第265話、第十階層を抜けて


 ジャングルの動植物は牙を剥く。冒険者たちにとって、このエリアは難所のひとつとしている。


 昔、どこぞのバカがこのエリアの植物を焼き払おうとしたことがあったらしい。結局のところ、自分が酸欠になって倒れたという笑い話がある。


 ただ、この話には続きがあって、人間という種族が火を使うことがこのエリアに生息する動植物全体に認知されてしまったと言う。その結果、これまで人間を避けていた動物でさえ、襲い掛かってくるようになった。


 要するに、自分たちの住処を守るために、人間は見つけ次第排除すべし、という共通認識をここの生き物たちに植え付けてしまったらしい。……嘘か本当かは知らないが、そんな噂話をギルドで聞いたことがある。


「そんな馬鹿な……って思うところだが――」


 マルカスは盾を構えて、飛来する石つぶてを防ぐ。


「こんな状況だと、それも本当かも、って思うな!」


 シーフモンキー――白い毛並の人間サイズの猿のモンスターが集団で、遠くから石を投げつけてくる。マルカスが前に出て、ブラオが両肩の盾を前に突き出して、アーリィーを守っている。


 ユナは防御魔法を展開していて、俺はというと……サキリスを指導中。


「ようし……そのまま……ロープを想像しろ。それで体を締め上げるイメージだ。……それ!」


 シーフモンキーの一匹が地面から伸びた蔦に絡まり、その場に倒れた。周囲の猿どもがギョッと驚いたが、もはや手遅れ。


 ――サンダーバインド!


 俺が追加で魔法を使えば、電撃が走りシーフモンキーたちをその場で感電させた。


「ベルさん!」

「おうよっ!」


 動きの止まった猿の集団に猛烈な勢いで暗黒騎士が向かい、次々に斬撃。赤い血を周囲に飛び散らせた。


 俺は、傍らで息を整えているサキリスの肩を叩いた。


「できたじゃないか、バインド」

「例えが卑猥ですわ、ジンさん」


 サキリスは何故か顔を赤らめて、睨んでくる。


「体を縛り上げる、なんて……」

「締め上げる、とは言ったが、縛るなんて一言も言ってないぞ?」


 この脳みそピンク娘め。


 サキリスに拘束系の魔法を使わせてみて、上手くやったのもつかの間、せっかくの褒める気持ちも半減だ。大方、自分が縄で縛られているイメージでも加えたんじゃないだろうか。イメージは魔法にとって重要な要素とはいえ……うん、これ以上はやめておこう。


 俺がマルカスに、ベルさんのところに行くよう指示を出す。彼は素早く、シーフモンキーの死体のほうへ駆けていった。ダンジョンに入る回数を重ねるごとに、彼の装備が順に軽くなってきていた。


 初回は全身これ金属の塊といった重装備だったのだが、いまでは兜と胴の鎧、小手、膝当て、盾とシンプルになっている。二の腕や太もも、腰まわりがすっきりしているので相当重量が節約されているのだ。


 アーリィーが、盾で守ってくれたブラオの頭を撫でつつ、俺を見た。


「そういえば、あの猿、どうしてシーフモンキーっていうのかな?」

「手癖が悪いからですよ、アーリィー様」


 答えたのはユナだった。


「手に収まるような小物を集める趣味、いえ習性があるようです。それらを自らの住処に持ち帰ることが知られています。よく人間が落とした小物やらお金を拾い、死体から取ることもあります」

「何のために?」

「自らの住処を飾り立てている、という説が濃厚です。ただ雄が雌に贈り物をするという習性があるのが知られているので、それもあるかと」

「へえ……」


 勉強になるな、という顔をするアーリィー。


 何ともロマンチックな言い方をしたユナだが、俺の聞いた話だと、贈り物をするのは生殖行為をする前らしい。つまり――


『ヤらせてください、お願いします――ってか!』


 ガハハ、とベルさんが酒場でそんな話をしていたのを思い出す。


 猿たちからは特に取るものもなく、俺たちは移動を再開した。死体が血の臭いを振りまいているので、早々に離れないと他の魔獣が寄ってくる。


 途中、背中に赤い斑点を持つ毒蜘蛛のブラッドスパイダーに出くわしたり、キラーアントの大集団移動を浮遊で迂回したりしながら進んだ。


 そして、あともう少しで第十階層を抜ける、といったところで、キラービーの集団に襲われた。いや、正確には亜種だ。大きさは5、60センチほどだが、その毒針が槍のように太く、刺されたら貫通間違いなしだ。


「よりによって、こいつらか……」


 俺とユナは、打ち合わせするまでもなく、全員に光の障壁を張った。コウモリどもと違って、殺傷力の高い得物を持つ連中がダース単位で飛んでくれば、もう魔法で何とかするしか生き延びられないだろう。一方向しか構えられない盾では、四方八方から飛んでくる奴らにやられるのがオチだ。


 ディチーナで購入した虫除けを、連中の後続が飛んでくる方向に投げつける。瓶は割れ、中の液体が周囲に飛び散ったが、こちらにもわずかに刺すような臭いがきたので、風の魔法で操作する。


 何匹かキラービーが離脱したものの、まだ二十程度が俺たちのまわりを飛んでいた。ただ虫除けの効果か、それ以上の増援は来なかった。すでに何匹かがこちらに自慢の槍を刺そうと突っ込んできていたが、障壁に弾かれ、ブンブンと攻撃の機会を窺っている。


 一度刺したら死ぬとかだったら、このまま連中が自滅するのを待つのも手なのだが……。


 耳障りな羽音が無言の重圧を与えているのか、マルカス、サキリスの顔が強張っている。アーリィーはマギアバレットに持ち替えて、慎重に狙いを定めると一匹ずつ撃ち落していく。プレッシャーが圧し掛かる中、障壁を信じて撃つアーリィー。真剣な面持ちの彼女を応援したくなるが、見てる暇があったら俺も手伝わないとな。


 ベルさん、マルカス、サキリスも正面から向かってくるキラービーを斬ったり、刺して落としていく。それ以外の方向から来る殺人ハチは障壁が守っているとはいえ、ぶち当たられるとやはりビクりとしてしまうもので。


「ユナ、魔力誘導のファイアボールは覚えているか?」

「……! はい、お師匠」

「それをやってみようか。幾つ飛ばせる?」

「最大六つ……なのですが、動きが速い相手なので、その半分くらい捕まえられれば上出来かと」


 よしよし、きちんとあの後、練習をしていたらしい。結構結構。


「では、それを使って、ハチどもを落としてみろ。障壁の制御は俺が引き受ける。……間違っても、周囲の草を燃やさないようにな」

「やってみます!」


 ユナは蹂躙者の杖を掲げる。念じるような仕草――おそらく魔力の糸を伸ばし、飛行するキラービーにつけているのだろう。


 次の瞬間、ユナはファイアボールの魔法を放った。飛翔する火の玉は、意思を持っているようにキラービーを追尾すると、一瞬で標的を消し炭に変えた。……マルカスのファイアボールとは威力が段違いだな。さすがAランク冒険者。


 やがて、キラービーの集団は殲滅された。薬の効果か、やはり増援はこなかった。


 ユナが消し炭に変えてしまった分は別として、他の皆が撃ち落したキラービーの死体を解体。キラービーはいちおうミツバチの仲間なので、蜂蜜を少々手に入れた。他に小さな魔石と、尾の先の槍のような針も採れるだけ集めた。


 さて、次はいよいよ、氷結エリアである。

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