第289話、犯罪組織
俺はTF-3トロヴァオン戦闘攻撃機に乗って、バルバラ平原はキャスリング伯爵領へ飛んだ。
一度ポータルでルーガナ領に行ってからの移動だけどな。長距離飛行なら他の戦闘機よりトロヴァオンが優れている。
領内に入ってからは灰色の世界が広がっていた。空は曇天、大地は荒廃していた。
「見事に何もないな……」
隕石の落着だけとは思えない。爆発による衝撃波と熱波が、物をなぎ倒し、草木を燃やし、それが二次災害となって被害を拡大させたようだった。
王都からの道中では、キャスリング領から避難する人々や、商人らの馬車を見かけたが、入ってからはその姿もまばらになり、爆心地に近づくにつれて見えなくなっていった。集落を二、三通過したが、いずれも廃墟と化していた。
「最初に通過したのは、おそらく混乱に乗じて盗賊とかに襲われたんだろうなぁ」
黒猫姿のベルさんはそう評した。
「で、爆発が近かっただろう今の集落は、衝撃で建物が吹き飛んだってところだろう」
「これ以上進んでも、生存者がいる見込みはなさそうだな」
落下からもう五日も経っている。生存者たちの姿がないのは、襲撃者から逃れるためか、あるいは襲撃の後か。……サキリスとメイドさんは無事だろうか。
やがて、隕石の落下地点と思しき、大クレーターのもとへ。ここがキャスリング領の中心アーベントの街があった場所だ。地上に降りるベルさん。俺も大地を踏んだ。
「……」
言葉が出なかった。
何の準備もなく、ただ平穏に日常を過ごしている人たちの上に、突然隕石が落ちてきて全部を消滅させる。
神様の気まぐれ。凄まじい確率の末に落ちてくるそれで何もかも消える。
俺も光の掃射魔法で多数の敵を吹き飛ばしたが、それとはまた別の感情がこみ上げてくる。戦場でもなんてもなく、無差別に、慈悲もなく……。
灰の混じった土を踏みしめ、爆心地を行く。ごっそりと抉られた地面を見ていると、そこに街があったなんて信じられない。先行していたはずのサキリスたちは、どこだ?
ある程度、進んでいると、ベルさんがそれに気づいた。
「人が倒れてる」
自然と駆け足になった。メイド衣装の女性だった。灰の混じった土の上で倒れている彼女は薄汚れているが、その黒髪に見覚えがあって、俺の心臓は早鐘をはじめた。
「クロハじゃねーか!」
ベルさんが素早く駆け寄る。サキリス付きのメイドである彼女が、何故倒れているのか。そして姿の見えないサキリス。おいおい、こりゃ何かあったぞ――!
うつ伏せになって倒れているクロハの身体を支える。息はある。が顔が赤く、また汗もひどい。発熱か。
俺は、治癒魔法を試みる。光の波動を送り込み、身体の状態再生を試みる。みるみる熱が引いていく。とくにマズい病気ではなさそうだ。発熱の場合、治癒魔法で治っても少しのあいだ倦怠感が出るが……。少なくとも、あの場で放置しておいたらそれこそ大変なことになっていた。
「ジン、様……?」
クロハが意識を取り戻したように目を開けた。少しやつれている。
「大丈夫か? 治癒魔法をかけた」
「ありがとう、ございます……おかげでだいぶ楽になりました」
「何があった?」
ベルさんが問うた。まだ頭がぼうっとしているのか、クロハは目を瞬かせながら考えをまとめようとしているのが表情に出る。そしてみるみる青ざめる。
「あ……あっ。サキリス様が……賊に!」
「襲われたのか?」
俺は極力、静かな口調で問う。だが内心では、焦燥がこみ上げる。サキリスがこの場にいない時点で嫌な予感が加速したが、賊と聞いて最悪の事態が起きたことを察する。
「サキリス様がお屋敷の前で悲嘆にくれていました。わたしは……立っていられなくなって……あの時、わたしがしっかりしていれば! サキリス様はっ!」
ううっ、と泣き出すクロハの背をさすりながら、俺は辛抱強く言った。
「もう済んでしまったことだ。どうにもできんよ。……それよりも、彼女はどうなった? 連れ去られたのか?」
「おそらく……」
サキリスが連れて行かれる途中で意識を失ってしまったと言う。
「何か、賊の手がかりになるようなものは見たか? 人数は?」
「わかりません。十人くらいはいたと思うのですが。……姐御とか呼ばれていた人がリーダーかと。あとは男性ばかりだったような……」
女性がリーダーか。とはいえ、手がかりとしては弱いな。
「他には何か? 名前とか、シンボルマーク的なものとか」
クロハは小さく首を横に振った。だがふと、顔を上げる。
「そういえば、
「タトゥーぐらい、いれてる奴はいるだろうよ」
ベルさんが鼻を鳴らした。冒険者にも、個人的なマークや出身部族を表すマーキングを入れてる奴もいる。
「同じ刺青でした。肩のところに尻尾の先に針があってそれが頭のところにまで伸びている異様な虫みたいな……」
尻尾に針、頭? ……異様な虫みたいな。……サソリかね? それが本当なら、手がかりと言えるかもしれない。一人や二人ならともかく、賊全員が同じ刺青をしているなら、組織を割り出すヒントになる。
サソリっぽいシンボルマークにしている賊か……。
・ ・ ・
「ああ、そいつはたぶん『ベネノ』の刺青だよ」
バルバラ冒険者ギルドの長タンパル氏は、俺にそう教えてくれた。
怪我人が一階フロアに溢れ、喧騒が絶えないギルド内。流星騒動での怪我人や被災者たちが詰め掛けたバルバラの街。冒険者ギルドの建物はそこにあった。キャスリング領で起きた災厄により逃げてきた人々が、この街に集まってきていたのだ。
四十代、腹の出たいかにも中年体型のタンパル氏は、そんな正面フロアを大股に横切る。俺はそれに続き、ベルさんは肩に乗っている。
「盗みに殺し、誘拐。何でもやる犯罪集団さ」
「知り合いが連中に捕まったようなんですが」
「そいつは気の毒にな――おい! そこから先は関係者以外立ち入り禁止だ! なにトイレ? 外でしてこいバカタレめ!」
ギルド長はお忙しいようだ。声の大きい人だった。
「すまないな。相手がベネノでは運が悪かった。お友達は諦めたほうがいい。若い娘なら奴隷市に流されるだろうから、そこで買うのが一番かもな」
「……犯罪集団を討伐したりはしないのですか?」
「討伐? はっ! 今までそれをしようとした奴は依頼人もろとも殺されたよ。連中に関わろうとする奴は、このあたりじゃいないな。報復されちまう。あいつら、その手のエグさでも有名だからな」
つまり、ここの冒険者ギルドでも手を出すのを嫌がるほどの相手ということだ。規模が大きいのか、はたまた強いのか。とにかく、ベネノという連中は一筋縄ではいかないようである。
「やれやれ、面倒な奴らのようだ」
「面倒じゃない賊なんているのかね?」
ベルさんが皮肉った。……そりゃそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます