第266話、白トカゲの教訓
第十一階層。ジャングルエリアを抜けてしばらく、急な冷え込みを感じれば、もうそこは氷結エリア。
ベルさんとブラオを除く面々に、冷気から体を守るウォーマーの魔法薬を渡して、それを飲む。
「寒々しい景色ですこと」
サキリスは呟く。むき出しの岩肌と氷。広々とした空洞内。左右に峡谷のような壁がある。ウォーマーで身体は温まっているが、吐く息は白く、肌寒さを感じずにはいられない。
「そういえば、ひとつ失念していたことがある」
俺は一同を見回した。
「十三階層のミスリル鉱山あたりに、フロストドラゴンが出ると言ったな? あれは間違いだった」
実は、フロストドラゴンは氷結エリアに生息しているので、十三階層まで行く必要はなかったりする。
「運がよければ、この階層で遭遇する……」
悪ければ十三階層まで行くことになるかもしれないが。
何故、忘れていたかと言えば……ミスリル鉱山直行のポータルで行き来していたからだ。
「まあ、そんなわけで、十三階層を目指しつつ、道中の魔獣やフロストドラゴンを倒す」
一応、新人たちの力で霜竜を倒す、というのを目的として掲げている。とはいえ、いきなり、さあ行ってこいというのも酷な話なので、最初に出くわした個体は、俺たち先輩組が相手をすることとした。よく見て、自分たちならどう戦うか考えるように。
試験ではないが、アーリィー、サキリス、マルカスの三人で霜竜一体を討伐できれば、目的クリアとする。
俺たちは氷結エリアへ足を踏み出す。
しかし、ここに生息するのは、霜竜だけではない。というより、他の魔獣のほうが圧倒的に多い。
氷柱の陰から、ひたひたと近づいてきたのはホワイトリザード。馬鹿でかいトカゲで、大きさはワニくらい。肌は雪のように白いのが特徴だ。身をくねらせ走ってくるさまは、どこか蛇のそれに近い。肉食性で、獲物が範囲内に入ると襲ってくる。
「本番前の準備運動といこうか。マルカス、サキリス。お前たちでコイツを仕留めろ!」
前衛の二人に告げれば、二人は前に出て、向かってくる白トカゲを迎え撃つ。
「マルカス、貴方は右へ、わたくしは左に回りこみますわ!」
「わかった。どちらかが注意を引いたら、もう片方が奴の側面を突く!」
互いに手早くやりとりし、戦闘に持ち込む。アーリィーはマギアバレットを構え、掩護できるように様子を見ている。
左右に分かれるマルカスとサキリス。ホワイトリザードは、サキリスのほうに注目し、頭を向けた。サキリスは槍を構え、その長いリーチでトカゲを牽制。マルカスはその隙に回り込み、肉薄した。
「喰らえぇっ!」
メイスを振り上げ、ホワイトリザードの横腹に一撃を見舞う。ギィエェ、と悲鳴をあげて仰け反る白トカゲ。血が出たようだが、多少よろめいた程度で、すぐに立て直す。
「思ったより堅いな!」
「せいっ!」
トカゲの頭がマルカスを見た隙を見逃さず、サキリスの槍が繰り出される。ホワイトリザードの頭に穂先が刺さるのだが、サキリスは表情を歪めた。
「堅いっ……! 抜いてない!」
手ごたえからして浅かったようだ。すぐに穂先が抜ける。ホワイトリザードの出血量も大したことがない。
「我は乞う。我が刃に雷神の力を!」
ばちっ、と槍の穂先に紫電が弾けた。雷属性をエンチャント。再度のアタック。
ホワイトリザードがビリリ、と痺れたように見えたが、それも一瞬だった。麻痺らせるにはちょっと威力が足りなかったか。
とはいえ、二人がかりで掛かったので、やがてホワイトリザードは力尽きた。倒せたことは倒せたが……。
連係は悪くない。が、ホワイトリザードごときに手間取り過ぎな感は否めない。フロストドラゴンはこの白トカゲの強化版みたいな魔獣なので不安が残る。
