第258話、遠征軍 VS オーク軍
天候は晴れ。どこまでも清々しいまでの青空が広がっていた。
オーク軍、およそ500が迫りつつあった。王国軍遠征隊は戦闘隊形を形成し、待ち構えた。
アーリィーは白馬にまたがり、鎧に身を固めたその姿は、一端の王子様に見える。俺は彼女のそばにいて、戦場を
先に動いたのはオーク軍だった。
連中はどうやら腹をすかせているようで、戦術もへったくれもなく、全軍で真正面から突撃してきた。
数の上では、オーク軍が優勢。こちらは荷物運びを含めて440程度。始めは500はいたのに、相次いだ脱走者のせいで、これでも同数近くにならなかった。
トータルの兵の質で不利ではあるが、ヴォードら腕利き冒険者が加わったことで、その差は埋まるどころか若干こちらが上回っている感があった。
そして、何より『俺』がここにいる。
「ジン?」
アーリィーが馬上から俺に声をかけてくる。
「問題ない。では手はずどおりに先制攻撃をかける」
敵集団をかき回して、その勢いと統制を奪う。俺たちはオーク軍と交戦状態に入る。
風よ、舞え。渦を巻いて切り裂け――トルネード!
押し寄せるオーク軍、その横合いから、突如として風が渦を巻くように吹き上がり、砂埃を舞い上げた。
はじめはただの風だったものが、砂埃によって形として見え始める。十秒と経たず回転する竜巻となると、斜め前からオーク軍に切り込んでいった。
回避する間もなく、風に巻かれて高速回転する渦に身体を持ち上げられる。オークやゴブリンらは為すすべなく地面から飛ばされ、手にした武器や防具を放してしまう。同時にそれらが渦と共に回転することで他の兵らに当たり、または斬りつける二次被害を発生させた。
竜巻に飛ばされ、地面にたたきつけられて絶命する者。重傷を負う者。比較的軽傷で済んだ者も、高速回転によって三半規管をやられ、立つこともままならない。
魔法による先制は、オーク軍全体の6分の1ほどに直接被害を与え、全体の半数以上が竜巻から逃れるためにバラけ、隊列を乱した。魔法に気づかず、あるいは突進を継続したのはおよそ5、60程度だった。
「ユナ、ヴィスタ。勢いのある敵前衛に投射攻撃!」
俺が指示を出せば、ユナは蹂躙者の杖を掲げ、呪文の詠唱を開始。ヴィスタは魔法弓ギル・ク改を構え、魔法の矢を放った。空中で分裂した稲妻の矢が、オーク軍のいまだ突進をやめない連中に襲い掛かった。その一射で5人が倒れ、続く第二射でさらに6人が倒れた。
ユナも魔法を放つ。電撃魔法だ。だが驚いたのは、その魔法はヴィスタの電撃矢と同様、空中で分裂してオークやゴブリンどもを串刺しにしたことだ。
ほう。あんな魔法が使えたのか。俺がユナを見やれば、魔法科教官はそのたっぷりある胸を張った。
「ヴィスタの魔法矢と、お師匠の魔法を参考に作ってみました」
表情に乏しい彼女にしては、少々ドヤ顔っぽく見えたのは気のせいではないだろう。よくやった、と褒めておく。
竜巻の影響も気にせず突撃を続けていた前衛は、ヴィスタとユナの攻撃で戦力半減、勢いが緩くなる。
もう一押し、だな。俺は魔力念話を飛ばし、魔力通信機に呼びかけた。
『リンクス、一斉射。撃て!』
風切り音が響き、オーク軍に複数の爆発が起きた。遠方に待機させていたウェントゥス兵器群、リンクス戦車の80ミリカノンの砲撃だ。
その攻撃は、オーク軍の勢いを完全に奪った。
「アーリィー」
俺が合図すれば、我らが王子様は剣を抜き、オーク軍を指し示した。
「敵は完全に浮き足立っている! 突撃っ! 突き崩せッ!」
『おおおおっ!』
兵たちが咆哮を上げる。素人の目でもオーク軍が一時的とはいえ戦える状態ではないのはわかった。いま攻めれば勝てる! 兵たちにもそれがわかったのだ。
