第268話、コボルト退治と名前付け


 第十三階層、ミスリル鉱山近くで、俺たちはフロストドラゴンの肉を焼いて、遅い昼食を摂っていた。


 秘蔵のドワーフ製の肉タレがついた霜竜の肉は、ピリリと辛く、味をよく引き立てていた。ついでに体の内側からポッと熱くなってくる感じだ。寒々とした空気の十三階層にはありがたい。


 ベルさんとマルカスは男らしく思い切り肉に齧かじりつき、アーリィーやサキリスは小さく齧るときちんと咀嚼そしゃくして、上品に振る舞った。


 ちなみに少し離れた鉱山のまわりでは、ドワーフの一団が、俺たちがおすそ分けした霜竜の肉を喰らって豪快に笑ったり話し合ったりしている。俺たちが食べている肉のタレは、あちらさんからの提供だ。


 このドワーフたちは、大空洞内のミスリル鉱山の話を聞いてやってきた戦闘採掘団なのだそうだ。とうとう、ここにも普通にミスリルを掘りに人が到達したということになる。まあ、もとより俺たちが所有権を主張するものでもないけどね。


 鉱山周りには、ドワーフたちが作ったと思しき簡易な防護柵や落とし穴があり、ところどころに氷狼や白トカゲ、霜竜の死骸があった。何故放置しているかと聞けば、どうせ持って帰れないから魔石や最低限の肉だけとって、そのままにしているらしい。


 ストレージやポータルがないと運べる量には限度がある。彼ら採掘団が運ぶのは当然ながらミスリルなので、それ以外のものは眼中にないということだろう。まあ、しっかり魔石は回収したようだが。


 それはともかく、この鉱山に到着するまでに、俺たちはフロストドラゴンを五頭ほど仕留めていた。二頭はベルさんが、一頭はサキリスとアーリィーの協同戦果。そして残る二頭だが、うち一頭は、アーリィーの牽制、サキリスの拘束系補助魔法で動きを制限したうえでマルカスがトドメを刺した。


 メイスで何度も叩きつけたものの、霜竜の装甲の厚さに苦戦。途中、火属性を付加した剣を使って尻尾を切り落とす一幕があったが、何とか倒した。


 チームワークは悪くなかった。単にメイスの威力不足だっただけだ。剣に切り替えた後、ファイア・エンチャントで斬ったり、サキリスの補助魔法と成長が見られた戦いだったと言える。


 最後の五頭目も、三人で上手く対処して打ち倒した。フロストドラゴン相手に慣れてきたのだろう。動きをよく見ていた。


 さて、フロストドラゴンを倒すという当初の目的は果たしているので、食事の後は帰るだけである。


 鉱山のほうから、ハンマーを打ち付ける音が響きだした。どうやらドワーフたちが休憩を終えて、採掘を再開させたようだ。


 となれば、採掘者の嫌われ者であるコボルトたちが、この音に釣られてやってくる。


「美味いタレをもらったお礼だ。ちょっとコボルトを排除しようか」


 俺が言えば、ベルさんも頷いた。


「食後の運動には、ちょうどいい」

「コボルト?」


 マルカスが首を傾げた。あれ、コボルト知らない?


「小柄な亜人種族だよ」


 ファンタジー界隈では犬顔とされるが、この世界のコボルトは、ゴブリンに似て、元の世界の妖精族的な力を引き継いでいる。


「あいつらは、鉱物をコバルトに変換する力を持っている」


 ルーガナ領では、ディーシーが物質変換した金属を、ガーディアンモンスターであるコボルトにさらに魔法金属に変換させている。


 コボルトの力は大抵の鉱物に適用され、たとえばここにあるようなミスリルをコバルトに変えられると大損だが、逆に鉄や銅などをコバルトに変えられれば元の鉱物より良い代物になる。


 ただ加工が難しいために、ドワーフや上級の魔法鍛冶師を除けば宝の持ち腐れになってしまうというおまけが付くが。……そのドワーフも、ミスリルを上位に見ているからコバルトには見向きもしていなかったけど。


「炭鉱関係者には、コボルトは蛇蝎だかつの如く嫌われている。そういう人たちのために魔獣退治をするのも冒険者の仕事だ」


 タダ働きだから、そこまで付き合う義務はないんだけどね。これも訓練ってやつよ。学生たちは経験を詰める。ドワーフたちの採掘の邪魔をするコボルトの駆除にもなって、一石二鳥だ。



  ・  ・  ・



 コボルトを倒し、いい訓練になったと判断したところで切り上げ、俺たちはドワーフの戦闘採掘団と別れ、大空洞を後にした。


 当初の目的だったフロストドラゴンの討伐も成功に終わった。言うことなし、である。


 そんな帰り道、デゼルトを運転する俺の耳に、後部座席からのサキリスの声が聞こえた。


「わたくしたちのパーティーに、名前をつけませんか?」

「名前……?」


 アーリィーが助手席から振り返りながら小首を傾げれば、サキリスは頷いた。


「はい、アーリィー様。わたくしたちは、いまのところ固有の名前がありません。今後武勲を立てた際に、学生冒険者と言われるのは、何ともしまらないと思いませんか?」


 そうかな、と俺は黒猫ベルさんと顔を見合わせたが、マルカスは顎に手をあて考え込む。


「一理ある。いますぐとは思わないが、いずれ必要になると思う」


 学生冒険者、かっこ悪い。……格好で冒険者をやってるわけではないと思うが。


「確かに上級冒険者ってのは、見栄えのいい格好してる奴もいるからなぁ」


 ベルさんがそんなことを言った。ちら、と俺を見たのは、当てつけだろうか?


「強さは大事ですが、見た目にもこだわるべきですわ」


 サキリスが、さも重要だと言わんばかりに頷いている。それはどうなんだ、とミラーごしにユナを見れば、彼女は黙って生徒たちのやりとりを眺めている。あまり興味なさそうだ。……まあ、いいけどさ、別に。


「それで、言い出したからには、何か案があるかね、サキリス?」


 俺が振れば、サキリスは背もたれから身を乗り出し胸を張った。


翡翠ひすい騎士団、というのはどうかしら?」

「翡翠……」


 すっと、アーリィーが目を俯かせた。何故か頬が赤くなったような……。何で?


「どうして騎士団なんだ? 俺たち、まだ学生で騎士じゃないだろ」

「いずれ騎士になるのですから、大した問題じゃあありませんわ!」


 お前、卒業したら――ああ、そうか。それでも称号としては残るんだっけか。


「……ちょっと待て、大した問題じゃないかこれ」


 マルカスが異を唱えた。


「正規の騎士になっていないのに騎士を名乗るのは、諸先輩方からお叱りを受けるのではないか……」

「魔法騎士学生だと語呂が悪いですから、間を取って騎士としただけですわ。突っ込まれたらそう説明すればよろしい」

「う、確かに、学生というのは響きがよくないな……」


 マルカスが唸る。


「ちなみに何故、翡翠なんだ?」

「は?」


 サキリスはもちろん、マルカスも俺に驚いた目を向けてくる。あ、たぶんこれ、俺が知らないだけで、結構有名な由来っぽい。


『ベルさん、何でか知ってるか?』


 たまらず魔力念話で黒猫に聞いてみるが、当人はぷいとそっぽを向いた。


『オレも知らん』


 となると、ここヴェリラルド王国での話か。ひょっとして、アーリィーが恥ずかしそうにしているのと関係あったりする?

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