第267話、フロストドラゴンを討伐せよ


 霜竜とも言われるフロストドラゴン。


 全長四メートルほど。がっちりした体躯を誇るフロストドラゴンだが、ドラゴン種としては小型の部類に入る。


 胴は太く、青白い鱗は見た目、堅そうではある。が、これも他のドラゴン種と比べたらはるかに劣る。


 大トカゲの延長なんていわれる所以ゆえんではあるが、もちろん昨日今日、武器を持った素人が勝てるほど易しい相手ではなく、また正規の騎士でも腕利きでなければ倒せない、苦戦は必至と言われる程度には強い。


 だからこそ、武名を轟かせるなら、この程度は越えてもらわなくてはならないのだ。


 一番最初に遭遇したフロストドラゴンは、先輩組が相手にするという手筈だ。


 真っ先に出たのは黒騎士のベルさんである。


「いいか、ルーキーども。よおく見ておけよ」


 威嚇いかくの咆哮をあげる霜竜。空気を震わせる怒号に怯むことなく、漆黒の騎士は大剣を手に、ダンっと地面を蹴る。


 フロストドラゴンが首を伸ばし、噛み付く。だが、鉄をも砕く歯は空を切った。

 懐に飛び込んだベルさんは、デスブリンガーを斜めに振り上げる。厚い外皮を刃は切り裂き、その分厚い肉も、首の骨も物ともせずに両断、刎ね飛ばした。


 一撃だった。ボトリと凍った地面に落ちる霜竜の頭。遅れて残された巨体が氷漬けの大地に突っ伏す。


 さすが、ベルさん――じゃねーよ!


「おい、手本にもならないじゃないか!」

「あー……?」


 ベルさんは首をかしげた。


 ルーキーたちのお手本になるように戦ってみせるはずが、一発で終わらせやがって! これでは霜竜がどんな動きをするかとか、どう攻撃してくるかとか参考にもならない。


「首を落とせば一撃だって、手本になっただろう?」

「いや、あんた普通の剣じゃ、一撃で首を落とすなんて難しいだろう!」


 新人たちの技量を考えなさいよ。それに首が落ちれば大抵の生き物は死ぬし。


「奴はブレスを使おうとしたからな。先手必勝という手本になっただろう?」


 絶対嘘だ。フロストドラゴンは氷のブレスを吐くが、今のは噛み付きであって、そこからブレスはない。


 呆然としているアーリィーやマルカスとサキリス。平然としているのはユナだけだった。


 仕方ない。もう次に遭遇する霜竜には、今度こそ手本となるように見せよう。


 ゴーストやスライムを倒して進んだ先でぶつかった二頭目の霜竜は、ベルさんが手加減に手加減を加えて相手をした。


 今度は氷のブレスがどんなものか見せたうえで、フロストドラゴンの尻尾攻撃とその軌道を一回だけだが、新人たちに見せられた。何故一回だけかというと、迫るドラゴンテイルを迎撃がてら、ベルさんが切り落としたからである。


「いや、防ごうとしたら、勝手に斬れたんだよ」


 そう言い訳したベルさん。デスブリンガーの切れ味、恐るべし。……今のは悪い見本だからね。ドラゴンテイルは基本、回避だ。直撃したら盾を持っていても吹っ飛ばされるから。


 とはいえ、尻尾を切り落とすというアイデアは悪くない。防御としてではなく、狙って切り落とせれば、霜竜の攻撃手段を減らすことができるのだ。


 俺とユナがその他雑魚を掃除しながら、三頭目の霜竜を探す。十一階層では遭わなかったので、次の階層へ。


 そしてお待ちかねの、三頭目を発見。倒した氷狼をお食事中だった。口もとを赤い血で染めながら、こちらに気づいたフロストドラゴンは振り向き、敵意を振りまいた。


 かなり気が立っているご様子。向こうもやる気らしく、怒号を発した。


 俺は、前衛の二人を見やる。


「お手本をベルさんが見せたが、もうやれそうか?」

「さあ、それはやってみないとわからんよ」


 マルカスは盾を構え、メイスを握りこんだ。恐怖を捻じ曲げ、顔がやや強張っている。が、その目は敵に立ち向かおうとする勇者のそれだった。


 サキリスは槍にファイア・エンチャントをかけ、臨戦態勢。その綺麗な細首がゴクリと上下した。


「行きますわ!」

「よし。アーリィーは二人を掩護。ベルさん、ユナは手を出さずに周辺警戒。邪魔はさせるなよ」


 全員が頷くと、行動に移った。


 アーリィーはマギアバレットを、霜竜の顔面に放つ。最下級とはいえドラゴンの端くれ。貫通はしなかったが痛かったようで、怒りの咆哮で応じる。


 だが、その口を開けたところに、アーリィーが再度撃ち込んだ。口の中に叩き込まれるという、痛そうな攻撃にさしもの霜竜も、体をよろめかせた。


「素でエグい……」


 思わず俺は自身の口もとに手を当てていた。当たり所が悪いと、致命傷でなくても結構ヤバイ。


「いただきましたわっ!」


 サキリスが槍を手に加速した。エアブーツの加速で瞬時にフロストドラゴンの真正面に肉薄。火属性を付加させた槍をドラゴンの口に突っ込んで、刺した!


「おおぅ……!」


 なんてことを――俺は絶句してしまう。フロストドラゴンがその頭を水平に近いところに傾けていた結果、素晴らしい角度で入った槍はその喉も傷つけ貫いた。……あーあー、ぐりぐりと槍でエグってやるのはやめてさしあげろ――


 酸素を求めて喘ぎながら口から激しく血が流れる。やがてフロストドラゴンが倒れた。


 思いのほか、あっけなかった。荒ぶる息をつきながら肩を上下させているサキリス。一方、攻撃する前に終わってしまったマルカスは、何ともいえない表情でサキリスを見ている。


 やったのか? ――は、やってないフラグなのだが、どうやら本当に倒したようだった。絶命したフロストドラゴンはピクリとも動かない。


「や、やりました! やりましたわっ!」


 サキリスが声を張り上げた。ここだけ見ると、貴族の令嬢らしくない。


 めちゃくちゃ偶然くさい流れでストレートに決まったけど、サキリスが勝機を見逃さず、狙ったというなら実力と言ってもいいだろう。


 アーリィーが上手く、フロストドラゴンの口の下に当てて、霜竜の顔が跳ね上がらなかったのも大きい。いや、それがなければ、こうもスムーズにはいかなかっただろう。


 狙ってやったのであれば、二人ともお手柄だ。……ちょっと偶然歯車が合ってしまった感が否めないので、この一回だけでは判断がつかないが。


「サキリス、よく踏み込んだ。アーリィーも狙いどころがよかった。ナイスアシストだ。……マルカスもお疲れ」


 三人を労いつつ、俺はにこりと笑みを貼り付けた。


「じゃあ、こいつを解体したら、もう二、三、倒してみようか」


 苦戦の末に倒すようなら、一頭終わったら引き上げることも視野に入れたが、皆、まだまだ余裕そうだ。


 一頭だけで終わらせるとも、言わなかったわけだし。

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