ヴォードや冒険者たちが武器を手に駆け出せば、遅れてなるものかと兵たちも駆け出した。オーク軍の陣形はバラバラで、しかも勢いが完全に死んだ今、突撃をかけてきた王国軍を迎え撃つのは不可能だった。
冒険者たちが切り込み、兵たちが雪崩れ込めば、もはやオーク兵たちは各個撃破されていくのみだった。
結果、最初の竜巻の発生から20分と経たず、オーク軍は壊滅した。王国軍の戦死者はわずか10名ほどで、まさに一方的な戦闘だった。
オリビア近衛隊長は、完勝であると報告した。
「おめでとうございます、アーリィー様」
「ありがとう。……ジンや、皆のおかげだよ」
アーリィーから感謝をもらい、俺は頷く。先に夜襲で敵を減らしていた分、楽ができた。リンクス戦車隊も待機させたけど、初撃を放った程度で済んだ。
兵たちも勝利に気分がよさそうなので、ひとまず安心かな。
・ ・ ・
オーク軍を破ったアーリィー率いる王国軍第二次遠征隊は、当初の目的どおり、地下都市ダンジョンへ向かった。
砂の平原の巨大ワームは、俺たちが排除したから当然ながら現れず、何の障害もなくダンジョンに到達。
地下都市にしても、俺とベルさんが予め掃除した後だったから留守にしている間に入ってきた魔獣やゴブリン、オークが十数体いる程度で、制圧はスムーズだった。
石の町、廃城、オーク軍の採掘場などを制圧し、少々の戦利品を回収。その後、遠征隊は王都への帰途についた。
帰還した遠征隊は王都住民から熱烈なる歓迎を受けた。これには先にポータルで戻ったヴォード氏ら冒険者、ギルドのラスィアさんに頼んで、遠征隊の華々しい勝利を喧伝してもらった影響も少なくないだろう。
アーリィー王子と勇敢なる兵たちは、オーク軍を撃破。英雄たちの帰還に王都は沸き、王子の死を願っていたエマン王は大いにがっかりしたに違いない。
それでも勝利を勝ち取ってきたアーリィーを前にしては、本心を別にしてお褒めの言葉を口にするしかないだろうね。
・ ・ ・
王城で、アーリィーが父王に報告する様を、俺とベルさんは密かに見ていた。王が何ともいえない複雑な表情を浮かべているのを覗き見しながら、笑い出したい衝動をこらえるのに苦労した。ざまあみろ、である。
その後は何事もなく、アーリィーは無事に魔法騎士学校の青獅子寮に戻ることができた。
……そうそう、遠征隊の参加した騎士や兵たちはアーリィー参加のもと、祝勝会で大いに酒を飲み、ご馳走にありついた。約束の報酬というやつだ。
裏で手配した俺に請求書がきて、がっつりお金を持っていかれることになった
が、まあ、王都防衛で得た大量の戦利品を少し処分することでお金は工面できた。……まだ数回は、この手の宴会を自腹で開けるぞ、ははっ!
ちなみに、兵たちには軍から従軍手当てが支払われた。いわゆる、戦争ボーナスというやつだ。その従軍手当てだが、俺ももらえた。
アーリィーが参加冒険者を傭兵という扱いで雇ったことにしたためだ。宴会の出費に比べたら、ちっぽけなものだったが、アーリィーが手配してくれた好意に嬉しかったのは事実だ。俺も意外とチョロいんだ……。
さて、これで地下都市ダンジョン絡みの問題はすべて解決だ。エンシェントドラゴン退治だったり、オーク軍の撃破など、最近忙しかったから、ようやくのんびりできる日々に戻れるんじゃないかなって思う。
まあ、まったくやることがないわけではないんだ。
というのも、俺はアーリィーの未来のため、準備に掛からなくてはいけなかったのだ。
まずは、エマン王の動きを牽制する必要があった――
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