第272話、王都地下のスライム狩り
「観測手を務める、ポワン兵長だ。よろしく若い冒険者諸君」
王都守備隊所属のその兵長は、口ひげを生やした四十代くらいの男だった。守備隊正装であるチェインメイルに鉄兜、腰にはショートソードを下げている。手には木の薄い板と紙――戦果を書き込むための記録用紙を持っていた。
「あと、見張りの……ああ、もちろん見張るのはスライムのほうな。と護衛と雑用を兼ねるアッシュとハンスだ」
ポワン兵長は、若い二人の兵士を指した。俺が頷けば、手にランプを持った若い兵たちは頷きで返した。
「それじゃあ、さっそく地下に行こう」
王城近くの通りに、地下へ潜る階段がある。ふだんは鉄の扉で閉められ、警備の兵が立っているその場所は、石で出来た階段通路が地下深くへと伸びていた。
コツコツとブーツの音が壁や天井に反響する。ぬめっとした空気と、どこか嫌な臭いを感じながら、俺たちは進む。
「先導はマルカスとサキリス。ユナは後方警戒。アーリ……ヤーデは俺と真ん中で掩護」
思わずアーリィーの名前を口走るところだった。王国の兵士たちの前でそれはマズイ。冒険者で登録した偽名であるヤーデで呼ぶ。
「スライム駆除は頻繁に必要だと思うんだがね、なかなか依頼の受け手がいないんだ」
ポワン兵長が苦笑した。
「できれば魔術師には、ちょくちょくスライム駆除をやってもらいたいのだが」
階段を下りきる。
さて、スライム退治は、学生たちに頑張ってもらうつもりである。スライムは物理耐性が強いので、新武装や魔法をどんどん使わせる。大空洞ダンジョンでも経験しているから、俺は心配していない。
具体的には、マルカスは魔法のファイア・エンチャント。サキリスはフレイムスピアだ。アーリィーもマギアバレットや通常魔法で援護してもらうけど、そこまで出番があるかな……?
そして結果は予想通りだった。
火に弱いスライムである。物理攻撃に対して耐えているように見えて、高熱を発する武器が触れると、ナイフを入れるようにその体が裂ける。特にサキリスは、スライムの体に軽く槍の穂先を入れると、熱を吹き込みあっという間に燃やしてしまった。
「訓練にもなりませんわ」
単純作業過ぎて、サキリスはぼやいた。ただ刺せば、ほぼそれで終わりである。観測兵としてスライムのキル数を記録しているポワン兵長も苦笑いである。
正直、俺もベルさんも暇だった。
だからというわけではないのだが、地下水道内でわずかながら休憩をとっている間に、俺はDCロッドを使って、地下水道の地図を作成する。
走査開始。魔力が地下水道内を駆け巡る。以前、魔法装甲車デゼルト用に、地下をスキャンしたが、南側に限定したし、水道と当たらない位置を探したので、本格的な確認はこれが初めてとなる。
……実はポワン兵長が、地下水道の地図を持っているのだが、少ししか見せてくれなかったんだよな。まあ、人の作った地図より、自分で作ったもののほうがいいっていう冒険者的思考もあるけど。
走査に結構時間がかかったのは、本当に地下水道が広いからなんだろうな。
「おーい、ジン君。そろそろ出発するぞ」
ポワン兵長が、離れて地図作成していた俺に声をかけてきた。
再出発。人数もいたこともあり、だいぶ駆除した。ポワン兵長のカウントによれば、今回のスライム討伐数171匹。
「おめでとう、新記録だ」
付き添いの兵たちも苦笑している。
「最近の学生は、優秀なんだなぁ。正直、驚かされたよ」
・ ・ ・
依頼を終え、俺たちは帰還した。数はこなしたが、学生たちには少々手応えがなかったようだった。
まあ、初クエストといって気負うようなものよりはいいでしょ。
なお、しばらくは王都地下でスライムが増えすぎることはないだろうと、ポワン兵長は言っていた。今度はネズミが増えるんじゃないかと突っ込んだら、増えすぎたスライムを減らしただけだから、問題ないと言っていた。
冒険者ギルドで依頼の達成を報告した後、青獅子寮に戻った俺は、作成した地下水道の地図を眺める。
青獅子寮の地下から王都南口までのデゼルト専用通路を作ったわけだが、他の場所へ抜ける通路も作れないかを検討するためである。
ベルさんと広大な地下水道の地図を見ながら、自分たちが歩いたルートと、そうでない道をなぞっていく。
「やはり、まだ行ってない場所があるな」
俺が言えば、ベルさんは鼻を鳴らした。
「一日でひと回りできる広さじゃねえってことだな。……だがジン。オレは気になってるんだが」
「ああ、俺もだ」
王都地下水道の中央寄り、やや西側に行ったところにぽっかりと穴が開いている場所があった。深さを変えた二枚目の地図を広げる。最初の地図を第一階層とつけるなら、二枚目は第二階層になるだろう。
第一階層にあった穴が、第二階層ではより大きくなっている。おそらくはドーム型になっているために、下の階層のほうが空洞が大きいのだと思われる。もしもう一階層下の地図を作成していたなら、さらに穴が大きくなっているのではないか。
「この空洞、なんだと思う?」
「さあな、見当もつかんよ」
ベルさんは首を振った。
「また、何かヤバイものが眠っているんじゃないだろうね……」
「ドラゴンの巣穴とか?」
古代竜エンシェントドラゴンと戦ったのは記憶に新しい。ドラゴンとは言わないまでも、地下に巨大な魔物が眠っていたりする可能性が、まったくないわけではない。
「ただの穴だといいんだけどな」
ベルさんは地図の上をトコトコ歩いて、その空洞のそばに座った。
「近くに通っている水道とも繋がっていない。ただここは――」
黒猫は前足で、空洞と、そのそばを走る通路に触れた。
「壁一枚があるだけだ。……何かのはずみで壊れたりしたら、この空洞と通路が繋がる」
大きな地震でも起きない限り、それはないだろうが……。
「どうする? この程度なら、自力でこじ開けて、調べられそうだけどよ」
ベルさんは俺を見上げた。
見てみぬふりをするのか、調べるのか。……世の中には触れてはいけないものってものもあるが、かといって放置するのも気持ち悪い。何といっても、王都の真下なのだ。何かあって、それを放っておいたがために災厄が起きないとも限らないのだ。
「……行って、みるか?」
俺が呟くように言えば、ベルさんはニヤリと笑った。
「そうこなくちゃな、相棒」
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