第264話、ジャングルエリア


「ご無沙汰なのはいただけないと思うのよ、ジン君」


 薬屋ディチーナの女店主、エリサ・ファンネージュは、俺に言うのだった。


 ダンジョン大空洞、その第十階層、通称『ジャングル』エリアに行くために、その準備として訪れたわけだが……。


「今はダメだぞ。これからダンジョンに潜るんだ」

「ダンジョンって言っても、大空洞でしょ? あなたなら楽勝でしょう、英雄さん」


 その呼び方はドキリとするからやめてくれ、と思うのだが、苦い笑いだけ浮かべておく。


 別に英雄時代を知っているわけではない。だがここ最近の王都防衛戦だったり古代竜討伐の話だったりで、エリサは俺の働きをよくご存知だった。そういうことだ。


「虫除け。あと、ウォーマーをくれ」

「あら、氷結エリアも行くのね? ミスリルでも掘るのかしら」


 商品を取りに行くエリサ。魔女ドレスを着ている彼女だが、その長い緑髪もまた美しい。それだけで若い男を釣れるぞ、っと。……だが魔女という肩書きにびびって一般の連中は寄り付かないというジレンマ。


「ジャングル行くなら、マンドレイクとか希少な植物採ってきてくれないかしら? そうしてくれたらサービスしてあげちゃう」

「あまり寄り道せずに通過したいってのが本音なんだけどね」

「じゃあ、どうして虫除けを買うのかしら? あなた一人ならいらないでしょう?」


 エリサは虫除けの薬が入っていると思われる瓶を手に、俺のもとへと戻ってくる。


「お願いよ? それで、これ新型の駆除剤ね。昆虫系の魔物をまとめてやっつけちゃう凄いやつよ」

「人体には影響ない?」

「ちょっとニオイがキツイわ。安全を考えるなら離れるのをオススメする」

「おや、君みたいだな」

「失礼しちゃうわ」


 口を尖らせるエリサ。いい匂いでしょう、あたしは――と彼女はのたまった。独特の香水のニオイが漂う。


「自分に振り掛けるタイプの虫除けはないか?」

「いくつかあるけど……虫はこないけど、代わりに植物系や他の魔物が引き寄せられるらしいわ。それでもいい?」

「なんで他のが寄ってくるんだ?」

「植物系の魔物は、自分以上に臭うモノを嫌うのよ」


 縄張りを荒らされているという解釈でもするのだろうかね。花だって臭いで他の動物を引き寄せる。それ以上に臭われたら、商売上がったりというやつだ。……だからといって、植物が寄ってくるとか、俺のいた世界だったら異常だけど。 


「まあ、いいか。……新人連れてるから、あまり採集はできないが善処しよう」

「あら、新人教育なんかしてるの? あなたも出世したものね」


 寒さ対策のウォーマーの薬の入った瓶をとりつつ、『何本欲しいの?』と仕草で聞いてくる。俺は指で10本と答える。


「ギルドは関係ないよ。学生とパーティー組んでるんだ」

「まあ、物好きね。学生たちに希少な植物の種や魔法薬の効果についてもレクチャーしてあげたら?」

「そのうちな」


 支払いを済ませて商品を受け取ると、薬屋ディチーナを後にした。



  ・  ・  ・



 デゼルトに乗ってダンジョン『大空洞』へ移動。俺は運転するが、他のメンバーは車内後部にいた。兵員待機室というべきか、広々とした後部でユナが、本日突破予定の第十階層の説明をアーリィーら生徒たちに行っていた。


 プラントローパー、マンイーター、トレントといった植物系のほか、キラービー、ジャイアントセンチピード、キラーアント、ブラッドスパイダー、クロウラー、ゴブリンにオーガ、シーフモンキーにウォーリアコング――などなど列挙していったら、後ろで多いと抗議が上がったが、まあ、これについては仕方がない。出てくるのだから。


 傾向と対策を知ることは重要である。


 ジャングルエリアは基本通過するだけ、とユナは強調した。今回は目的の十三階層までを目指す。氷結エリアになるので気温が急激に下がるという注意点は昨日のうちに済ませてあるので、全員が露出の少ないインナーを着込んでいた。


 それだけだと少々寒いが、対冷気用のウォーマーを調達しているので、少なくとも今回は問題ない。


 魔法車で走るより若干時間がかかったが、デゼルトは大空洞へ到着した。装備や忘れ物がないか確認。降車後、装甲車は大ストレージに収容して、ダンジョン内へ。


 今回は俺とユナの魔法支援をガンガン使って、第十階層まで進む。ベルさんも黒騎士形態。スクワイア・ゴーレムのブラオも両肩に、俺の用意した盾をそれぞれ装備してついてくる。


 第九階層の迷路も最短ルートで突破。


 いよいよ、鬱蒼うっそうと草の生い茂る第十階層、ジャングルエリアに足を踏み入れた。


 洞窟の中だというのに、ジャングルに似た景色。フロア全体が広いせいで、そこにそのまま森があるというべきか。日の光が届かない場所に普通の植物が生い茂るというのは考えられないことであるが、あるものはしょうがない。


 大自然の神秘……と片付けるのはちょっと無理があるな、やっぱり。神様の悪戯、あるいはその昔、どこぞの魔法使いの実験の末に異常進化した植物とか。……はたまた大昔に滅びた文明の技術が加えられた植物の末裔かも。太陽の光がなくても育つ植物、ってな。


 なお、ところどころに発光する植物や虫、魔水晶が光源を提供しているため、薄暗いものの完全な闇の中、というわけではない。……本音を言えば、もう少し明かりが欲しいところではあるが。


 ベルさんを先頭に、マルカス、サキリス、アーリィー、ブラオ、ユナという順で、俺は最後尾につく。


 黒騎士ベルさんは、ずんずんと先を行く。マンイーターが暗がりの中、右側面から伸びてきたが、デスブリンガーの一閃で食人植物を真横に切り裂いた。


 しばらく進んで今度は左から来た敵に対して、ベルさんは左腕を突き出し、魔力でマンイーターの首のような茎を引きちぎる。足元に転がり、口をパクパクさせて動くその植物をもうベルさんは見ていなかった。


「マルカス、そいつを潰しておけ」


 ベルさんが投げやりに命令すれば、後続のマルカスがメイスでマンイーターにトドメを刺した。ぶじゅり、と潰れて緑の体液が小さく飛んだ。


「うげぇ……」


 さて、ここも最短で通り抜けたいが、はたしてどれだけの魔物と遭遇することになるのやら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る