第279話、試験官ヴォード
こちらは盾と剣で武装した騎士タイプの男性冒険者が相手だった。槍を装備するサキリスはリーチに勝るが、相手は盾を上手く使ってサキリスの攻撃をかわし、隙あらばシールドバッシュを仕掛けてくる。
先ほどマルカスが同じ手で相手を倒している手前、サキリスも慎重になる。なお、防御魔法具によって状態異常攻撃はかなり減退されるため、得意のサンダーエンチャントは大して効果がなかった。
が、サキリスは手にした槍――フレイムスピアの炎噴射を使って相手の虚を突くことに成功。一気呵成に攻め掛かり、足を引っ掛け転倒させると、そのままフィニッシュ。
「武器に救われたな」
と、ベルさん。俺は首を横に振った。
「いや、サキリスなら、普通に勝てたと思うよ」
まあ、三分以内にケリがついたかと言えば怪しいが。ただ、三年間の学校での武術訓練の積み重ねは侮れない。何よりサキリスはアクティス魔法騎士学校の生徒としてはトップクラスだ。Dランク程度の相手なら互角以上に渡り合える。
三人目にして最後はアーリィー、もといヤーデさん。カメレオンコート、いつものようにフードを被っているので、王子様だとひと目でわかる者はいない。
対戦相手は、片手剣に盾を持つ剣士。見たところ軽戦士である。一方でアーリィーの手にも剣。どうやら飛び道具は使わないつもりらしい。……大丈夫かな?
そんな俺を見ることなく、ベルさんは言った。
「お前は心配し過ぎだぞ?」
そうだろうか? いや、そうかもしれない。
模擬戦が始まった。剣士は盾で前を固めつつ、剣で仕掛けてきた。鎧はレザーアーマーで、その動きは軽く、素早い。
だがアーリィーは、そのほとんどをかわし、時々剣で弾いて、まったく攻撃を寄せ付けなかった。
剣と盾で固めた相手というのは、騎士学校で充分に訓練してきたのだ。もっとも、実戦慣れしている冒険者のそれは、学生の剣よりも速かったが。
アーリィーが攻撃に転じたら、あっという間に決着がついた。彼女の剣は、もっと速かったのだ。……アーリィーって、あんな強者オーラ出してたっけか?
ちょっと俺は驚いてしまった。魔法もありな模擬戦だったけど、そういえば魔法も使わなかったな。
「速いと行っても、ジンほどじゃないよ」
戻ってきたアーリィーは、俺に小さく笑みを投げかけた。勝ってホッとしているようでもある。
翡翠騎士団三名、三連勝――別に団体戦ではないのだが、ランクアップに向けて第一段階は合格といったところか。
次は、ギルド職員が依頼に同行する実戦依頼。これで認められれば、めでたくDランク昇格である。
「おう、ジン。待っていたぞ!」
そう朗らかな笑みを浮かべたのは、完全武装のギルドマスター、ヴォード氏だった。
「……はい?」
・ ・ ・
「――というわけで、君たち翡翠騎士団の昇格試験をおれが担当する。よろしく頼む!」
ヴォード氏の登場に、何事かとざわめいていた冒険者たちだが、彼の言葉はさらなる驚きを呼んだ。
冒険者ギルドの職員か上級冒険者が同行しての実地依頼遂行という試験に、冒険者ギルドのギルマスが自ら足を運ぶというのは異例だった。
どうしてこうなった!
聞いてないぞ、こんなの。多少面識があるから、俺は平気だけれど、マルカスとサキリスは、めっちゃ緊張してるし。
「そりゃお前、王都じゃ知らぬ者などいない伝説のドラゴンスレイヤーだぞ!」
と、マルカスが言えば、サキリスもまた。
「ああ、生きた英雄と会えるなんて……」
などと緊張と歓喜が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。
俺はユナと顔を見合わせるが、彼女もまた小首をかしげるばかり。
「どういうことか? 聞いてもいいですか、ギルド長」
「んー、ちょうど手隙の職員がおれしかいなかったのだ。……たまには外に出ないと身体がさび付いてしまうしな」
後者は本音だな。手隙の職員がいなかった、というのは嘘だろう。これについて、副ギルド長のラスィアさんは何も言わなかった。
ただ呆れと諦めの混じった顔をしていたところを見るところ、すでに二人の間では話がついているようだった。……これはきっと、ヴォード氏が何かわがままを言ったに違いない。
なお、のちに、ヴォード氏とラスィアさんの間であったやりとりを聞かせてもらったが、それによると――
「最近、ジンのやつはどうしている?」
「学生冒険者たちを連れてダンジョンに潜っているようですよ」
「へえ、学生とね。奴ほどの実力なら、わざわざ学生と組むことなどないだろうに」
「後進の指導みたいですよ。アーリィー殿下と貴族生を二人」
「ああ、この前、お前が報告してくれた件な。殿下が偽名で冒険者登録したというやつ」
「……何か、ありましたか?」
「何が?」
「眉間にしわが寄ってますよ?」
「……ジンの奴な、俺との約束をすっぽかしてやがるのが気に入らない」
「何か約束をしていたのですか?」
「……とぼけるな。月に2回くらい、ジンたちと冒険してもいいって言っただろう?」
「そうでしたか。……それなら、直接本人に言ったらどうですか?」
「奴が来るのか?」
「ええ、殿下と貴族生二人の、冒険者ランクの昇格試験の申請が出されていました」
「……昇格試験か」
「何です?」
「その試験には冒険者か職員がついていくことになっているな」
「ええ、ジンさんとユナがいるので、誰を送るか悩んでいます。適当な人材がいなさそうなので、最悪、私が行こうかと思っていますが」
「それはズルい!」
「はい? ずるい……?」
「いや、何でもない。そうか、試験員か。王子殿下もご同行されるのだ、下手な人選はできんな。よし、ここは俺がその試験に同行しよう!」
「は……? ギルド長自ら? 何を言っているんですか!?」
「決めた。俺が決めた。もう決まった」
「……」
……。
それはさておき、やる気を漲らせている四十代半ばの大男に、どう言ったものか。正直、ギルド長自ら、というのは予想外過ぎて、俺もちょっと困惑している。
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