第287話、流星がもたらしたもの


 その日、ヴェリラルド王国東方で星が落ちた。


 隕石の落下である。


 遠くからでは流れ星に見えたそれが地上に落着し、巨大な爆発となった。夜空を昼のように赤く染め、吹き上がった煙はまさに天に昇るように見えたと言う。


 王都にもその衝撃が地震となって伝わった。幸い、王都ではこれといって被害はなく、せいぜい花瓶が落ちた程度で、運の悪い者が怪我をしたくらいで済んだ。


 だが東の空が燃え上がる光景は、民を不安にさせ、騒ぎとなった。多くの貴族生徒を抱えるアクティス魔法騎士学校でも同様で、王国東部出身の者たちが特に家や家族の心配をしていた。


 俺たちのまわりでも、サキリスが東部の出身だった。彼女が家族の無事を祈っている姿を何度も見かけた。


 俺のいた日本とは違って、この世界の連絡網は比べ物にならないほど劣っている。王やその側近のもとには、最優先で連絡が行くようにはなっているだろうが、一般にまで正確な情報が伝わるには、まだしばらくかかりそうだった。


 何せ、いまだ東部のどこに隕石が落ちたのか、その正確な場所が伝わっていないのだ。そもそも、隕石の落下のせい、と知らない人間が多いという体たらくだった。


 そんな中、俺たちは普通に授業を受け、午後は自由時間を過ごした。もっとも、授業に身が入っていない生徒は多かったが。


 翡翠騎士団の活動も現在休止中。メンバーのサキリスが、心理的にそれどころではないのが大きい。 


 ウェントゥスでのアーリィーとマルカスの訓練は続けられたが、学生冒険者はお休みである。


 ひと訓練を終えて、俺とベルさん、アーリィー、そしてマルカスは、青獅子寮の中庭でティータイムを過ごしていた。


「早くサキリスも調子を戻してくれるといいんだがな」


 マルカスはテーブルの上で手を組んだ。それぞれのカップには紅茶が注がれ、真ん中にはビスケット菓子が皿の上に盛られている。


 俺はビスケットをつまむ。


「君たちはよくやってたよ。最近じゃ、冒険者たちの間でも噂になってきていたぞ」

「そうなのか?」


 初耳だ、とマルカス。アーリィーも紅茶を飲みながら、ヒスイ色の目を向ける。


「ここ最近注目の新人ってな。……ああ、そうそう。アーリィー、そしてマルカス。Cランク昇格おめでとう」


 もちろん、この場にいないがサキリスもCランクだ。先日のバジリスク討伐の一件で、冒険者ギルドは、三人の学生冒険者の昇格を決めた。俺の出した報告書や、ゴブリン集落でギルド長自らが、マルカスらの働きを見ていたことも、この早い昇格に影響しているだろう。


「サキリスが聞いたら、喜んだだろうな……」


 マルカスはビスケットに手を出した。


「今からでも教えてやるべきか?」

「タイミングってものがある。もう少し落ち着いた時のほうがいいだろう」


 せめてサキリスの心配する家族の安否がわかった後とかな。


 俺たちウェントゥス軍は北方と隣国、そして大帝国方面に監視ポッドを放っているが、それ以外の方面にはまだ手が回っていない。もし監視ポッドを展開できていたなら、王国東部で何が起きたかわかったものを……。


 テーブルの上に寝そべるベルさんが頭をぶんぶんと振る。


「まあ、話題になってるのは、サキリスばかりだけどな」

「そうなのか?」

「そうなんだよ」


 神の使い、ワルキューレを思わす女戦士――例の羽根付き兜や、霜竜の鱗で作ったスケイルアーマー。それをまとうは、超絶美少女。ギルドですれ違う冒険者野郎どもが鼻の下を伸ばしていたのは知ってる。


 中身は変態だが、サキリスはあれだけのビジュアルだ。マルカスには悪いが、彼より目立つのは仕方がない。まあ、おかげでフードで顔を隠してるアーリィーが目立たずに済んで、当人はもちろん、俺も助かっていたけどね。


 もちろん見た目だけでなく、翡翠騎士団が持ち込む素材、それらの売却によって、冒険者たちの間でも話の種になっていた。このまま順調にランクを上げ、仮にもAランクにでもなれば、サキリスが望むような、魔法騎士にふさわしい実績を勝ち取るだろう。


 サキリスの家族や、彼女の婚約者も、サキリスが戦士として優れた面を持ち、名を馳せれば、少しは考えを改めるだろうか。ただのお飾りとしてではなく、ひとりの女性としての彼女を――まあ、そこまではわからんか。


 変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。


 ただ、黙って夢を捨てるより、やれるだけのことはやっての結果なら、まだサキリスも後悔が少なくて済むのではないか。


 最善は、サキリスの願いどおりに行くことではあるが、俺にこれ以上手伝えることはないだろう。……実家や、婚約者の家に行って説得してくれとか頼まれたらどうしよう?



  ・  ・  ・



 翌日、サキリスの姿は学校にはなかった。


 通学した直後、俺たちの前に午後のお茶会部のエクリーンさんがやってきた。サキリスが昨晩のうちにメイドさんと共にここを発った、という伝言と共に。


 例の流れ星――隕石は、キャスリング領、つまりサキリスの故郷に落ちたという報せが入ったのだ。


 よほど切羽詰っていたのか、それとも茫然自失になってしまったのか。寮が同じエクリーンにかろうじて伝言を残したが、俺たちには挨拶もなし。


「一声かけてくれれば魔法車で送ったのに」


 その方が断然早いだろう。


「殿下にご迷惑をかけたくなかったみたいよ」


 エクリーン部長は、申し訳程度にそう言った。俺が動けばアーリィーもきっと動く。自分のためにそうはさせられない……そうサキリスは考えたようだった。


 マルカスと違い、サキリスはウェントゥス軍に正式に参加していない。それも影響しているのかもな。気を遣われた以上、首を突っ込むのは大きなお世話か。彼女が無事に現地に着くことを祈るだけだ。


 ベルさんが首を捻った。


「でかい災厄の直後は荒れるからな。火事場泥棒、殺人、誘拐――」

「でも、サキリスなら大丈夫じゃないかな?」


 アーリィーは言ったが、ベルさんは顔をしかめた。


「一人二人が相手ならな。だが、こういう場には徒党を組んでる連中も来るから、そういうのに出くわしたら厄介だ。それに、サキリス嬢ちゃんがまともな精神状態とも限らんしな」


 ふだんなら用心することも動揺していては、ミスもするということだ。……不安しかないな。


 隕石が落ちて荒廃しているだろう故郷を目にすることになる彼女の心境を思うと、何ともやるせない気持ちになるのだった。

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