第275話、敵はシェイプシフター


 結局、俺は、スフェラを回収するためにウェントゥス地下基地へ戻らなかった。


 野生のシェイプシフターは珍しいのだが、うちにはシェイプシフターロッドことスフェラがいて、ここの個体を捕獲しなくても、ポコポコ量産できるんだよね。


 正直、いつからここに住み着いているか知らないが、説得したところで野生体では何か参考になるような情報を持っているとも思えない。


 1体捕獲しておけば、その辺りの記憶や能力を後で調べられる。……そう、1体捕まえるだけで事足りるのだから、わざわざ仕事中のスフェラを呼ぶこともあるまい。


 ということで、俺は仲間たちに、ここの敵について説明しておく。


「シェイプシフター……?」

「黒スライムを見かけたら、十中八九それだ」


 姿を変えるモンスター。基本はスライム形態だが、様々な姿に変身ができる。


「たぶん、サキリスが見たという人影も、シェイプシフターだろう」


 アーリィーが何か言いたげな顔になる。うちのウェントゥスの軍を構成する兵士はシェイプシフターだからね。同類に対して、何かあるんだろうが、彼女は黙っていた。


「ジン君、どう対処するのがいいんですの?」


 サキリスが質問した。弱点さえわかれば対処は難しくない。


「シェイプシフターは炎に弱い。スライム系と同様の対処でいいが、その動き方がスライムとはまったく別物だから、意表を突かれることもある」

「スライムに見えても――」


 ベルさんが口を挟んだ。


「スライムだとは思わんことだ。驚いている間にやられるぜ?」

「……」


 学生たちは押し黙る。ひと通り説明をし終わったら、再出発。


 俺たちが進むと、フルプレートアーマーをまとったようなアーマーゴーレムやスライムが道を阻んだ。


 ゴーレムが多少頑丈だったが、俺の魔法やベルさんのデスブリンガーの敵ではなかった。スライムはマルカスとサキリスが引き受け、高所や建物の陰などに潜んでいたスライムは、ユナの魔法とアーリィーのマギアバレットの狙撃で撃破していった。


 ふむ、とベルさんは唸る。


「ひょっとしたらこいつら、ガーゴイルと同じで、ここの守護を担う魔法生物かもしれない」

「どういうことですの?」


 サキリスが前を行きながら問うた。周囲を警戒しつつ、街の中央である城を目指して俺たちは進んでいる。


「要するにだ、野生のシェイプシフターではなく、この都市の守護者の可能性があるってことだ」


 DCロッドの観測で、闇雲に突撃してくる個体がいる一方で、後ろで動き回っている個体がいるのも確認した。表向きバラバラに見える行動の裏で、組織だったものが見え隠れしているのだ。


 替えのきく下っ端を突っ込ませて、こちらの戦闘能力を見る。下っ端で片付くならそれでよし。手に負えないなら、こちらの戦術や行動をみて、後続に伝える……。


「おそらく、連中はどんどん手強くなるだろうな。数で攻めたり、予想外の位置から狙ってきたり」

「厄介だね」


 アーリィーが建物の屋根の上などを警戒しながら言った。


「でも、さっき見た人型に化けていたのは何でだろう?」

「オレ様たちの行動を見ていたんだろうよ」


 ベルさんは前衛組の中央を進む。


「こんな人のいない遺跡じみた町で人を見たら、どういう反応をするかをよ。そちらに気をとられるか、あるいは無視するのか――」

「もしくは、こちらの分断を狙ったのかもしれませんね」


 ユナは後方に気を配る。


「誰かいたからと、好奇心を抑えきれずに単独で追うような人間を誘い出して、罠にかけるパターンかも」

「あるいは、俺たちを城から遠ざけたかったのかもな……」


 俺は正面に見えてきた城、その大門を見やる。高さは五メートルほどか。しかし扉は開け放たれていて、入るのに障害はない。


 城自体は外壁が橋と同じく特殊な表面加工がなされており、古くから存在していると思われるのに、さほど朽ちていない。尖塔の数、配置は整っていて、いかにも城といわんばかりだが、外壁の加工ゆえかかすかに近未来的な建物に見えなくもない。中央にある塔が一番大きく、王などが住んでいる城なら天守閣はそこだろう。


「気に入らないな」


 マルカスは鼻を鳴らした。


「そのシェイプシフターは、どの程度の思考能力なのか。人間並みか? それとも、集団を形成する虫や動物程度の頭はあるのか」

「少なくとも、普通のスライムよりは頭がいいぞ」


 俺の軽口に、ベルさんが笑った。


 門へと差し掛かる。シェイプシフターの待ち伏せを警戒――していたら、スライムではなくガーゴイルが複数でお出迎え。


「まあ、そうだよな」


 橋にもガーゴイルがいたんだ。この城のような建物にも当然、いてもおかしくない。


 ガーゴイルたちは、一見すると翼の生えた獅子のような猛獣だ。けれどもその表面は堅めで、特に静止した時の防御力は岩を殴っているような強度になる。こうなるとまさに歯が立たないのだが、動いている時は柔軟性と引き換えに防御力が落ちる。


 それに気をつけていれば、対処は難しくない。なにせ、俺たちは新人でさえ、フロストドラゴンを倒せる程度の力量を持っているのだから。


 若干、そのスピードにマルカスたちは翻弄されていたが、ベルさんが要になることで、ガーゴイルを掃討した。


 城内に入る。カーペットの類はないが、敷き詰められた石のパネルが色分けされているために、黒とピンクの二色で床が分かれていた。壁や床の黒は、外壁や橋と同じ色。一階正面の大フロアは吹き抜けとなっていて、上層階から吊り下げられているのは魔石灯のシャンデリア。……この城の主がいるかは定かではないが、いるのなら中央塔の最上階かな。


 俺は再度、DCロッドで城内を走査、構造を確認する。その間にシェイプシフターとアーマーゴーレムが襲ってきたが、他の面々が退治した。


 怪しいのは王座の間だが……やっぱここだよなぁ。それっぽい長方形の部屋を拡大、その構造を確かめる。奥にいかにも王座が置かれていそうな階段状の小さな台座。大型と思われる赤い反応は魔物だろうが、こいつがここの親玉的な存在か。まあ、行ってみればわかるだろう。


 俺は目的地に目星をつける。翡翠騎士団、前進。


 だが、さほど時間が経たないうちに面倒に気づいた。


 マップを確認して気づいたのだが、罠と思しきフロアが多い。王座の間へ向かうまでに、いくつも部屋を進むのだが、どう見ても落とし穴にしか見えない罠や、フロアの床と天井が魔物の反応で埋め尽くされた部屋があった。


 前者についてはマップを確認しながら落とし穴を細工しておけば問題ない。後者はおそらくシェイプシフターが床や天井に擬態していて、入ったら途端に襲われるというものだと推測できる。


 対応は可能だが、より面倒と感じたのは、途中で通路が途切れてしまっている箇所だ。普通に進んだのでは王座の間へと行けない。よくよく確認すれば、どうやら仕掛けがあって、それを解けば通路が繋がる仕組みのようだ。


 これは……かなり面倒だぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る