第269話、休日には工作を
大空洞ダンジョンからの帰り道である。
「ジンさん、翡翠とは何かご存知ですわよね?」
サキリスが常識を確かめるような目を向けられた。……お、おう。
「緑系統の宝石だよな」
アーリィーの目の色と同じ――あ、ひょっとしてこれますます彼女と関係ありそう。
「翡翠は、アーリィー様の宝石。王族は誕生された際、守護宝石が与えられます」
「守護宝石」
そうなのか、と俺が呟けば、マルカスが「あんたでも知らないことがあるんだな」と皮肉ってきた。……君は俺を何だと思ってるんだ?
当のアーリィーは、そわそわしている。自分の守護宝石をパーティー名に、というのが照れくさいのだろうか。
まあ、世間では彼女が冒険者をやっていることは知られていないはずだから、『アーリィー騎士団』とか『王子親衛隊』みたいな露骨な名称じゃないだけマシかもしれない。
「そういうことなら、いいんじゃないか」
俺が言えば、ベルさんは小首をかしげた。
「『ジン・トキトモと愉快な見習いども』」
「『チーム・黒猫』」
「ダセェ」
「あんたが言うな」
俺とベルさんが真顔でふざけていると、サキリスが咳払いした。
「他に意見は?」
「ない」
マルカスが即答した。ユナも小さく頷く。アーリィーは「黒猫……」と少し惹かれたような顔をした。
ないのか。マジで……。俺は正直、気乗りしなかった。
そりゃアーリィーの瞳の色と同じって、尊重したいところはあるが、学生が騎士団を名乗るのはこう……厨二くさいっていうか。人生振り返った時に黒歴史にならなきゃいいけどなぁ。
まあ、俺も妙案があるわけじゃないし、それでやる気が出るなら、まあいいか。
かくて、俺たちのパーティーに『翡翠騎士団』という名前が付いた。まだ自称だけどね。
ただ、マルカスとサキリスが、きちんとアーリィーに関係のあるもので名前をつけようとしたことは素直に感心した。
ウェントゥス兵器のことを明かして、かつこれまで通り面倒を見ているけど、二人が今後、どういう道を取るのかはっきり言葉で聞いていない。行動を見る限りは、前向きに考えているようだから、最悪、ウェントゥスの軍に加わらなかったとしてもアーリィーの味方ではいてくれると思う。
王子様の味方はいくらいても困らない。答えを出すまで、面倒を見てやるよ。これもまた投資ってやつだ。
・ ・ ・
冒険者ギルドで、霜竜や氷狼の戦利品を処分。解体部門のソンブル氏は、久しぶりに大量だね、と例によって淡々とした様子で、査定結果を金額を書いていった。
様子を見ていたサキリスが言った。
「今日手に入れた素材の半分も処分していないようですけれど……残りはどうするつもりですの?」
「ん? ちょっと素材を使って、武器とか作ってみようかと思ってね」
「武器を作る!?」
しっ、と俺は口もとに人差し指を一本立てた。他にも冒険者やギルドの職員がいる前で言わないでくれ。
「ちょっとしたアイデアがあってね。まあ、期待しててくれ」
ふと、ユナとアーリィー、マルカスが掲示板を見ているのに気づく。はて?
「何か面白い依頼でもあったか?」
「お師匠」
ユナが何か言いたげな視線を寄越した。おや、俺、何かやらかしたか?
マルカスがぽりぽりと短く刈り込んだ赤毛をかいた。
「おれたち、まだ依頼を受けていないんだ」
「……? そういえば、そうだったな」
それがどうしたんだ?
「おれたち、フロストドラゴンを倒せる力量がありながら、まだ『Fランク』なんだが?」
あ。
言われて見れば確かに。俺は、もともとランクを気にしない性質だから意識していなかったが、名を上げるにあたって冒険者ランクを上げるのも重要な要素だろう。Fランク冒険者なんて、言い方は悪いが雑魚評価だもんな。
「それは、問題だな……」
まったく考えてなかったよ、正直に言って。
・ ・ ・
翌日は日曜、学校は休みであり、世間様も基本お休みである。
昨日たっぷりダンジョンにこもって、皆もお疲れだろう。完全休養日にあてようと昨日話しあってあるので、フリーである。
俺とベルさんは、メイドさんがいれてくれた朝の紅茶をいただき、軽い朝食でパンケーキをモシャモシャと食べる。
俺の作業部屋こと、魔法工房に行く。のんびりできる休みなので、工作の時間と行こう。
「お前も好きだねぇ」
ベルさんが窓からの日差しが当たる机の上に、スライムクッションを敷いて横になる。くつろいでるねえ、この猫は。
「休日はのんびり過ごすのが正しい生き方さー」
ベルさんはゴロゴロしながら言うのである。一理ある。まあ、俺にとっては作るのは気分転換になるんだけどね。
「最近、大帝国も静かだしな。兵器の生産と開発も、ディアマンテとディーシーがカプリコーンとウェントゥスで進めてくれている」
いざ戦争になったら、こういう時間もなくなるんだろうな。最後の晩餐……とか言ったら不吉だけど、まあそんな感じ。
俺は素材を作業台に並べて、さっそく作業に入った。
形をイメージして合成。魔法の輝きが室内を照らすが、集中している俺は気にしないし、ベルさんは目を閉じてお休み中。
それなりに魔力を使うので疲労する。……休みなのに、疲れるとはこれいかに?
でも気持ちは充実している。工作は楽しい。
そこへアーリィーがやってきた。
「おはようジン!」
「おはよう、アーリィー。もうお昼近いぞ?」
「うん、せっかくの休みを損した感じ!」
アーリィーは元気だ。ベルさんが片目を開けた。
「ゆっくり寝れたんだろ? 損したと思うほうが損だぞ?」
「いや、ベルさん。貴重な休みに何もしないのは贅沢だが、起きた時に休みが残り少ないと感じるから、やっぱり損だと思うぞ?」
俺が言えば、ベルさんは「そうか?」と首をかしげ、目を閉じた。
アーリィーが作業台までやってくる。彼女の後ろについてきたメイドさんが、お茶を淹れると退出した。王子様(お姫様)にとっては朝のお茶となるそれを堪能しながら、アーリィーは聞いた。
「で、ジン。ここにあるのは盾だね?」
銀縁に青色の盾が二枚、作業台に並んでいる。カイトシールド――正確には騎兵用ではないのでヒーターシールドである。
「同じものが二枚。……しかもこれコバルト盾だ」
アーリィーのヒスイ色の瞳が俺を見た。さすがルーガナ領の領主様。
「君が盾を欲しがっていたから、それ用でもある」
「ボクのため? 嬉しいな。でも、これ、ただの盾じゃないよね?」
彼女は手に取ると、盾の裏のバンドに腕を通しながら言った。
「どんな仕掛けがあるのかな?」
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