第257話、戦いの前に


 夕方、ヴォード氏以下、上位冒険者が遠征隊に合流した。ポータルを経由すれば、移動はすぐである。


 そこで俺はヴォード氏らを交えて、アーリィーと打ち合わせをし、その後、遠征隊の兵を集めて、士気高揚のための集会を開いたのだった。


 アーリィーは騎士や兵たち――これから向かう戦場に不安を隠せない、強張った表情の者たちを前に、堂々と振る舞った。


 援軍として駆けつけた上級冒険者たち。特に『ドラゴンスレイヤー・ヴォード』の名前を出し、本人が兵たちの前に現れると、さっと彼らの目が大きく開いた。 


 ヴォード氏が、最新の偵察情報によりオーク軍が残党レベルであること、第一次遠征隊を壊滅させた巨大ワーム『グリーディ』がすでに冒険者によって討伐されていることが発表された。


 ……まあ、グリーディ・ワームを仕留めたのは俺なのだが、その部分は公表しなくてもいいことだ。


 オーク軍の弱体化と、グリーディがいないことを知らされたことで、第一次遠征隊の生き残り組をはじめ、兵たちの表情から硬さが消えた。


 その後アーリィーが兵たちに告げた。


「王都に戻ったらささやかながら宴を準備させている」


 オーク軍を壊滅させるための作戦はすでに進行中であり、後は明日以降の戦いに勝てば、目標はほぼ達成されたも同じであると言った。


 騎士や兵たちは、完全に引き締まった顔つきになっていた。


「無茶をしなければ勝てる。王都に帰ったら胸を張って祝杯をあげよう!」


 おおっ!――と、兵たちは力強く拳を突き上げた。


 アーリィーは、指揮官として完全にその役割を果たした。不安を抱いていた兵たちの心にあった不安は、もはや欠片も同然だった。


 負けるかも、死ぬかも、という思いから一転、勝つかもしれないという希望がわいたのだ。我らが王子殿下は、その点に一切の躊躇いもなく、はっきりと公言したことがそれを後押しした。


 そうとも、この場に英雄ヴォードや凄腕の冒険者たちもいるのだ。魔獣退治のベテランが加わった今、数の減ったオークの軍勢など敵ではない! 


 兵たちが士気を盛り返したことで、アーリィーをはじめ、近衛たちが安堵したのは当然だったかもしれない。



  ・  ・  ・



 その日は月明かりのない夜だった。


 夜営する王国遠征隊。松明や魔石灯の明かりが浮かび上がり、警戒に立つ兵が外周に目を配る。複数の天幕テントが張られている中、その中心には王子専用の天幕があり、アーリィーの休憩スペースとなっている。


 敷かれたベッド、そのシーツの下は俺が用意した高弾力スライムベッド。そしてそのひとつしかないベッドにアーリィーが寝転がっている。一仕事終えた顔で横になっている彼女を、俺は見守る。


「ジンのおかげだよ」


 アーリィーは俺に言うのだ。


「ボクの言葉だけじゃ、きっとこうはいかなかった」


 上級冒険者たちが実際に目の前にいたから、その言葉を信じられたのだと思う。


 言葉は人を動かすというが、言葉だけで人は動かないこともある。目に見えるものが、言葉に説得力という力を与えるのだ。まあ、わかりやすいってのもあるけどね。


「あとは、オーク軍の残りを片付けて、地下都市を押さえるだけだな」


 どちらも下準備はできているから、特に問題なく遠征隊で目的を果たせるだろう。それでアーリィーは王都に戻り、彼女を密かに亡き者にしようとしていた国王陛下に勝利と任務達成の報告をする、と……。


「王様の鼻を明かしてやれるな」

「お父様の評価が上がるのかな……」


 不安がるアーリィー。彼女は、まだ健気に父であるエマン王を信じている。我らが国王陛下が、まさか彼女を亡き者にしたいと思っていることを知らないのだ。


 今、王はアーリィーを暗殺するなどの直接行動はとっていない。先王に化けたベルさんに釘を刺されたことで、現在は様子見を決め込んでいる。


 やはり、危ない橋は渡らずに済むならそれに越したことはないのだ。


 ただ今回のダンジョンスタンピード、古代竜騒動は、エマン王にとって合法的にアーリィーを追いやれる状況を作ってしまった。


 始末に悪いのは、状況がどこからも非難されないということ。一度軍を送り大敗を喫し、王国としては二度の失敗はできない。敗北の失点を取り返すため、『王族自ら』討伐に出る。それも次期国王と目されるアーリィー王子が出向く。


 民へのアピールとしては完璧なんだよな、これ。王子を葬る云々関係なく、これ以上ないアピールだ。


 それで、努力しました頑張りましたと喧伝しつつ、王子が戦死してくれたら……性別問題に頭を悩ませるエマン王としては万々歳なのだ。


 彼が王に据えたいと考えているジャルジー公爵を、堂々と、手続き上、何の問題もなく後継にすることができる。


 そりゃ、アーリィーを前線に送り出すわな。王の行動はどこまでも正しいのだから。


「でもここで、アーリィーが討伐を完遂すれば……」

「すれば?」


 その男装のお姫様が俺を見つめる。


「君の名声がますます上がってしまうな」


 国の危機に完全と立ち向かった美形の王子様……。これは絵になるな。英雄王子様は、きっと諸侯からの受けもいいだろうね。ここにきて評価はうなぎ登りよ。


 エマン王の期待を裏切り、思惑は外れ、アーリィーが王になることに、不満も不安もなくなっていくのではないかね。


 スタイルだけでなく、実績も積み、そして成功しているなら、まさに非の打ち所がない。


 これでアーリィーの性別が『男』であったなら、エマン王も手放しで喜んだだろうが、事実は異なるからねぇ……。


「でもボクが、王になってもね……」


 しんみりとアーリィーは言うのだ。


 皮肉なことに、アーリィー本人も、評価が上がるのいいけど王様になる気はないのだから、世の中うまくできてるよ、本当。


 ただ、アーリィーの成功で、釘を刺したエマン王が焦り、再び凶行に走らないとも限らないから、もう一発釘を刺しておく必要があるだろう。


 ともあれ、明日だ。


 オーク軍を叩き潰す。すべてはそれからだ。

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