「白トカゲですらこれだ。フロストドラゴンはそれ以上だぞ」
ベルさんが微妙な調子で言った。
まあ、本番前のいい教訓にはなっただろう。……なってくれよ、ほんと。
道中、スライムが出たり、吸血コウモリが襲ってきたりしたが、単独で出てくるうちは雑魚だ。ただコウモリの突然のダイブアタックは心臓に悪いので油断は禁物である。
そして面倒というのは起きるもので、アイスウルフの群れが襲ってきた。
「お前らは守りを固めろ。ベルさん、前の集団を任せる! 俺は後ろを相手する!」
他はフロストドラゴン戦のために温存させる。
魔法で応戦しようとも思ったが、突っ込んでくる氷狼は足が速いので、すぐに包囲されてしまうだろう。四方八方から来られると面倒だ。であるならば連中を引き寄せるべく前に出る。連中は集団から離れた個体から狙う習性があるからな。
「ちょっと個人的に暴れたい気分なんでね。付き合ってもらうぞ」
見ているだけってのも中々フラストレーションが溜まるってもんだ。向かってくる氷狼たちには、八つ当たりさせてもらう!
古代樹の杖を収納。俺は後ろに回りこんだ氷狼集団に突っ込む。単独の俺に、狼たちは囲むように迫ると一斉に――いや、正確には少しずつ攻撃のタイミングをずらして飛びかかってきた。
魔力を手にまとう。創造するは見えない刃物インビジブル・ブレイド。飛び掛ってきたアイスウルフの噛み付き突進をかわしながら、すれ違いざまに魔力の刃を振るう! 薙なぐ! 突き上げる!
血しぶきが舞う。ひらりひらりと避けながら、積み上げられるは氷狼の屍。死の舞踏へようこそ!
後ろの集団は瞬く間に全滅した。俺が視線を転じれば、ベルさんも前の集団を片付けたところだった。
「ジン……」
アーリィーがそのヒスイ色を見開き、俺を見つめる。……ちょっと怖がらせてしまったかな。俺の外套代わりのマントに氷狼の返り血がついている。勢いで飛び出したのを少しながら反省。
マルカスは苦笑した。
「いやはや、何と言うか……」
言葉にならないようだった。呆れられたかもしれない。俺は笑みを貼り付ける。
「まあ、時々ね。無性に暴れたくなることもあるのさ」
「凄い、ですわ……!」
サキリスは素直に感動していた。
「まさに、舞いを観ているようでした! 剣の舞い、というのがあると聞いたことがありますが、今のがまさにそれですわね!」
そんな風に見えたのなら、そうなのかもしれない。別にそういう剣舞の訓練は受けたことないけど。
「お師匠」
ユナが布切れを差し出した。返り血が顔についてますよ、と言うので、拭っておく。
「ちなみに武器はなかったようですが、どうやったんですか?」
早速、質問が飛んできた。傍目はためからは素手なのに刃物で斬ったように狼の血が舞ったように見えたのだろう。魔力を刃にして斬ったと言えば、ユナばかりではなくマルカスも興味を示した。
小休止がてら、休息をとる。その間、スクワイアのブラオに氷狼の解体をやらせた。アーリィーは神妙な様子だったが、俺の隣で言った。
「あなたはやっぱり強いよ」
男装のお姫様は自嘲気味に呟いた。
「まだまだ追いつける気がしないな。頑張ってるつもりなんだけど……。どうやったらそんなに強くなれるのかな……」
「練習、実戦。……まあ、進み続ければいいんじゃないかな」
少なくとも歩き続ければ、前に進める。強くなりたい、なろう、と続けていれば、昨日の自分、今の自分よりは強くなれる。……個人差はあるのは否定しないがね。
休憩の後、再び俺たちは奥へと進んだ。
そしていよいよお待ちかね、フロストドラゴンが狼の血の臭いに引かれたか、姿を現した。
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