第290話、ベネノ


「……それで、そのベネノのアジトの場所はわかりますか?」


 バルバラ冒険者ギルドの長に聞いてみれば、彼は肩をすくめた。


「誘拐した奴を連れ込む場所か? いいや、残念ながらわからんな。依頼されて調査した奴がいたが、そいつらも皆連中に殺されたからな。ただ――」


 ギルドのカウンターまで来たタンパル氏は立ち止まり、フロア内を見回し声を落とした。


「連中、街の中に見張りを置いているからな。奴らの悪口を言えば、接触はできるだろうよ」


 つまり、ベネノのことを知りたいなら、直接聞け、ということだろう。あと、ここのギルドは関わりたくないから、知らないところでやってくれ、という意味と解釈する。


 そりゃどうも……。いちおう、手がかりはもらった。


「とりあえず、ここの状況は、王都ギルドのヴォードさんに伝えますよ」


 俺は周囲の喧騒を見やり言った。


「何か必要なものはありますか?」

「色々足りないし、欲しい。食い物、飲み物、薬や、毛布、着替えの類もな。急ぎで……と言っても、間に合わないだろうが」


 王都からバルバラ地方までの距離を考えたのだろう。どんなに急いでも往復に一週間程度はかかる。……通常の方法なら。


「すぐに伝えます。それじゃあ、また後で」


 俺は目礼すると、タンパル氏と別れて、一階フロアを突っ切り、外へと出た。


 サキリスも気になるが、まずはヴォード氏の依頼を果たそう。ついでに、ギルドの問題はギルドに押しつけてやる。


 行きは戦闘機、帰りはポータルであっという間だ。王都冒険者ギルドの談話室のひとつにポータルを置いてきたからな。


 が、王都行きポータルを開く前に、一仕事。サキリスのメイドであるクロハは俺たちが戻るのを待っていた。だがもう少し待っているように言って、俺はその場を離れる。


 バルバラ冒険者ギルド前に集まっている難民たちを避けて通りながら、ひと気のない通りへと滑り込む。


「ベルさん、どうだい?」

「ああ、人はいない」


 誰もいないことを確認すると、俺たちはウェントゥス行きのポータルを作って移動。ディーシー……ではなく、シェイプシフターの杖であり魔女であるスフェラを呼ぶ。


「お呼びにございますか、主様」

「ベネノとかいう犯罪組織のことでチョイと手を借りたい」

「お供致します」


 早速、バルバラの街に戻る。


「この街にいるベネノの仲間がいる。そいつを見つけ出して生かして捕らえろ。肩にサソリのタトゥーをしている」


 サソリはわかるか、と聞けば、杖の精霊は「問題ありません」と目を伏せたまま答えた。よろしい、後は任せた。


 すっと杖が影となり、その場から消えた。俺とベルさんはクロハのもとまで戻ると、ポータルを開いて王都ギルドへ戻った。


 ヴォード氏の執務室へ行く途中、ラスィアさんに会ったのでそのまま彼女を連れて、執務室へ……行く前に、体調が完全とはいえないクロハを職員に預けて休ませておく。彼女には休んだら、学校の寮で待機するように言っておいた。


 そして今度こそ執務室へ。俺が訪れるのが予想より早かったらしく、ヴォード氏は驚いていた。ポータルの話をすれば、「そうだった」と相好を崩した。


 俺は、バルバラ冒険者ギルドの状況を説明する。タンパル氏が求めていた支援物資の件を切り出せば、王都から回せる物資を用意すると、ヴォード氏は早速ラスィアさんに手配を命じた。


 お金にならないですよ、と一言言っておいたが、彼は「こういう時は、持ちつ持たれつなんだよ」ときっぱり口にした。何という男前。


「ジン、移動にお前のポータルを借りたいがいいか?」

「もちろん、そのつもりです」


 そこで俺は、もうひとつの懸案事項を打ち明けた。といっても、個人的なものだ。……誘拐されたサキリスの件である。


「彼女を救出する必要があります。非常に心苦しいのですが、バルバラギルドやその他の支援作業は、冒険者ギルドのほうでお願いしたい」

「仲間の危機とあれば、助けに行くのは当然だ。言い方は悪いが、バルバラでの問題は、お前には関係のない話でもある。むろん協力してくれると嬉しいが、強制はしない」


 というかだな――ヴォード氏は言った。


「これだけ早く報告を寄越した上に、ポータルを使わせてもらうんだ。それだけでも充分だ。おかげでこっちは日にちやコストをかけずに物資を順次送れるのだからな」

「それよりも、ジンさん」


 ラスィアさんが口を開いた。それよりも、と言った?


「『ベネノ』はかなり危険な犯罪組織です。その……上級冒険者を、サキリス嬢救助に差し向けるべきではありませんか?」

「そうだな。むしろ、そういうことなら、おれが手を貸そうか?」


 ドラゴンスレイヤーであるヴォード氏。その実力は折り紙付きだ。そんな彼が、サキリスの救助に力を貸そうと言ってくれた。バルバラギルドが二の足を踏んだ事柄に、躊躇なく踏み込もうとしている。


 だが、俺は首を横に振った。


「お気持ちはありがたいですが、俺とベルさんで事足りますよ。それよりバルバラの人たちの助けになってやってください。ベネノや他の悪党どもに、避難民も恐れを抱いているでしょうから」

「そうか。……それもそうだな」


 ヴォード氏は、とても残念そうな顔をした。ほんと、その気持ちだけで充分ですよ、ギルド長。


 会談はそこで終了。ラスィアさんに支援物資の準備をさせつつ、俺とベルさん、ヴォード氏は一足先にポータルでバルバラの街に行き、再びギルドのタンパル氏を訪ねた。


「ヴォードさん! こんなところへお越しいただけるとは!?」


 タンパル氏の声がフロア中に響き、注目が集まる。駆け寄る彼を懐かしげに見ながら、ヴォード氏は、俺の協力のもと、すぐに支援物資を届ける上に、必要なら王都ギルドに場所を貸すと告げた。

 ポータルの件は、古代魔法の特殊な装置を使っている、と適当な嘘をついて。……あれ、この嘘、前にもついたぞ? なおその件に関して、王都冒険者ギルドでツッコミが入らないのは、薄々察していたのかもしれない。


 これから、ここと王都を頻繁に行き交うことになるだろうが、詳細はギルド長たちに任せて、俺は早々にバルバラ冒険者ギルドを出た。


 その足で、スフェラと合流する。彼女はすでに仕事をこなしていた。


 肩にサソリの刺青を入れたベネノに所属するだろう人間を捕らえていたのだ。さすがシェイプシフター。


 三十代くらいのスキンヘッドの男だった。旅人を思わす格好ではあるが、威圧感がある。


 が、その彼も後ろ手に縛られ、地面に転がっていた。よく見ると、腕と足首に黒い塊がついていて、おそらく拘束具の役割を果たしている。


「それじゃ、こいつを叩き起こして、お話しようかね。ベルさん、やるかい?」

「お、いいのかい? ふふ、しゃあねえな」


 楽しそうに黒猫は黒騎士形態に変わる。さて、このスキンヘッドの男は何分もつだろうか。

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