第230話、ヘリコプターと記念撮影


 試作ヘリ1号を飛ばす前に、エンジンの駆動による軸の回転、メインローターのチェックを済ませる。


 テラ・フィデリティア機械文明設計とはいえ、作っているのはこっちなんでね。意外かもしれないが、設計図があっても技術力がなければ上手くできないというのは、よくある話である。


 ディーシーの魔力生成は、フルコピーなので素材の品質については問題はない。


 耐久性の問題はなし。間違っても、操縦士などで重量が増したせいで軸がはずれてローターごと彼方へ飛んで行ってしまうようなことはない。


 格納庫東口の平らに整地された仮駐機場に、試作ヘリが置かれている。操縦士であるシェイプシフター兵君には、操縦方法を叩き込み、操縦桿やレバーの動かし方のシミュレーション(人力)をたっぷりやらせた。


 一人乗り、キャノビーはない剥き出しのコクピットである。胴体にはエンジンに回転翼、テールブームとメインローターより小ぶりのテールローターが付いている。足回りはソリ型。車輪式でもよかったが、最初はそっちのほうがいいかなと思った。


 なお、仮駐機場に出すまでは、魔法車に専用の台車を牽かせて、それで運んだ。


 俺、アーリィー、ユナ、ベルさんが、この試作ヘリの初飛行の場に立ち会った。


 製作過程を見たり見なかったりしていたベルさんが、ヘリコプターを見やり眉をひそめた。


「なんで、こいつ尻尾ついてんの?」


 テールブームのことだな。胴体の後ろに真っ直ぐ伸びた尻尾――そこに一つ、小さな回転翼が縦についている。いわゆるテールローター。


「メインローターが回転するとな、その回転の逆方向に機体が回転するからだよ」


 だからテールローター式のヘリの場合、それがないとグルグルと機体が回転してしまって操縦どころではなくなる。そもそも乗り物として不可だ。


 この世界に来る前、とある戦争映画を見たが、ロケットランチャーをくらってテールローター吹っ飛ばされたヘリが回転しながら墜落するシーンを見たことがある。

 尾部のテールローターは、逆回転しようとする機体の回転力を相殺している重要なパーツなのである。


「ふーん。……ところで、ジンよ。お前さん、その手に持っているのは何だ?」

「ん? ああ、カメラだよ」


 カメラ? ベルさんが首を捻れば、俺の隣でアーリィーが興味深げな目を向ける。


「また、新しい魔法具?」

「ああ、映像を残そうと思ってね」


 手持ち式は初披露だと思う。こいつもテラ・フィデリティア式だ。機械文明様々。観測ポッドや航空機などには装備していたんだけどね。人間用も必要だと思って作ったのだ。


 製作したカメラは手に収まる程度の小さな箱型。俺の元いた世界のそれとさほど変わらない。上部には映像録画用と写真撮影用のスイッチが付いている。


 機能は、画像記録とズーム機能、それと記録映像の投射機能がある。記録した映像や写真をホログラフィック状に表示させる機能だ。映写機みたいなものだな。


 撮影した映像をビデオのように再生することもできるし、写真のように一場面を残すこともできる。魔力を表面に張った紙に画像を映し出すことで、写真にすることも可能だ――これは以前からダンジョンマップ作成に使っていたから、特に難しくはなかった。


 そんなわけで、俺はカメラを手に、そのレンズにもなっているコアを、試作ヘリに向ける。歴史的瞬間の記録映像――まあ、失敗したときの参考資料でもあるけど。 


 シェイプシフター君が魔力エンジンのスイッチを入れたらしく、試作ヘリの回転翼が回転を始めた。


 翼がまわり風を切る音が次第に大きくなる。対してエンジン音は、唸るような音がしているが騒音と言えるレベルではない。魔力エンジンは比較的静かである。


「さあ、うまくやってくれよ……」


 思わず口の中で呟いていた。シェイプシフター君が俺を見た。SS兵装備をまとい、ヘルメット型の兜で素顔はわからない。……もっとも、彼らは顔を好きに変えられるのだが。


 そのシェイプシフター君が兜の耳元をトントンと叩く仕草をした。


 あ、いけね。俺は慌てて魔力通信機を耳につけた。ベルさんなどとは魔力念話が使えるが、SS兵とは魔力念話を使うときは専用の通信機が必要なのだ。


『マスター・ジン。エンジンに異常なし。発進指示願います』

「了解した。まずはゆっくり上昇しろ」

『了解。スロットルを上げます』


 回転翼がさらに勢いを増した。風が地面に吹きつけ、それが遠巻きに見ている俺たちのもとにも届く。巻き上がった砂埃に顔をしかめた。仮ではなく本格的な駐機スペースは舗装ほそうしておくべきだな。


 ベルさんが砂埃を嫌ってか、ユナに飛び乗ると、その大きな胸に顔をこすりつける。おいおっさん、どさくさに紛れて何やってんだよ!


 試作ヘリはなかなか飛び上がらなかった。まだ揚力が重量に負けているのだろう。シェイプシフター君は、ゆっくりとスロットルレバーを調整している。いきなり最大に上げて、ぶっ飛ぶのも危ないからだ。


 ローターなしで浮遊も可能なようになっているが、今回飛び上がるときはそれを使わないと事前に打ち合わせてある。きちんと回転翼で飛ばなければ意味がないからだ。


 そして、その時がきた。


 ふわり、とヘリが浮いたのだ。


「飛んだ!」


 アーリィーが声をあげ、まわりから「おおっ」と声があがった。


 一度浮かぶと、ヘリの上昇速度が速く感じた。ある程度飛び上がると、試作ヘリ一号の上昇スピードが緩やかなものに変わる。何だが機体が右方向に回転しているな……。


「パイロット君、ホバリングをやってみようか。スロットルを少し下げてそこから静止できるように調整しろ」

『了解』


 シェイプシフター君は、俺の指示に従い、ヘリを空中静止させるべく操作を行った。


「何だかふらふらしてるなぁ」


 ベルさんが呟く中、しばらく上下に揺れていたヘリはやがて、ホバリングを試したが、果たして成功と言えるものではなかった。機首が右へ左へとぶれているのはラダーが弱いからだと推測できたが、なんでこんなに上下にもぶれるんだ……?


 ホバリングは諦め、俺はテストプログラムに従って飛ぶようシェイプシフター君に伝える。空中でヘリは前進や旋回、後退を行い、上昇や下降などを一通り試したのち、仮駐機場へ着陸した。地面に接触するまでに、ちょっと時間がかかったがトラブルはなかった。


 テスト飛行は、墜落しなかった点では一応成功である。


「やったね、ジン!」

「おめでとうございます、お師匠」


 アーリィーとユナが祝福の言葉をくれた。きちんと飛ぶヘリを知らない彼女たちからすると、飛んだだけでも成功に見えたのだろう。うん、まあ、ね……。


 おめでとう、と言われても、飛行する魔獣に騎乗したり、浮遊魔法がある世界だから、世界初の飛行ではないけど。飛ぶだけで言えば、航空機も空中軍艦もあるし。


 そしてひとつ失敗したことがある。それは飛行中のヘリの撮影を俺が忘れていたことだ。飛び立つ瞬間と下りたところは撮影できたが、ほかは駐機場しか映っていなかった。


 ……記録係は別に用意したほうがよかったな。次からはそうしよう。

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