第255話、俺氏、奔走する


 オーク軍の野営キャンプを襲撃し、その戦力を大きく削った俺たちは、行軍するアーリィー率いる遠征隊に合流した


「……何か、聞いていたより人数が少ないような気がする」


 遠征隊の規模をざっと見回した感想がそれ。遠征隊野営地の王子専用の天幕に向かえば、近衛騎士が出迎えてくれた。


 天幕に入れば、苦笑しているアーリィーがいて、近衛隊長のオリビアが言った。


「出発前に比べ、四十人ほどが行方不明となっています。行軍中や休憩時間に脱走したものと思われます」

「脱走」


 軍を抜け出したのだ。編成や人員を見て不安を感じていたが的中した。


 オーク軍討伐に、当人たちが危機感を抱いていたということだ。いや、まだ残っている連中の中にもその気持ちに傾いている者もいるだろう。


「無理もねえな」


 ベルさんは頷いた。第一次遠征に比べて数は少なく、またその兵も前回の戦いでの生還者が多い。


「敵に散々に打ちのめされて、命からがら逃げてきた兵どもの士気が高いわけがない」


 名誉挽回の機会を与えられた、と解釈するには、この兵の数は少なすぎる。戦って死ね、と暗に命令されたと思ったのだろうな。


「アーリィー様がいらっしゃるから、この程度の離脱者で済んでいるかもしれません」


 次期王である王子殿下が参加しているから、捨て駒のはずがない――そう思って、踏みとどまっている者もいるということか。


 案外、先の王都防衛戦で前線に近いところで指揮し、現場にいたことが評価されているのかもしれない。


 ……王が、その王子の死を望んでいると言ったら果たしてどうなるか。そうなったら明らかに軍は崩壊するな。


「……」


 アーリィーは無言である。自分でもどうしたらいいかわからないのだろう。上手く戦意を高揚させる材料が見つからないのかもしれない。


 オーク軍とぶつかる前に、何らかの士気向上を図らないと、せっかく敵の数を減らしても逃げ出してしまうのではないか。


「非常によろしくないな」


 まさか敵と戦う以前に、味方の――それも集団の大部分を構成する兵に足を引っ張られるとは。


「要するに兵どもにやる気を出させる必要があるってことだろう?」


 ベルさんが、机の上で寝そべりながら退屈そうに言った。


「アーリィー嬢ちゃんが、兵どもの前で演説ぶってやれよ」

「ベル殿」


 オリビアがムッとした表情を浮かべた。


「殿下に対して嬢ちゃんなどと……無礼が過ぎるのでは」

「おっと、これは失礼」


 オリビアをはじめ、周囲にはアーリィーは少女の雰囲気はあるが、あくまで『男』である。そこを女扱いするのは侮辱と受け取ったのだろう。


 アーリィーはベルさんが本当の性別を知っているから、侮辱でもなんでもないのだが、立場上、苦笑するしかなかった。


 というかベルさん、迂闊だぜ。


「兵士のやる気、か」


 そういえばあったねぇ、俺の英雄時代。大帝国との戦争中に、あまりに劣勢すぎて士気ががた落ちな戦場ってのが。……ふふ、『英雄』か。


「ジン?」


 怪訝な顔になるアーリィー。どうやら俺は無意識のうちに笑みを浮かべていたようだった。


「まあ、戦意高揚のための手を打たないといけないな」

「何か妙案が?」

「アーリィーが演説するってのは賛成だけど、兵たちにはもっと分かりやすい手がいいと思う」

「それは……?」

「援軍を連れてくる」


 言葉だけでは信じられない。ならば目に見える形にするしかない。



 ・  ・  ・



 ポータルで王都冒険者ギルドに戻った俺は、カウンターに赴く。受付嬢のトゥルペに、ギルド長への面会を求めた。


 彼女はすぐに、ラスィアさんを呼んだ。ダークエルフの副ギルド長と合流した俺は、ギルド長専用執務室へ向かう。


 扉を開けると、わずかに酒の臭いがした。


「おう、ジン。よく来たな」 


 ヴォード氏が自身のデスク、その椅子に腰掛け手を上げた。


 執務室にある応接テーブルに酒の瓶が見え、来客と飲んでいたようだ。俺の視線に気づき、ヴォード氏が苦笑した。


「まあ、古代竜討伐の話を聞きつけ、貴族様が来たのだ。他にも面会者が多くてな。今日も夕方から、王都の有力者に招待をされている」

「英雄殿はお忙しいようだ」


 俺が皮肉れば、ヴォード氏もまた口もとの端を歪めた。


「そういう貴様も、別の意味で忙しそうだな。訪ねてきた用件を聞こうか?」

「今夜の予定をキャンセルしていただく用件ですが」

「それはまた……」


 ヴォード氏の表情が真面目なものに変わる。


「何かあったのか?」

「現在、王国軍の第二次ダンジョン遠征隊が、地下都市ダンジョンの攻略を目指しています。我々が古代竜を討伐した、あのダンジョンで」

「ああ、確か、アーリィー王子殿下が指揮を執られているという」

「ええ。古代竜はもういませんが、まだオークの軍勢が残っており……いや、正確にはオーク軍の残党がこの王都方向に移動しているのです」

「まさか、第二の王都侵攻か?」

「このまま進めば、そうなるでしょう」


 そこで――俺は間髪容れずに告げた。


「ギルド長、遠征隊に参加していただきたい」

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