第281話、学生冒険者たち、頑張る!


「ヴォードさん、彼らにも手伝わせては? 試験はそもそも、Dランク相当の能力があるかどうかを見るんですから」

「Dランクでは手に余る規模だが?」

「そこでSランクのあなたが出張るんでしょう? 上級冒険者の支援や掩護依頼もあることですし……実戦じゃ、ランク云々とか言ってられないこともあります」


 俺が意地の悪い笑みを浮かべれば、アーリィーが一歩前に出た。


「ボクらでやれることはやります。このゴブリンたちを放っておくと、もっと被害がでるかもしれないんですよね? それなら――」

「ええ、いいも悪いもないですわ!」


 サキリス、そしてマルカスも頷いた。


 ヴォード氏は、しばし迷う。相手が、そこらの冒険者なら、「お前らには無理だ」と一喝するところだっただろうが、何せ相手は、アーリィー――ヴェリラルド王国王子である。


 王子を危険にさらしていいのか? 冒険者になった時に覚悟はできているはず、いやしかし――


 ちら、とヴォード氏が俺を見た。


 どうやら、俺に判断を振ったらしい。なら、言い出した手前、俺の答えは決まっている。


 頷いてやれば、ヴォード氏も頷き返した。


「では、殿下。ちょっとばかし、ゴブリン退治を手伝っていただきます」

「はい!」


 アーリィーはヒスイ色の目に強い意志の光を宿している。俺は口を開いた。


「では、アーリィー。ここはどういう手でやるのがいいだろうか?」


 周囲の視線が一度俺に向いた。新人たちに協力させる、と言ったが、まさかどう戦うか、その作戦を振るとは思わなかったのだろう。


「そうだね……」


 王子殿下は、顎に手をあて思案のポーズ。いきなり振られたが、慌てた様子はない。


「まず前提をどこに置くかによると思う。あくまで集団を散らして、ある程度数を減らすことで任務達成と見るか、極力、殲滅せんめつを目指すのか……」


 アーリィーは、俺とヴォード氏を見やる。


「もちろん、ジンやヴォードさんを当てにしていいんだよね?」

「ああ、もちろん」


 ただ、どこまで役割を割り振るかによっては、試験に影響するだろうことは忘れないでくれよ――というのは黙っていた。それを言ったら意味がない。


 俺たちは丸投げされてもゴブリンの集団を蹂躙できる。アーリィーが、俺やベルさん、ヴォード氏を前面に押し出せば、それだけで勝利は疑いようがない。だがそんな楽なやり方は戦術としては正解でも、試験としては不合格といわざるを得ない。


 そこのところは、わざわざアーリィーたちを手伝わせようと言った意味を、理解してもらいたいところだ。



  ・  ・  ・



 森の中をアーリィー、サキリス、マルカスが進む。低木をかきわけ、慎重に歩を進める三人。その側面には、ブラオとグリューンが浮遊移動で随伴する。


 アーリィーはカメレオンコートをまとい、マギアバレットをメインにいつもの装備。サキリスはフレイムスピア、マルカスは先日新調した新型武器『フロストハンマー』に『サンダーシールド』を携行する。


 フロストハンマーは片手用の戦闘鎚で、コバルト金属製。霜竜の魔石を改造合成したものが仕込まれ、直撃の瞬間に内部魔力が衝撃波を放ち、さらなる打撃を与える。さらに使い方によっては氷のブレスを思わす冷気攻撃が可能だ。


 サンダーシールドは、マルカス用に作られた大型盾であり、盾に電撃発生用の魔石を備える近接用攻防一体の防具だ。


 アーリィーの作戦に従い、ゴブリンの集落を目指す三人。この学生冒険者が敵陣へ接近する。ゴブリン集団に先制の一撃を与え、その後は、敵の攻勢を引き受ける囮となる。


 自分を囮に加えるなんて、大胆なことをする。いやはやまったく――


 俺は浮遊する単眼、アイ・ボールの寄越す視線で、アーリィーたちの様子を観察していた。


 ゴブリン集団、およそ七十を相手に、アーリィーが考えた作戦はこうだ。


 まず、アーリィーら学生冒険者たちが、ゴブリンの集落を襲撃する。近づいて先制の一撃を与えられるのが理想だが、仮に発見されても、こちらが少数と知れば向こうは大挙してやってくるのは変わらない。……もし戦力の小出しをするようなら、その時は各個撃破すればいい。


 アーリィーたちは、ゴブリンの主力と交戦して敵の数を減らしつつ後退。引きつけたところで、待機している俺たちがゴブリン集団の側面ないし後方を突き、攻撃。哀れゴブリンどもは袋のネズミとなり、その主力を失う。


 大半を殲滅した後は、集落に残っている連中を掃除して終了……というのが作戦である。


 悪くない。


 問題点を挙げるとすれば、アーリィーたちが、多数のゴブリン相手にした時、どこまで支えられるか、だろう。


 対応できる数ならいいのだが、彼女の予想を上回る能力、規模で攻められた場合……まあ、その時は、側面襲撃組が前に出るだけではあるのだが、頼むから大事になるような怪我とかしてくれるなよ。


 戦いだから、早々楽ができるはずもなく、ゴブリンとて死力を尽くして向かってくる。無傷で済むとは思ってない。


 最初に受けた説明では敵は二十体ほど、という話だったので、アーリィーたちでそれくらい倒せれば、上出来だろう。ゴブリンがどう戦力を振り分けるかにもよるのだが、うまくはまれば、その倍くらいはあの三人で倒せるのではないかと思っている。


『おう、ジン。はじまったみたいだぞ』


 ベルさんの念話。俺とベルさんは右翼、ヴォード氏とユナが左翼に展開して、潜伏している。中央のアーリィーたちは、ゴブリンのいる集落に近づいていたが、どうやら気取らせたらしい。


 集落から角笛の音が響き、ゴブリンたちが慌しくなる。そして先兵として1ダースほどのゴブリンが、武器を手に飛び出してきた。


『お手並み拝見だな』


 12体程度なら問題はないだろう。アーリィーたちも接近するゴブリンに気づいている。


 まずアーリィーが、自分たちに魔法を使った。周囲の低木の枝や草が不自然に揺れたのが見え、おそらく風の膜を作り出すエアロシールドだろう。


 続いてアーリィーがマギアバレットではなく、手を前に向けた。魔力を溜めて……おいおい、魔力の集中が通常のそれとは違うぞ。


「エアブラスト!」


 短詠唱でどでかい衝撃波を撃ち込んだ。風の一撃は、茂みを揺らし枝を吹き飛ばして、ゴブリン集団――それを五体ほど軽く跳ね飛ばした。例えるなら、チャージショット。風魔法の扱いは得意なほうと言っていたが、なかなかやるね。


 点であるマギアバレットでなく、面で先制したか。いいね、臨機応変ってやつだ。


 アーリィーに魔法を教えてきて、それが形となって見えると、俺も教えてよかったなって思う。

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