第288話、キャスリング領


 その日、俺とベルさんは冒険者ギルドへ呼び出された。ギルド長ヴォード氏からの直々のご指名だった。


「バルバラ平原に流星が落下した」


 通された執務室。ヴォード氏は、事務的な調子で言った。


「流星のことは知っているな? ここ数日王都でもその話題で持ちきりだった。ようやく、どこに落ちたのか伝わってきたわけだが」

「ええ、学校でも報告がきてました」


 俺はベルさんと顔を見合わせる。うちのパーティー『翡翠騎士団』のサキリスが、まさにその流星こと隕石の被害の件で、故郷へ帰還している。……今頃、現地に到着している頃だろうか。


「かなり大きな被害が出たらしいが、伝わってくる情報が錯綜さくそうしてな。実際のところよくわからない」


 ヴォード氏は事務机に、地図を広げた。


「そこで、お前たちでちょっと行ってきてくれないか?」

「ちょっと……?」

「行ってこい?」


 俺とベルさんは思わず声に出していた。ちょっと、というような距離ではないのだが。


「お前さんたちのデゼルトなら、こちらの移動手段より遥かに早く移動できる」

「……」

「現地は、混乱につけ込んだ盗賊や悪党もいるから、ある程度、腕の立つ奴でないと不安だ。……お前たちほど、これに打ってつけの奴らはいない」

「話はわからないではないですが、何故、王都の冒険者ギルドが動くんです?」


 疑問をぶつけてみる。東部で隕石が落ちたこと、それを調べることで、王都の冒険者ギルドに何の得があると言うのか? 冒険者は慈善事業ではない。まあ、個人でボランティアをする者はいるだろうが……。


 そもそも今回の話だってヴォード氏個人の頼みなのか、ギルドの何かが関係するのかさっぱり意図がわからなかった。


「なに、単純な話だ。バルバラ地方にも冒険者ギルドがあるからな。向こうでギルド長している奴は、おれの後輩でもある。必要なら支援もしなくちゃいかんが、おれも王都を離れられん」


 なるほど、そういうことか。なら納得だ。


 ベルさんは退屈そうに鼻を鳴らしたが、こっちも気がかりはあるし、ついでだ。俺はヴォード氏の依頼を受けることにした。


「貸しですよ」


 報酬のことを言うのは、ちょっと意地汚い気がしたので、そう言い残した俺はベルさんと共に、執務室を出て、ギルドを後にした。


「さてさて、ジンよ。どうやって現地まで行く?」


 ベルさんが聞いてきた。


「ギルド長はデゼルトなら、他の移動手段より早く着くと言っていたが、もっと早い方法がある」


 ウェントゥス地下基地に航空機がある。それで現地までひとっ飛びだ。浮遊石によって垂直離着陸が可能だから、滑走路や空港がなくても降りられる。


 擬装魔法を使って魔法装甲車をカムフラージュするとはいえ、地上を進んでいると、被災地方向から移動する人たちと鉢合わせすることになるだろう。


 状況によっては通行の妨げや、何らかのトラブルとぶつかる可能性も否めない。だが空の上なら、スルーもできるというわけだ。


 ギルドから依頼があったと報告すれば、学校休んでも問題あるまい。大義名分は我が手にあり。



  ・  ・  ・



 目の前には何もなかった。


 灰色の砂、土。焦げた何か。そこにあったはずの城はなく、綺麗に手入れのされた広大な庭は見る影もない。


 サキリス・キャスリングはその場に膝をついた。


 キャスリング領に落下したという流星。それがもたらした破壊の跡は凄まじかった。家である城どころか、周囲に栄えていたはずの街も綺麗さっぱり塵と灰と化していた。


「どうして、こんな……」


 わけがわからなかった。何もかも、そこに人がいた形跡すらない。砂と岩が開けた大穴クレーターのみが広がり、吹き抜けた冷たい風が、膝をつくサキリスの金色の髪をなびかせた。


「お父様……お母様……」


 あぁ――サキリスはその場に崩れるようにうずくまった。涙が溢れ、白と灰色の砂の上に滲む。それまであったはずのものがなくなってしまったこと、死んでしまった家族や仕えていた人たちの顔が浮かび、ただただ悲しかった。そして怖かった。


「サキリス様……」


 メイドのクロハが、そんな主人の姿に同情を露わにする。だが、長くは続かなかった。連日、寝ずにサキリスが故郷へ戻れるように馬車を操り、世話をし続けた彼女は体調を崩していたのだ。 


 具合の悪さに馬車を背に座り込むクロハ。そんな彼女の様子に気づかず悲嘆にくれるサキリス。


 だがらこそ、気づけなかった。彼女らに迫る不審者の影に。


 サキリスは、傍らに聞こえた靴の音すら気にすることなく泣いていた。だから突然、後ろから組み付かれ、持ち上げられた時、いつの間にか数人の男たちに囲まれていたことに気づいた。


 が、そこまでだった。一瞬見えた景色は真っ暗闇に覆われ、サキリスは気を失ってしまった。



  ・  ・  ・



「この女、いい装備を身に着けてるな……」

「グヘヘ、いい身体してんぜ……」


 ぐったりしているサキリスの身体を支えつつ、男達は卑下た笑い声を上げた。


「こいつ、冒険者か……」


 男のひとりが、サキリスの首から下がるランクプレートを手に取る。銀色――


「C、いやDランクか。まあいいか。若い女なら何だっていいや……ええっと、サ、サ……サキ、リス・キャス――!? 姐御! 姐御っ!」


 ランクプレートを見ていた男が声を張り上げた。


「この女、キャスリングの女ですぜっ!」

「あー、なんだってェ?」


 姐御と呼ばれたショートカットの女が苛立ちの混じった声を出しながら近づく。


「キャスリング家の娘ですって! 伯爵の令嬢ですぜ!」

「……本当かい?」


 姐御と呼ばれた女は、意識を失っているサキリスを見やる。


「流れ星で伯爵家は全滅したと思ったんだけどねェ……。こりゃ思わぬ拾い物さね」


 連れていきな――女が命じると、男達はサキリスを運ぶ。


「姐御! こっちにもメイドがいますぜ」

「じゃ、そいつも連れていきな。ここらで目一杯稼がないとねェ!」

「へい……あ、じゃなくて、このメイドなんですけどね、姐御……」

「あぁ?」


 その男からの報告を聞いた女は眉をひそめた。


「……ちっ、変な病気でも持ってると厄介だね。……どうしたもんか」

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