聞いた。


 故に、こいつらに慈悲はない。すべて、殺すべし! 報復などさせない。

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