第271話、翡翠騎士団の初依頼


 翌日、平日なので学校。昼食の後、俺は一度ポータルでウェントゥス地下基地へ飛んだ。ディーシーに頼んでおいた、大蜘蛛の糸を使ったインナー一式を受け取るためだ。


 前衛組であるマルカスとサキリスの二人は防具の軽量化を図っている。だが軽さと引き換えに全身を守れなくなっているので、防具の下に着るインナーを強靭なものにすることで補おうという俺の配慮である。……気分的にも、粘液や血液を直接肌には浴びたくないと思うものだし。


「いいように使ってくれるな」

「作るのは好きだろ、ディーシー?」


 ありがとうな。早速、魔法騎士学校へ帰還。部室代わりの秘密地下通路の広間に、集まっていたアーリィーら翡翠騎士団の面々と合流した。


 なお今回渡すのはインナーだけではない。マルカスとサキリスには注文されていた霜竜素材のスケイルアーマーにコバルト金属のプレートを貼った軽鎧を渡す。男性用、女性用とそれぞれ作ったが、もとの素材が同じだから、お揃いな色合いになった。


「う、それは何とも微妙な……」

「おい、どういう意味だ?」


 微妙な顔をするサキリスを、マルカスは睨んだ。


「翡翠騎士団正式ユニフォームだな」


 俺が適当なことを言えば、アーリィーが見ていることもあってか、サキリスもまんざらでもない顔になった。


 スケイルアーマーというと、俺のいた世界では、金属や革などをうろこ状に貼り付けた鎧で、服のように動きやすいのが特徴らしい。スケイルとは鱗のことだが、実際に何かの鱗を使っているわけではなかったりする。


 が、この世界ではドラゴンが存在するためか、そういう意味合いのスケイルアーマーとは別に、竜の素材を使った鎧という解釈がある。そしてここでも、霜竜という最下級とはいえドラゴンの素材を使っているので、ファンタジー的意味合いのスケイルアーマーとなる。


 胴を守る胸甲と肩のアーマーは重厚なコバルト製だが、その他の部分は含めてフロストドラゴンの鱗素材を用いている。コバルトの水色と、白い霜竜の鱗が、爽やかなコントラストを醸し出している。


 これに小手と、膝当てがついているが、サイズ以外は男女ともに同じ。そしてサキリスには以前より指摘していた兜を渡した。コバルト金属製でフェイスガードはないが、霜竜の牙と、グリフォンの羽根を飾りにつかったものとなっている。防御はそこそこ、見た目重視――何か間違っている気がしないでもないが。


「マルカス、悪いが盾と鎚はまだなんだ。済まないな」

「いや、昨日の今日で新しい鎧をもらったんだ。これだけでも充分早いぞ」


 マルカスはそう言ってくれた。


「割と真面目に聞くが、どうやったら一日で新しい鎧ができるんだ?」


 そういう魔術だよ、とだけ答えた。アーリィーが、ちら、と俺を意味ありげに見た。


「いいなぁ、ボクも何か新しい防具とか欲しいなぁ……」


 ちら、ちら、と王子様。


「期待しても、いいのかな……?」


 といいながら、今度は上目づかい。うむ、何か作ってあげないといけないな――俺は、アーリィーには甘いんだ。


 さて、それは後で考えるとして、今日これからの予定を話さなくては。


「それでは、先日、冒険者だというのにまだクエストを受けていないということが発覚したので、今日は何か手頃な依頼を受けようと思う」

「おお、いよいよか!」


 マルカスが力強く拳を握り固めた。うんうん、やる気があって結構。サキリスも期待の表情を浮かべている。


 では、冒険者ギルドへ行こう。



  ・  ・  ・



「新人向け……ですか?」


 冒険者ギルド。受付嬢のトゥルペが、窓口にて首を傾げる。黒猫姿のベルさんは言った。


「ガキどもでもやれるヤツでいい」

「はあ……魔法は使えます? それなら」


 トゥルペは、俺たちにそのクエストを見せた。


「王都守備隊からの依頼なんですけど――」


 なんでもこの王都の地下には古い時代の地下水道があって、そこにはスライムが湧くらしい。


 スライムが雑魚というのは迷信だ。とくに物理耐性が高いので相当の実力者でなければ武器で倒すのは困難というモンスターである。


 とはいえ、以前話したとおり、攻撃魔法が使える魔法使いにとっては、スライムは雑魚だ。


 スライムたちは、放っておくと増殖する。これはネズミなども同じことだが、地下水道のスライムの餌は主にこのネズミだったりする。ネズミもどんどん増えるがスライムがどんどん喰っていくので、この王都でのネズミの害というのはなくはないが、あまり聞かない。


 が、問題はスライムのほうだ。地下にはスライムを喰うような天敵が存在しないので、放っておくと増えすぎたスライムが地上に出てきてしまうのだと言う。


 王都守備隊の依頼というのは、地下にもぐって、スライムを駆除して数を減らすというものだ。


「全滅はさせないのか?」

「あまりに地下水道のエリアが広いので、駆除しきれないんです」


 討伐してもどこかで生き残りが増える。なにぶん薄暗い地下である。過去にも何度か完全制圧を目指したが、全滅させられなかった。


「そもそも、スライムですから、兵士をたくさん出せばいいというものでもないですし」

「確かに。……必要なのは兵士の数ではなく、攻撃魔法が使える奴の数だな」


 そしておそらく、それだけの魔法使いを揃えることは無理ということなのだろう。


「ランク指定はありませんが、攻撃魔法の使える冒険者推奨の依頼です。倒した分だけ報酬が加算させられるので、いくら稼げるかは冒険者次第なのですが……」


 トゥルペは渋い顔をする。


「あまり人気ないんですよね、この依頼。暗いし、スライムは倒しても素材とか残らないですし。報酬はお金だけ。魔力を使うから終わった時の疲労感が半端ないらしいですし」

「なるほどね。でもまあ、いいだろう。受けるよ。ギルドとしてもできれば消化してほしいだろうし」

「助かります」

「うん。ところで、スライムは倒した証拠残らないモンスターだけど、討伐数で報酬が変わるっていうなら、どう判定するんだ? 自己申告?」

「王都守備隊から観測兵が同行して、討伐数をカウントすることになってます」


 見張りがいるということだ。まあ、そうだよね。自己申告なんて許したら、不当に討伐数主張して不正しようという輩が出てもおかしくないし。


 俺とベルさんは顔を見合わせる。


 ――これでいい?

 ――いいんじゃね?


 俺とベルさんは、王都地下水道、スライム討伐依頼を受けた。一階フロアで待っていたメンバーのもとに戻る。


「依頼を受けてきた。翡翠騎士団としての初仕事だ」


 マルカスが頷き、サキリスは期待に胸を膨らませる。アーリィーもわくわくしているようだ。うんうん……。そんな一同を見回して、俺は告げた。


「王都の地下水道へ行く。スライム狩りだ」


 その言葉に、まわりは何とも言えない表情を浮かべた。ベルさんが口もとをニヤつかせた。


「よかったな、お前ら。仕事だぞ」


 明らかにテンションの低いルーキーたち。まあ地下水道のスライム狩りなんて、どう考えても地味だよな。


 ……だがこの時、俺たちはまだ知らなかった。


 王都の地下水道に、とんでもないものが存在していたことに。

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