第286話、蛇の王
ヨウ君から手紙がきた。
例のフォリー・マントゥル捜索の件の中間報告だ。いくつか拠点を見つけたらしいが、どれもかなり前に放棄されたらしく、現在もまだ探索は続いているらしい。あと気になる記述があった。
マントゥルは、死霊術を研究していたらしく、アンデッドの製造を行っていたようだ、と。
何とも嫌な感じだ。稀代の天才魔術師が、死者の研究とか……。不老不死でも願っていたのか。エマン王らを騙した人物ということを考え合わせても、ぜったいマッドな奴だろうと思う。
さてさて、マントゥルの件がはっきりしない以上、俺としてできることはない。適材適所。ほとんど手掛かりなしの状態で調査をするヨウ君には頭が上がらないな。アーリィーを守る役割をほっぽり出すわけにもいかず、さりとて彼女をマントゥル捜索に連れ出すわけにもいかない。
傍目には、学生を演じつつ、のんびり冒険者ライフを過ごす、と……。
ん、いまのんびりと言ったか?
自分で言っておいて何だが、砂地のバジリスク退治が、はたしてのんびりと言えるのだろうか?
モンスターランクAの危険魔獣が現れ、困っているから討伐してくれ――と冒険者ギルドに依頼されてしまった。
バジリスクと言えば、巨大な蛇型の魔物であるが、視線だがブレスだか血液だかに強力な石化の呪いがあって、対峙した者を石に変えてしまうというヤバいやつだ。
他の上位冒険者に頼んでください、と言ったら、すでに何人か冒険者が挑み、すべて返り討ちにあってしまったのだそうだ。
ベルさんに聞いたところ、バジリスクは『邪眼』と呼ばれる視線を持つらしい。バジリスクには石化の視線があるという伝承があるが、実際は『金縛り』程度なのらしい。
だが同時に魔力の暴走効果があるらしく、金縛りを石化と勘違いした人間が、しばし自らの魔力の暴走で身体を石化させてしまうのだそうだ。思い込みによる魔法効果……なるほど、これは知らないと怖いな。
目を合わせると効果が発動するので、くれぐれも見つめ合うな、だそうだ。……安心してくれ。蛇と見つめ合う趣味なんてないから。
他には毒のブレスがあり、また噛まれると猛毒に冒され死に至るという。石化は視線だけで、効果さえ知っていれば問題なさそうだ。後は毒対策しておけば、何とかなるか。
場所が東部平原のさらに向こうの砂漠地帯ということで、依頼を受けた後、薬屋ディチーナで、解毒薬と石化解除薬、さらに熱砂対策のクーラー薬を購入。相変わらず誘ってくる店主の魔女エリサには、また今度な、と約束だけしておく。
というわけで、翡翠騎士団、出動だ!
・ ・ ・
ざっけんな!
じりじりと照りつける太陽の下、バジリスクがいるという砂漠の穴倉に行った俺たち。穴倉より離れた丘の上から、三頭のバジリスクをいるのを発見した。
「一頭じゃなかったのか……!」
王冠のような鶏冠とさかを持つ巨大なコブラを思わす大蛇が、砂の海を這っている。全長は10メートルから20メートルの間か。なかなかデカい。
巣穴と思われる洞窟の横穴に入ったり出たりを繰り返している。なお、こちらはまだ発見されていない。
さて、どうしたものか。一頭だけなら、大物狙いのサキリスやアーリィーたちに相手をさせつつ、俺たちは支援の態勢を整える、というパターンでいけるのだが。三頭となるとな……。
いっそ俺とベルさんで倒してしまうか。モンスターランクはA。ユナはともかく、学生たちは最近強くなってきたとはいえ無理をさせることもない。大怪我どころか死なせてしまったら、ご家族に申し訳が立たないからね……。
「俺とベルさんで、突っ込む。残りの皆は待機だ」
「ボクも行くよ!」
「わたくしだって!」
アーリィーとサキリスが目を剥いた。俺は顔をしかめた。
「ダメだ。ここで待機しろ。ユナ、皆を頼むぞ。ベルさん――」
黒騎士形態のベルさんがデスブリンガーを肩に担ぎ立ち上がった。
エアブーツで浮遊、そして加速。ホバー走行のごとく、砂の上を滑るように進む。エアブーツさまさま。砂の上を歩いたり走ったりというのは負荷が大きいのだ。
「せっかくだ、ちょっと手伝ってもらうか」
俺はストレージからシェイプシフターを出した。
三体の小型スライム型シェイプシフターを召喚する。それらは俺に置いていかれそうに見えたが、すぐに浮遊する球体――アイ・ボール型に化けると、追走してきた。
「バジリスクの目を封じられるか?」
『了解です』
命じれば、黒い球体が速度を上げて穴倉へと飛んで行く。
バジリスクが怖いのは、やはり邪眼と毒。視線で発動する邪眼が一番範囲が広いだろう。毒は、近接戦を挑まなければ心配はないと思う。そもそもその距離だと、あの巨体も脅威となるだろうし。
バジリスクどもが相次いで、これまでとは違う咆哮をあげた。どうやらシェイプシフターたちが連中の目を奪ったようだ。
「さあ、ベルさん、仕留めるぞ!」
「任せな!」
俺たちはさらに突き進む。黒い塊に目を覆われたバジリスクたちは、視界を遮られながらも暴れている。……手がないから引き剥がせないんだろうが、悪いがその隙を突かせてもらう!
・ ・ ・
俺とベルさんにかかれば、バジリスク三頭を仕留めるのにさほど時間はかからない。
……そう思っていたのだが、途中、アーリィーに渡していたシグナルリングからの魔力通信が入った。
『バジリスクがもう一頭現れた!』
巣穴にいたやつ以外に他がいたということか。なんてこったい!
早々に二頭を片付け、残りの一頭をベルさんに押し付けた俺は急いで引き返したが、戻ってみれば、そこには砂地に横たわるバジリスクの死骸と、その脳天に槍を突き入れ、誇らしげな笑みを浮かべているサキリスの姿があった。
「お帰りなさい、ジン君。こちらは片付けましたわ!」
溌剌した笑顔を浮かべるお嬢様。画になるなぁ、これ。
アーリィーとユナは特に怪我はなさそうだ。マルカスは……おっと、サンダーシールドを見やり、顔をしかめていた。紫色の液体がべっとりとついた盾――ひょっとしてバジリスクの吐いた毒液か。
ベルさんはブレスを吐くと言っていたが、実際は毒液を吹きかけたみたいだ。
どうやって倒した、と聞いてみれば、マルカスが注意を引き、アーリィーが牽制している間に、サキリスがエアブーツで飛び上がり、バジリスクの脳天にビースピアを突き入れ、殺人蜂の猛毒を流し込んだのだと言う。
「ユナは何をしていたんだ?」
「全員に防御魔法をかけてました」
生徒の安全を優先したか。先生の鑑である。
三人の戦いぶりは、直接見ていなくても、脳裏に思い浮かべるのは容易だった。
かくて、俺たちはバジリスクを四頭仕留め、それらを解体。バジリスクの牙に鱗、例の『邪眼』をもたらす眼、それと体内から魔石を回収した。
「今度は、どんなモノを作るんですの?」
サキリスは、俺がバジリスク素材で何を作るのか期待の眼差しを寄越した。はて、何を作ろうか。とっさに浮かばない俺だったが、ともあれ今日も無事、依頼を終えることができた。
だけど、思いがけないことは突然やってくる。たったひとつの流れ星によって――
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