第280話、ゴブリン集団討伐任務


「で、どういう風の吹き回しなんですか、ヴォードさん」


 俺は問わずにいられなかった。


「手隙の職員がいないなら、試験日くらい先延ばしにするとかできたと思いますが?」

「前に車に乗せてくれるって約束しただろう?」


 ヴォード氏が顔を歪めた。車に乗せる……あー、そういえば、アーリィー率いる遠征軍の助っ人を要請した時に、そんな約束をしていた。すっかり忘れていた。これはすまないことをした。……というか、それが理由かよ!?


 魔法車では狭いかと思っていたが、いまは装甲車のデゼルトがある。


 そんなわけで、俺たちはギルド建物内の談話室へ場所を移し、試験対象の依頼を確認する。……ゴブリン集団の討伐?


「最近、ひとつの集落がゴブリンに襲われてな」


 ヴォード氏直々に、地図を広げて説明される。


「近くで旅人などが襲われる事件も複数、報告されている。盗賊狩りみたいなものだ」


 事件の目撃や斥候の報告では、ゴブリンの数は多くても二十ほどらしい。基本、俺とユナ、ベルさんと随行ずいこうするヴォード氏は手を出さず、あくまでアーリィー、サキリス、マルカスの三人が頑張ることになる。


 場所を確認し、現地近くまでの移動は、魔法車で行うこととなった。早く終われば、日帰りできるか?


 いや、そういうのはフラグというものか。一日かかると踏んだほうがいいかも。今日明日と学校が休みでよかったー。


 と、いうわけで、冒険者ギルドからヴォード氏を連れてアクティス魔法騎士学校へ行くというのも芸がないので、ポータルを使って直接地下の秘密通路へご案内。……行き方がわからなければ、場所も誤魔化せるのだ。


 翡翠騎士団以外の人間で、地下秘密通路に最初に足を踏み入れることになったヴォード氏は、そこで魔法装甲車デゼルトとご対面!


 完全装備のヴォード氏は巨大な八輪車を前に、剣の柄に手をかける。


「新手の魔獣か……?」

「デゼルトと言います。新型です」


 俺は装甲車の後部ハッチを開くと、中へといざなう。


「少々狭いですが」

「構わん。おれが乗ると、どれも手狭だが……これは思ったより広いな。いったいこれはどうしたんだ? どこで手に入れたんだ?」

「作ったんですよ」 


 俺が冗談っぽく言えば、「本当か?」と真顔で返された。俺はそれには答えず、運転席へ移動する。


「あとこの場所も、王室のトップシークレットなのでご内密に願います」

「教えてくれんというわけか。王室がらみとなれば、余計な詮索はしないのが賢明だ」


 アーリィー王子がいる手前、ヴォード氏は自重した。まあ、そうするように仕向けたんだけどね。


 ユナ、サキリス、マルカスが後部席に乗り、従者ゴーレムであるブラオ、そしてグリューンも続く。


「なんだこれは!?」


 高さ一メートル程度の小柄ながら、明らかに人間ではないそれにヴォード氏は驚愕する。俺が答えるより先にユナが口を開いた。


「スクワイア・ゴーレムですよ、ヴォード。お師匠の自作魔法具です」

「これが、魔法具だというのか……!」


 驚くギルマスを他所に、アーリィーが助手席、ベルさんが専用席に座る。俺は魔力エンジンを起動させると、後ろの席を見た。


「それでは出発します。席について」


 デゼルトは秘密通路を走り出した。ヴォード氏は、はじめは運転している俺を凝視し、やがて窓から見える外の景色――魔石灯が流れていくさまを見て、その速度に感嘆した。ミラー越しに見た彼の顔は、驚きと興奮が混ざり、口が笑みの形に変わっていった。


 暗い通路から明るい外に魔法装甲車が飛び出した時、ヴォード氏は明らかに声を上げて大笑いしていた。


「凄いな、これは! 想像以上だ!」


 興奮が声に乗っていた。


「この魔獣の如き大きさの車というだけでも壮観なのに、この速度! この力強さ!」


 素晴らしい、と口にするギルド長。俺は、後ろの席の同級生に言った。


「マルカス、ルーフを上げてさしあげろ」


 天井の蓋を開くように言えば、魔法騎士生は指示に従った。屋根が開いたことで、太陽の日差しが直接車内に差し込む。ヴォード氏が立ち上がると、吹き抜ける風が彼の髪をなぶり、頭ひとつ飛び出したことで周囲が一望できた。


「おおおおおっ――!」


 その声は運転席にも届いた。ずいぶんと楽しそうである。


「あっははは――!!」


 子供のような声を上げるヴォード氏。身体はでかいが、まだまだ心は若いのだろう。そういう素直な反応をされると、こっちも得意になってくるからいけない。


 力強く平原を疾走するデゼルト。俺は、試験依頼はアーリィーがリーダーとして指示を出すようにと告げた。俺の試験ではないからな。最近、彼女たちにも指揮役を振ったりしているので、まったく初めてというわけではない。


「できるか?」

「うん、やる」


 アーリィーは頷いた。


 今回の試験では、基本的に俺たち先輩組はゴブリンとは戦わない。実戦での戦闘力や判断などを判断する場であるから、先輩組が全部やっては意味がない。


 移動や偵察については、アーリィーたちの要請があれば手伝う。全部自分でやってもいいのだが、何でもかんでも自分たちだけで解決しようとするのもよくない。頼るべきところは頼るのも、冒険者に必要なスキルだ。


 とはいえ、試験官であるヴォード氏が手伝うことはない。仮にも彼がその剣を振るうようなことになったら今回の試験、不合格に等しい。


 やがて、依頼目標である、ゴブリン集団が潜伏している森の近くに到着した。


 事前情報と照らし合わせ、アーリィーの要請で敵情偵察を行う。戦闘前の情報収集はとても大事。基本が身に付いているようで、お兄さんはうれしい。


 一つ目の球体こと、アイ・ボールを使った偵察で、間もなくゴブリンの集落を発見した。したのだが――


「これ、話が違いませんかね?」


 俺は抗議の視線を、ヴォード氏に送った。


 偵察結果、最大二十数体程度と言われたゴブリンであるが、実質その三倍、六、七十ほどもいるんですが?


 Dランク昇格試験にしては、ちょっと難易度設定おかしくありませんかねぇ……?


「むう、確かにこれは依頼内容との差が大き過ぎるな」


 ヴォード氏は認めた。


「ゴブリンとはいえ、ここまで集まれば雑魚とはいえない。C、いやBランク相当だろう。ここは撤退を選んだとしても、試験の評価としては悪くはない。自身の力量を踏まえての撤退ならむしろ高評価と言える」


 ただ、この状況を放置するわけにもいかないんだよなぁ――ヴォード氏はため息をついた。


 すでに周辺に被害を与えているゴブリンの集団である。より大きな規模が潜伏しているとなると、最終的な被害がどこまで拡大するかわかったものではない。


「Bランク依頼に格上げだな。ちょいとゴブリン退治をしてくるか。おれがやるから、ジン、悪いが手を貸してくれ」


 ヴォード氏が愛剣であるドラゴンブレイカーを手に取る。

 試験どころではなくなってしまった。いや、まだ試験は続行できるか?

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