第256話、根回しは大事


 俺は状況を説明し、遠征軍の士気低下の件を伝えた。彼らの士気を回復させる一手段として、ドラゴンスレイヤーとして名高い『英雄』ヴォードにご出陣願う、と。


 王都が誇る大英雄が参加したとあれば、兵たちは少なからず勇気づけられるだろう。何せ、英雄が捨て駒同然の戦いに参加するはずがないからだ。英雄が参加する戦いなら、生き残れる可能性が増す。兵にとって、生還の可能性は、士気にも直結する問題である。


「そんなにマズい状況なのか?」

「正直、オーク軍自体はどうってことないです。古代竜を相手にすることと比べれば」


 そうとも、その気になれば、わざわざヴォード氏に頼むこともない。だが俺の力で連中を掃討しては意味がない。アーリィー率いる遠征軍が戦って勝たねば。


「なので、ヴォードさんには直接戦うよりも、周りの士気を高めていただくほうに力を貸していただきたい」

「おれにお飾りにでもなれ、と言うのか?」

「戦っていただけるなら、それに越したことはないのですが、兵隊たちにも働いてもらいたいので」

「ふん、貴様でなければ、ヘソを曲げる言い分だが――」


 ヴォード氏は硬い表情で言った。


「貴様には借りがある。王子殿下にもドラゴン退治の際にご助力をいただいたからな。ご恩返しはしなくてはな。それはそうと……ひとつ、頼みがあるのだが」

「何でしょうか?」

「貴様の持っている、車……だったか? あれに一度乗りたい」

「はい?」


 聞けば、地下都市ダンジョンで見かけた魔法車のことが気になっていたらしい。実際に動いているところは見ていないが、クローガやレグラスらの目撃証言を聞いて興味がわいたのだった。


「いいですよ」


 ただ、乗れる、か? 俺は、巨漢であるヴォード氏を見やる。車内が狭く感じるだろうなぁ、この身体だと。……装甲車のほうに乗せよう。


 それはさておき、まず最低限の目的であったヴォード氏の参加をとりつけた。



  ・  ・  ・



 俺は冒険者ギルドの一階フロアに戻る。すると休憩スペースのほうから声をかけられた。


 クローガ――Aランク冒険者であり、溌剌はつらつとした好青年。古代竜討伐にも参加した、気のいい人物だ。


 見れば、他にも、アンフィ、ナギ、ブリーゼのAランクパーティー、ギルド長の娘であるルティがいて、ヴィスタにユナまで揃っていた。……なんという女性率。ハーレムですかー、これは。


 俺がからかえば、クローガは苦笑した。


「他の男連中が皆、出払っているんだよ」


 何でも、古代竜討伐の戦勝パーティーを開こうという話をしていたらしい。……ほほう、君たち楽しそうだね。


「君も来ないか? もちろん、ベルさんも一緒に」

「いいですね、ぜひ!」

「よかった。君にはぜひ話を聞きたいと思っていたんだ。たぶん、皆もそう思ってるよ」


 うんうん、と女性陣が頷いた。うわー、逃げてぇ……でも、我慢我慢。


「ただクローガさん、残念ですがどうしてもはずせない用事があるのです。……数日ずらせませんか?」

「用事?」


 俺はとうとうと語る。王子殿下率いる遠征軍に参加していること。兵たちがやる気をなくして困っていること。もし彼らが負けたら、王都が危ないかもしれない、などなど……。


「なんだ、水臭いな。そういうことなら手伝うよ」


 クローガが言えば、ヴィスタ、そしてユナも頷いた。


「ジンが行くなら、私も構わない」

「そうです、お師匠」


 ふむふむ、この二人はまあ声をかければすぐ来るだろうとは思っていた。


 そこでアンフィが考え深げな表情になった。


「そうね。アーリィー王子様には借りもあるし。ちょっと手伝ってあげなくもないわ」

「いいのですか、アンフィ?」


 ナギが少々驚いた調子で言った。アンフィは耳元にかかる自身の金髪を手で払う。


「嫌なの、ナギは?」

「いえ、意外だと思ったのです。だって王国軍と絡むんですよ? あなたは軍が嫌いなのでは……」


 軍が嫌い? 俺が小首をかしげると、クローガが囁くような声で教えてくれる。


「彼女、王国に仕える騎士の家柄なんだけど、女だからという理由で家から騎士にならせてもらえなかったんだよ」


 それで冒険者やってるのか。騎士になりたくても家から認められない。世の中を見渡せば女性騎士もいなくはないのだが、アンフィの家は相当厳格なのかもしれない。


「あたしのことはいいのよ」


 アンフィは眉をひそめた。


「ジンの話を聞いた限りでは、圧倒的にヤバイ仕事ではなさそうだし。まあ、わたしは貸し借りは早めに清算する主義なのよね」


 ふうん、と、黙って話を聞いていた斧戦士のルティさんが頷いた。


「そういうんなら、あたしも『何かあったら力になる』って言ったんだ。行くよ」

「ヴォードさんも来ることになってますけど、大丈夫ですか?」


 俺が問うと、ルティさんは「うっ」とかすかに唸った。


「いや、まあ……うん、平気」


 この様子だと、親子仲は本当にぎこちないのかもしれないな。まあ、いいや。


 冒険者たちがこぞって参加を表明したおかげで、士気を補う助っ人は充分だろう。


 よし、次!


 俺はラスィアさんに、帰還後に兵士たちに報酬として酒とか美味いものを手配できないか相談した。もちろん費用は俺が自腹を切ろうじゃないか。


「……ジンさん、そういうのって、王子なり王国なりが用意するものでは?」

「王子の個人資産なんてたかが知れてるものですよ」


 家を継げば別だけど、それまでは個人が自由に使えるお金ってそうは……いや、そういうのは家によってそれぞれか。


 エマン王の腹積もりとしては、第二次遠征隊には全滅してほしいようだから、仮に帰還しても大した褒美は出ないような気がする。他への示しもあるから、まったくないことはないだろうが。……って、確かに本当は俺が気にするものでもないんだがね。


「王国は兵たちに褒美を出すでしょうが、それにプラスしておいしい思いをさせてやりたいわけです。士気を高揚させるために」


 ニンジン作戦である。人間というのは、現金なものだから。


「どうしてそこまでやるのか、私には理解できないのですが。……いいですよ。手配はしますが、あとで費用は請求しますからそのつもりで」

「ありがとうございます」


 さて、あとはアーリィーのもとに戻って、兵たちに助っ人の存在とご褒美をちらつかせるだけである。

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