第284話、酔っ払いたちの話


 巨漢のドラゴンスレイヤーにして冒険者ギルドの長ヴォード。


 ダークエルフの女魔法使いにして副ギルド長ラスィア。


 巨乳の魔法科教官にして魔術師のユナ。


 三人での飲み会。その話題の中心は、共通の知り合いである冒険者、ジン・トキトモという少年のこと。


 その中で、ラスィアはひとり居心地の悪さを感じていた。ヴォードもユナも、ジンのことを話すが、なにせラスィアは、二人の知らないジンの事柄を知っているからである。


 ――彼が、かの英雄として名を馳せたジン・アミウールだと知ったら、どういう反応をするのかしら……。


 しかし、これは決して他言しないというジンとの約束である。


「――ジンと殿下はどういう関係なのだ?」

「二人は親密な関係みたい。お互いに名前を呼び捨てにする関係」


 ヴォードとユナは酒を呷る。


「気にはなっていた。人前では気にしている素振りもあるが、ジンが一国の王子を呼び捨てにしていたのを見た」


 これにはヴォードも苦笑いである。


「学校でもそうなのか? よく周囲は黙っているな」

「当のアーリィー様が、文句を言わない」


 ユナは酒で唇を湿らせる。


「むしろ、お師匠に文句を言えば、アーリィー様の機嫌を損ねてしまうと判断したのでは」

「なるほど」


 いったい何者なんだろうな、奴は――ヴォードは呟く。


 言いたい。言ってしまえば、このムズムズから解放されるのかしら――ラスィアは唇を噛み締める。


 とはいうものの、ジンが英雄なのはわかるが、アーリィーとの関係がどうなのかについては一切知らないラスィアである。ルーガナ領で会った時には、すでに近衛の一員のように振る舞っていたが、聞けば冒険者で相談者で師匠という。


「ひょっとしたら、どこかの国の王子だったり……?」


 ユナがそんなことを言い出した。


「お師匠と一緒にいるベルさんが言ってた。あの方は、とある国の王族で、呪いを受けて、猫などの獣の姿になっているのだと――」


 え、それは初耳なんだけど――ラスィアは目を丸くする。


「あのベルさんが、王族……?」


 ヴォードが腕を組んで唸った。


「確かにあの、人の姿になった時の威風堂々たる振る舞いには貫禄があるな。剣を振るう彼は、まさに強者そのもの。……なるほど、詳しくはわからんが、もしかしたらその国の王だったのやもしれんな」

「すると、お師匠は、ベルさんの息子だったり……?」

「ありうるな。あの二人はよく一緒に行動しているし、関係を悟られないように秘密にするということも、王族ならなくはない」


 いや、それはないと思うのだけれど――ラスィアは思ったが口には出さなかった。ジン・アミウールの相棒たるベルさんについては、確かに教えてもらっていないことのほうが多い。でも、親子ではないと思う。


「ベルさんが王であるなら、ジンとアーリィー殿下の接点はそこかもしれないな。ヴェリラルド王国と付き合いのある国……それも、一般には知られていない遠い国の王族で、交流の一環でジンとベルさんが来ているとか。互いに王子同士なら、友人として呼び捨てにすることもあるかもしれない」

「それなら筋が通るかも」


 違う、そうじゃない――ラスィアは必死にその言葉を飲み込んだ。ぶるぶると身体が震える。二人とも、それなりに酒がはいって、ほどほどに酔っているようだった。


 それから話題は、ジンの持つ武具、魔法具に及ぶ。


「あの学生たちの持っていた武器や防具、あれが全部、ジンの作った物というのは……」

「ヴィスタさんの魔法弓を作ったそうですし、ユナの持っている蹂躙者の杖もそれですから」


 ラスィアは、以前よりジンが武器を作ることを知っているから、さほど驚かなかった。しかしヴォードは違う感想を持ったようで。


「あいつは、魔法鍛冶師としてもやっていけるんじゃないか? ……そういえば、マスター・マルテロもあいつを評価していたな」


 自身もオリハルコン製のドラゴンブレイカーを直してもらった手前、その実力は疑いようがない。


「ユナ、学生たちが持っていた武器や防具、ひと通り教えてもらっていいか?」


 こくり、と頷いたユナは翡翠騎士団の面々の装備を思い浮かべながら説明した。


 コバルト金属とフロストドラゴンの鱗を用いた軽鎧。フレイムスピアにビースピア、フロストハンマー、サンダーシールド、マギアバレットにサンダーバレットなどなど。


「盾に電撃か……面白いな」


 ヴォードは相好を崩した。


「あの人形もどきも充分凄いが、あのデゼルト……魔法車か。あれはいったいどう手に入れたというのか。まさか作ったなんてことは――」

「お師匠のことだから、作ったのでは?」

「デゼルトって何?」


 ラスィアは聞きなれない単語に首をかしげた。


「化け物みたいにデカい魔法車だ」

「大きくて、人がいっぱい乗れる」


 ヴォードとユナが言った。今度はラスィアが置いてけぼりをくらう番だった。


「え、そんなの初めて聞きますが?」

「見せられたのはつい最近」


 ユナが補足した。少し目を離したらこれである。ラスィアは頭を抱えた。


「大丈夫? 飲みすぎ?」

「……ええ、一杯飲みたい気分よ。マスター! おかわり!」

「ずっと気になってたんだが」


 ヴォードはユナを不思議そうな目で見る。


「お前、ジンのことをずっと師匠呼びなんだな」

「お師匠は、私よりもはるかに魔法を極めたお方。あの方のおかげで、私もより高みを目指せる」

「Aランクのハイ・ウィザードであるお前が……。かつては天才の名をほしいままにしたユナ坊が……いてっ!」


 ヴォードが顔を歪めた。どうやらテーブルの下で、ユナの蹴りが入ったらしい。


「実際、一緒にダンジョンに行ったおかげで、魔法をさらに数段向上させられた。いまなら、ラスィアにも負けない」

「ほほぅ、言ってくれるわね」


 ラスィアは好戦的な笑みを浮かべた。天才魔法少女と言われたユナとも、互角以上に渡り合う魔法の使い手として知られたラスィアである。英雄ヴォードと同じパーティーで数々の冒険を繰り広げた魔法使いは伊達ではない。


「ユナの魔法をさらに向上させた、か……」


 ヴォードは、グラスの中のワインに目を落とした。


「あいつ、どんだけスペック高いんだ……」


 ――英雄ジン・アミウールですもの。


 大陸中にその名を轟かせた魔術師。戦闘で命を落としたと言われる彼が、この王都にいると二人が知ったら……。


 ラスィアは北方産の甘口ワインを眺め、言葉と共に飲み込んだ。


「でもまあ……」


 ポツリと、酔った目でヴォードは言った。


「また冒険者として、いろんなところへ行きたいと思った。あいつと、ジンが俺たちの若い頃にいたら、と思うとな。いや、今からでもギルド長なんてやめて前線に戻って――」


 それは願望だ。ドラゴンスレイヤーとして名を馳せ、冒険に身を投じていた頃の。


「私は、まだ二十三だけど」

「歳の話は言わないでください」


 ユナとラスィアはそっぽを向いた。若い頃に――とヴォードが言ったことへの反抗として。

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