第261話、お嬢様たち


 ディグラートル大帝国は、東にある連合国目指して東進している。


 魔人機や空中艦隊は、中世レベルの軍隊が敵う相手ではなく、これまで取り戻した領土を再び奪回しつつ、突き進んでいた。


 大帝国を追い詰め、勝利の一歩手前のところで、俺を切り捨てた連合国は、大帝国の機械兵器軍による猛反撃を受けて、坂から転がり落ちるが如く敗戦を繰り返している。


 ……俺に、連合国を助ける義理はない。たっぷり貸した恩を仇で返された形だからね。俺もそこまで聖人じゃない。


 とはいえ、国はどうでもいいけど、親しくした仲間や戦友はいて、彼、彼女のことは気になってはいる。


 だから姿形の杖ことスフェラのシェイプシフターたちを使い、諜報活動をさせていた。そして時々、大帝国と連合国の戦争から遠く離れたヴェリラルド王国に、戦況推移やスパイ活動の報告がくるわけだ。


「――リアナに、リーレ……橿原かしはらもうまく離脱できそうだな」


 先日のヨウ君同様、異世界からこちらの世界に召喚された知り合い、友人たちがいる。直接、連合国側で傭兵として参加していた者もいれば、戦争とはあまり関わらず、元の世界へ帰る方法を探している者もいる。


 ただ、共通しているのは、召喚された原因がディグラートル大帝国にあり、それと接触することは避ける傾向にある。


 あいつらは、異世界人を武器とか素材にしようとする人でなしだからな。避けて正解さ。


 俺たちが連合国と大帝国との戦争から一抜けした後、シェイプシフターたちは、ここ2年において知り合った異世界人たちの動向を調べ、必要なら連合国からの離脱とその支援をさせていた。


 今のところは、それ以上は必要ないだろうと思う。絶体絶命の状況なら、完成している空母に艦載機を積んで駆けつけるんだけど。


 平穏なる日常は最高だ。


 魔法騎士学校でやっている学生という身分は、少々面倒ではあるが、アーリィーと学校生活を送るのは、そう悪いものでもない。


 彼女は、来たるべき戦争に備えて、勉学や訓練に熱心に取り組んでいる。マルカスとサキリスもまた同様だ。ウェントゥス地下基地での軍備を見て、実戦に向けてより鍛練を積みに俺のもとを訪れた。


 マルカスは自分の技量向上に熱心で、よく相手をしてやるのだが、サキリスが……悪くはないんだが、少しね……。


 昼間は真面目なんだ。相変わらず高飛車というか周囲に高圧的なんだが、それも最近ではずいぶんとソフトだ。が、夜も近くなると、別の意味でのお誘いが来ることもしばしば。


 別に性的なことはしていない。アイツは、露出癖があってドMなだけでな。


 ただ、アーリィーがいる前でじゃれつかれると、少し視線が気になりつつあった。


 実質、俺とアーリィーは恋人も同然だが、公の立場から恋人とは言えず、愛人的な密かな付き合いだ。当然ながら、俺が他に恋人を作ろうが問題はないと、アーリィー自身も認めている。……認めてはいるんだけど、複雑だろうね。本音を言えばさ。



  ・  ・  ・



 午後のお茶会部の部長エクリーンは、部室の外、校庭を見渡せるテラス席にいた。


 実家から取り寄せたフラゴの茶葉から作った紅茶の香りを堪能しつつ、静かに口をつける。甘い。とても甘いわ――エクリーンはソーサーにカップを置いた。


「それで、今日は部活に顔を出したようだけれど、サキリスさん。よかったのかしら?」

「……何がです?」


 向かいの席に座るサキリスは、優雅に紅茶を愉しみながら問うた。


「最近はアーリィー殿下やジンさんと一緒に鍛錬に励んでらしたでしょう?」

「部活をおろそかにしていたのは申し訳ありません、部長――」

「別にそれを咎めているわけではないのよ。我が午後のお茶会部は、ただお茶を飲んでお菓子を食べるだけの部活ですもの。そんなことよりもよ。……貴女、ジンさんのこと、好きなんでしょう?」

「ぶっ……!」


 思わず噴き出しそうになり、何とかこらえるサキリス。いけないいけない。優雅なる紅茶部副部長にあるまじき失態を演じるところであった。


「ぶ、部長、いきなり、何をおっしゃいますの――?」

「サキリスさん、淑女は大きな声を出さないものよ」


 周囲の視線を他所に、エクリーンはどこまでも穏やかだった。


「貴女とは幼馴染みで、ご近所さんでしたでしょう? だからこそ言わせてもらうのだけれど、貴女は自分の将来に彼を含めて考えているの?」

「将来……」


 その言葉に、サキリスはそっと視線をカップへと落とした。


「そうですね。ジンさんとは仲良くさせていただいていますが、将来をと言われると……」

「……婚約者がいますものね、貴女」

「婚約者と言っても、親の決めたことですし。わたくしは、あの方のことを好いてはいません」


 二、三回顔をあわせただけで、手も繋いだこともない相手である。繰り返すが、親が勝手に決めたことであり、サキリスは何も言っていない。


 だが、貴族令嬢という身分からすると、そういうことは珍しくないことでもある。


「良い方ではあるのよ。貴女の婚約者。穏やかで、優しい人」

「ええ、優しい人です。けれど、わたくしには少々物足りませんわ」

「だから、ジン君でその不満を埋めている、と?」

「正直に言えば、好みですわ」


 サキリスは微笑んだ。


「剣に優れ、魔法にも通じている」

「貴女を負かした殿方ですものね」

「わたくしの理想とする騎士の要素を持っている。それに相性も……悪くありませんわ」

「最後のは聞かなかったことにするわ」


 エクリーンは目を伏せた。何の相性かは、察したのだ。それなりに付き合いが深い。サキリスは視線を校庭へと向けた。


「本心を言えば、わたくしはジンさんとお付き合いしたいですし、すべてを捧げてもいいとも思っていますわ。彼は素敵ですけれど、身分の差は如何ともし難い……」

「私たち、貴族の女に自由な恋愛などありませんわ」

「ええ、そのとおりですわエクリーン部長。家が、彼との仲を認めてはくださらないでしょうし、それにわたくしが決めたことではないとはいえ、婚約者がおりますし」

「いけない人。婚約者がいる身ながら、他の殿方とお付き合いしているなんて」


 そう言いながらも、エクリーンは別段咎める様子はない。サキリスは自嘲した。


「貴族の家に秘め事は付き物ですわ」


 いっそ、さらってくれないかしら――ポツリと、サキリスは呟くのだった。

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