第232話、捕食蜂、飛翔


 その日、ウェントゥスの地で、一機の汎用戦闘ヘリが完成した。


 タンデム式の操縦席を機首に持ち、戦闘ヘリコプターを思わす細身のシルエットは、どこか蜂を連想させる。この世界に合わせて、そう設計したんだけどね。


 スタブウイングと呼ばれる武装を懸架する翼が胴体中央から伸びていて、機体を上から見ると十字に近い形に見える。


 TH-1ワスプ。


 戦闘を考慮しつつ、人員輸送や小規模な荷物輸送などもこなせる汎用機を目指して開発されたヘリコプターだ。


 試作の名を持たない正規採用ヘリ第一号となる。Tはトキトモ、Hはへリコプターの略である。


 俺は専用スーツとヘルメットを手に、ワスプコクピット、その前席となるガンナーシートに乗り込んだ。後ろの席には、最初期からヘリのパイロット担ってきたシェイプシフター君が座り、操縦を担当する。ちなみに、彼はヒンメルという名前が与えられている。


 アーリィーやユナらが格納庫のゲート近くから見守る中、俺はコクピットキャノピーを閉じる。ガンナーシート――ガナーシートとも言うらしいが、俺はガンナーのほうが好みだ。実際、意味は一緒だしな。


 後席は機長席とも言われ操縦担当であるが、一応前席でも操縦できるようにはなっている。何かトラブった時のサブは必要だ。


『マスター・ジン。エンジンを始動させます』


 後ろのヒンメル君が魔力通信機ごしに言った。俺もヘルメットに内蔵してある通信機で応じる。


「お手柔らかに頼むよ、ヒンメル君」


 胴体の横に二基、大出力魔力エンジンがついている。イグニッションスイッチが押され、エンジンが唸りを上げる。


 回転翼を四枚そなえる大型のメインローターが回転を始める。魔力エンジンには魔力吸入口があり、大気中の魔力を吸い、魔力タンクの消費を抑えつつ、航続距離を伸ばす機構が搭載されている。


 やがて、ワスプ戦闘ヘリは駐機場から浮かび上がった。ずいぶんと軽々と持ち上がるんだな、というのが最初の感想。ワスプ自体、重量が軽くなるように作ってあるが、大重量の『荷物』を抱えても飛べるように設計されているのだ。


 カプリコーン浮遊島軍港のある未踏破地帯を低空でワスプは飛ぶ。捕食性の大型蜂の名を冠したヘリは、スリムな機体形状と軽量なボディ、大出力のパワーであっという間に飛びぬける。


 予定の飛行プログラムに沿って、問題なく飛行を続けるワスプ。


 やがて対地攻撃目標を模した的のある射撃場へと差し掛かった。……さて、ここからがガンナーシートのお仕事だ。


 現在ワスプに搭載されている武装は、テラ・フィデリティア式20ミリ機関砲が一門のみ。スタブウイングと言う兵装翼に航続距離延長用のタンクや対地上攻撃用の爆弾など搭載できるが、それはまた次回だ。


 射撃コントロール。兵装:機関砲。


『マスター・ジン。プログラム通り、一番ターゲットの正面200メートルでホバリングします』

「了解」


 すでにキャノピーの向こう、森林手前の平原に、大きな的が設置してあるのが見えている。それが徐々に近づきつつある中、ふいにワスプの速度が落ちた。いや、ホバリングへの移行だ。まるで手足のように機体を操るヒンメル君は、わすか数秒のあいだに、空中静止をやってのけた。


 俺は射撃用操作桿を使って、地上の的に照準を合わせる。ちなみに元の世界の軍用ヘリでは、ヘルメットの動きと機関砲がリンクして標準をつけるシステムがあるらしいのだが、こっちはまだ開発中である。


「照準よし、発射!」


 俺はトリガーを引いた。押し続ける間、弾を吐き出し続ける機関砲。俺がトリガーを引いたのはわずか1秒だったが、それでも十数発の弾が放たれ、的を吹き飛ばした。


「命中確認!」

『了解。次は移動しながらの攻撃になります。二番ターゲットは低速、三番ターゲットは高速での一撃離脱射撃です』


 ヒンメル君が事務的に言った。


 ワスプは射撃場を飛び回り、所定のプログラムを遂行していく。移動しながらの射撃も、我ながら上手くやれた。的を複数吹き飛ばした後、俺はパネルを操作する。


「よし、次はコピーコアで標的射撃をやろう」


 人力での照準から、搭載されたコピーコアによる自動照準、射撃試験を行う。


 コピーコアは自動で機体の操縦、制御ができる。ガンナーなしでも射撃が可能なはずだ。ここから俺は特等席での野次馬である。


 予想通り、コピーコアは一通りの射撃をそつなくこなしテストは終了。そこから駐機場へと戻る。最後のテスト――人員輸送コンテナとのドッキングである。


 このワスプには、もとの世界の戦闘ヘリにはない機能として、胴体下部に兵員輸送コンテナとドッキングして、それを運ぶことができるようになっている。これは戦闘する以外の汎用性をもたせたかったからだ。……おそらく、そっちの使い方のほうが出番が多い気がする。


 外付けコンテナの理由は、ワスプ本体にコクピット以外に人員を載せるスペースをおかなかったせいだ。


『誘導確認。コンテナ、ドッキング』


 ヒンメル君の冷静な声と共に、ワスプの機体が、輸送コンテナと接触し小さく揺れた。コンテナに搭載されているコピーコアがワスプのコピーコアとリンクし誘導。こちらも一発で成功させる。


『接続を確認』

「よし、持ち上げろ」

『了解。上昇します』


 ワスプはエンジンの出力を上げ、コンテナを胴体に抱えて飛び上がる。先ほどに比べて上昇速度が遅くなっているのを感じた。


 大重量を抱えて飛べるだけのパワーをエンジンに持たせているが、挙動や感覚に差が生じる。


 実は、機動性の確保のために輸送コンテナにも、重量軽減魔法を常時発動するなど、魔法が使える世界ならではの工夫が施されている。元の世界だったら、たぶんコンテナと人員抱えて飛び上がることはできないだろうな。


 輸送コンテナを腹に抱えたまま、ワスプはカプリコーン上空を旋回する。どう贔屓ひいき目に見ても、速度が落ちているな。


「どうだ、ヒンメル君?」

『全開速度3分の2と言ったところですね』


 ふむ、軽減魔法でコンテナを軽くしてこれか。今回は人の代わりに重りを積んでいるから、実際の重量を再現しているが……。


『運ぶだけなら問題はないですが、戦闘は難しいと思います』

「機関砲自体は何の影響もないが……。まあ、荷物抱えて戦闘はしないわな、普通」


 せいぜい戦場に兵員を下ろす時に、地上掃射をしたり掩護えんごする程度だろうな。


「ヒンメル君、そろそろ帰投しよう」

『了解』


 ワスプは駐機場へのコースを取る。


 TH-1ワスプの試験飛行は成功に終わった。


 対大帝国戦を見据えた戦力準備、そのひとつが形になったと言っていい。あとはそれを何機揃えるか、かな。

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